「宇美ちゃん」
 アイツはやってきた。休み時間に妹を連れて。
 視線を一線に背負い、廊下をざわつかせてまっすぐに教室の入り口に立っていた。

「冬田先輩」

 宇美は目を輝かせて廊下に駆け寄った。雪菜も仕方なく連れそう。
「今日デートしない?」
「え〜……今日は見たい番組が」
「私も行くから」
「樹里先輩が行くなら雪菜も」
「ちょ、お前ら遠慮しろよ」
「遠慮という言葉は雪菜の辞書ではしたら負け組という意味ですから」
「どんな辞書だよ」
「雪菜の頭の中の脳髄を練り固めた骨を栄養素として出来た紀元八千年発祥の」
「……いい、解説しなくて良い」

 和哉はあきれ果てた表情でストップをかけるとポケットから紙を取り出した。
遊園地のチケットである。しかも乗り放題。

「最近出来たばっかの遊園地。ここにチケットがあります。三枚!」
「雪菜と宇美と樹里先輩のものね、わかります」
「ちがっ」
「えーそうなんだ、ありがとうございます」

 反論しようとした和哉の言葉はチケットを三枚むしりとった宇美によって押さえ込まれた。
さすがに宇美に言い返す勇気はなく、和哉は「俺は自腹でいく。男手も必要だろう」と仕方なしに言った。
「先輩優しいんですね!ありがとうございます」
 ニコニコと宇美の笑顔を突きつけられて、雪菜をにらむしかすべのない和哉に雪菜は天使の笑顔を向けてやった。
気あ行 「で、いつ行くの?放課後より休みの日のほうがいんじゃない?」
 樹里の一言に和哉はうなる。確かにそれは一理ある。
乗り放題なら一日かけて回ったほうが充実した日を遅れるだろう。
 何より、和哉自身宇美と長く居たかったというのもある。
雪菜でさえ、タダで遊べると聞いて胸を躍らせていた。

「樹里先輩、明日土曜で休みですよ」
「雪菜ちゃんの言うとおり。明日でいいんじゃない?」
 樹里は携帯のスケジュールに予定を書き込むと真っ赤なその携帯を閉じた。
ストラップや飾りつけはゼロ。質素な携帯だ。
 それにたいして雪菜は女の子らしくハートだとかピンクだとかでデコっている。宇美にいたっては、アニメキャラのストラップをたくさんつけている。
とは言っても秋葉系なキャラではなく、幼児向けの可愛いものだ。
 和哉は黒の携帯に専用クリーナー。ヴィトンのストラップが一つついたシンプルなものだ。

 それぞれが携帯に予定を書き込んで、あとはメールで話すことにした。


 それぞれのクラスに戻ると、必然的に宇美と雪菜は二人きりになる。
人が居ないわけではないが、お互いに向かい合っていて自分達だけの空間を作り出していた。
「ねぇ、遊園地何着てく?」
 沈黙を破ったのは宇美だった。
「やっぱズボンじゃない?スカートならレギンスとか……」
「ワンピースなら雪菜いっぱい持ってる」
 ラブラブを阻止するには、女の子らしいスタイルで和哉を落とすべきなのだろうか。
 宇美の初恋(かもしれない)を引き裂くのは気がひけるが、仕方がない。

 明日行くのは遊園地という名の、戦場だ。



 チェックのミニ丈ワンピースにショートブーツ。ほんのりメイクをして、爪はピンクに塗ってみた。

「雪菜ぁ、宇美ちゃん来てる」
「あーはいはい行く行く」
 家族には、宇美にすら女で通しているという嘘をついている。
 男とバラすのは、厳禁なのだ。だから幼稚園からすべて家からはなれたところにしたし、今の学校だってそうだ。
 だから友達と遊ぶときは常に外で遊ぶし、たいていは買い物かマックで潰す。

 宇美の服装はポロシャツに短パンというカジュアルなものだった。その手には、見慣れないバスケット。

「何それ」
 雪菜はおもむろに指を刺して尋ねた。
「先輩に喜んでほしくて作っちゃった」
 それは恋をする女の子の顔だった。
 頬を染めてはずかしそうに笑った。
 心の奥が焼け焦げた気がした。
「……そ」
 見ていてられなかった。

 嬉しそうに笑うその笑顔が誰に向けられたものか、お弁当を作る労力と努力が誰のためか、知りたくなかった。
   確か料理はめんどくさがって出来なかったはずなのに、手を見れば絆創膏だらけで、それは雪菜のためではない男のためのもので……。
「食べれるの、ソレ」
「何よ、失礼ね。味見全部したわよ」

 憎まれ口をたたくのが精一杯だった。
「いってきます」
 近寄りの駅まで歩くこと数分。
 今日の宇美からはいい香りがした。
髪の毛だって気合が入っているのが見て取れた。それらはすべて冬田のための努力。雪菜はただの友達。

「ねぇ、宇美。俺がもし見た目から男だったらどうする?」
「どうするって、雪菜は雪菜でしょ? どうもしないわよ」
「そうじゃなくて、恋愛とか……」
「ありえないよ。男じゃ接点ないじゃん、ってアレ? なんで泣いてるの」
「何でもない」
 接点がない。女装していたから、こういう関係になれた。
 それはうすうすわかっていたことだ。宇美は男友達を作るタイプじゃないし、ソレは幼稚園から中学生の今までずっと同じだ。

 悔しかった。
 唇をかみ締めていると、血の味がした。口の中に広がるそれは、心の傷の味のよう。

 遊園地の前での待ち合わせに着くまで宇美は終始ご機嫌で鼻歌を歌っていた。
冬田兄妹はすぐに見つかりあっさり合流して中に入った。

 和哉はラフなボーダーのTシャツにGパン、樹里は小花柄ワンピースGパン。
 樹里の着ている服は雪菜も知っているブランドだった。和哉もきっとどこかのブランドなのだろう。
とてもよく似合っていて、悔しかった。


「どこ行く?」
 樹里がパンフレットを開いて尋ねた。
 できたばかりなだけあって、誰も来たことがなくどこがお勧めだとかそういう前情報がない。
サンサンと輝く太陽の光を浴びてとりあえずは足を前に動かす。ただそれだけ。

「先輩、雪菜カップコースターがいいなぁ。先輩と一緒がいいな」
 甘えた声で和哉の腕を強制的に組む。
「最初はそれぐらいでいいんじゃない」
 それに樹里が同意し、
「うん、そうだね」
宇美が賛同する。
 和哉は仕方なしにカップコースターに並ぶ。

 そして走り出そうとして雪菜に転ばされる。
その隙に樹里と宇美を先に行かせて自分は和哉をつかまえると雪菜は一番大きなピンクのハート柄のコースターに乗りこんだ。

 乗った瞬間雪菜は思い切り和也の頭を回した。
「ちょ、月下てめぇって、いてええええ。違う違うそれバーじゃない!俺の頭!」
「雪菜ぁ、夢だったんですぅ。先輩の頭を回すのが」
「確信犯か!」
 雪菜の手を振り切って頭を抑えながら和哉は雪菜をどつく。
「いったぁい、宇美ぃ先輩がどついたー!」
 宇美と樹里は小柄な水色のコースターをゆっくりと回していた。なにやら雑談しながら楽しくやっている。
「雪菜あっち行くー」
「運転中は動かないでください!」
 回る地面に足をとられて雪菜は盛大にすっころぶ。そのまま和哉に支えられる形で受け止められた。

「……ありがと先輩」
 不本意だと顔から本音ただ漏れの雪菜はふらつきながらもコースターに戻る。

「危ないだろ」
「なんか、置いてけぼりにされたみたいで嫌になったから」
 女友達にもなれない、男としても見てもらえない。
 そんな自分はなんなんだろうか。雪菜は自分に問いかけて答えが出ずにあきらめることにした。

「お前も作ればいいんじゃねぇ、新しい女友達とか彼氏とか」
「いらない。宇美じゃなきゃいらない」
「宇美ちゃんに重くね?ソレ」
「……そだね」
 否定する気も失せて椅子に座りなおすとバーを回した。
ぐるぐる回るその様子が、まるで、自分の頭の中みたいだと雪菜は思った。


「酔った」

 雪菜は降りた瞬間にこう言った。
 無理もない。
 あのあとフルスピードで回転することで宇美たちへの関心を無理やり断ち切り、最終的にこうなった。自業自得である。
「大丈夫かよ」
 和哉が雪菜を支えても、雪菜はぐったりしたままで宇美たちと合流してもそれは続いた。
視界が歪むし気持ち悪いし、何より和哉に助けられている自分が不満だった。

「平気、だから早くどこかへ言って頂戴。雪菜のことかまわないで」
「それは無理って話だね。女の子がこんなに具合が悪そうな顔してるのにほっとけるかよ」
「……平気、だから」

 “女の子”そう、今の雪菜は女の子。
 性別へのしがらみにいらついていると宇美たちも降りて来たようでこちらへと向かってきた。
そして雪菜の容体を手早く把握して彼女はやさしくため息をついた。

「ジュース買ってきてあげる、何がいい? ポカリ? 雪菜は具合悪いときポカリだったよね」
 宇美の心配そうな顔が胸に突き刺さる。こんな顔は見たくないのに。自分の幼稚な嫉妬のせいで三人に迷惑をかけた。
悔しい。雪菜は唇をかみ締めて地面をにらみつけた。
和哉が思ったよりいいヤツなのと、自分が情けないのとで自然と涙が出た。

「ポカリ買ってきたよ」
「ん……」
とらないでと子供のように駄々をこねれればどんなに良いだろう。
あいにく雪菜はそんな年でもないし、プライドがそれを許さなかった。
「宇美、先輩達と好きなトコ回ってて。雪菜は平気だから。一人にして」
「本当?動いちゃ駄目よ」
「ん……」
にへらと作り笑いを浮かべて三人を送り出す。自己懺悔の始まりだ。
宇美は先輩のことが気になってると言った。自分を恋愛対象としてみてないことも聞いた。
それでもバカのようにこちらを向くことを望んでいるのは気持ちが断ち切れないから。 好きならば相手が幸せになるように応援するべきじゃないのか。

「俺のバカ」
 誰にも聞こえない小さな声で自嘲をした。涙が出た。



しばらくして宇美たちは帰ってきた。十分ほどしかたっていないが何をしていたのだろうか。




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