「コイツ女の癖にツイてるんだぜ」

 そのころはまだ性差について雪菜は何も知らなくて、自分は女だけどついているだけだと思っていた。
 大きくなったらそれがなくなり、女性器に生え変わるものだと真剣に思っていた。

「雪菜女の子だもん」
「女はツイてねぇよ」
「オカマじゃん? 気持ち悪い」
 普段は人前では脱がないようにしていたのだが、おもらしをしてしまい着替えていたところを覗かれてしまったのだった。
 子供だからだろう、はっきり物怖じせずにポンポン口にするので、それが雪菜にとっては恐怖だった。
 自分は何か悪い事をしただろうか。
「何いじめてんのよ」
「うわ、出た派手女」

 当時の宇美はライトピンクのロングヘアで、幼稚園で群を抜いて目立っていた。
社交的だが、変わったルックスのせいか浮いていた。
 友達は要るようだったが、あまり人数で固まることを好まず一人で絵本を読んだり鏡とにらめっこをするような女の子だった。

  「家のしきたりなんでしょ? しょうがないじゃん。あんたら男なんでしょ? その癖にいじめってバカじゃないの? ダッサ」
「…………」

 その姿は雪菜にはとても勇ましく見えた。

「ほら、雪菜ちゃん一緒に遊ぼう」
「う、うん」

 恐る恐る手を握り、一緒になって駆け出した。
 これが、宇美との出会い。そして、長い長い初恋の始まりーー。




「冬田先輩」
 猫なで声で教室にいた冬田に声をかける。雪菜の声に彼は振り向く。
 そして不満げな顔でこちらへと歩み寄ってきた。
「雪菜だよぉ」
「あー! 月下雪菜ちゃんだ!」
「マジ!? かわいい!」
 冬田ではなく、周囲のほうが反応を返した。仕方なく、雪菜は手をひらひら振って愛想を振りまく。
幼稚園以来、雪菜は病弱美少女として名を馳せていた。
 なぜかというと体育を効率よくサボるためである。
普通の体育は良い。ブルマじゃないしモッコリもしない。しかしさすがに水泳になると、体のラインがしっかり出てしまう。
 小柄で引き締まった体ではあるものの、さすがに下半身は隠せない。

 だから生まれ持った心臓病があるのだということにしていた。
 実際は入院経験すらない、超健康体だというのに、筋肉を付ける事も許されず、嫉妬といらだちから男を振り回しいたぶって遊んでいた。たまにガラスに映る自分を見て、とても複雑な感情が芽生えたりもしたけれど、仕方がないと思った。家の決まりなのだから、守らなければいけない。理由は戦争から守るためだとか。
元々男色趣味の武将につかえていたからだとか、どれが本当かもわからないけれど……。

「あ、……こんにちは」
 和哉はそっけなく返事を返したかと思うと教室の中から動かない。
「冬田ぁ、雪菜ちゃん無視かよ。つまんねぇヤツ。たしか雪菜ちゃんのツレに告ったんだって?」
「……うるせぇ」
「雪菜ちゃんのほうが可愛いじゃん」
「俺の好みじゃねぇ、こんな媚びた女。宇美ちゃんのほうがはっきりした性格でさっぱりしてすきなんだよ、悪いか」
 悪いどころか同調したいぐらいだが、雪菜は自分の可愛さに反応しない冬田を新鮮に感じた。顔に気をとられないなんて、なかなか良いヤツじゃないか。

 だが、だからいってい宇美は渡せない。
 押して駄目ならもっと押せ。
 感情的になってしまえば何を口走るかわからない。
とにかくいつものノリで落とすしかない。まだ宇美は和哉にホレてはないが、自分と比べたら誰が考えたって彼のほうが男らしい。
 こんな自分より可愛い相手なんて、普通は恋愛対象にならないだろう。
自分で思うのも変だが、客観的にもそうだと思う。


「私、先輩のこと好きになっちゃった」
 さっと目薬をさして、うるうるアイで迫る。
和哉は回りに押されるように廊下に出てくると、めんどくさそうに友人達を振り払った。
「あいにくお前は俺の好みじゃない」
 そっけない態度で和哉は言い切る。そうはっきり言われてしまうとムッっとくる。
 今まででちやほやされてきたが、こんなに冷たい反応は初めてだ。
 プライドを傷つけられた雪菜は額に青筋を立ててそれを髪の毛で隠した。

「だから付き合って」
「話がつながってない。話を聞け」
「雪菜の願いが聞けないの?今ならさけ茶漬けついてくるのに。朝昼晩さけ茶漬けなのに」
「逆に損してるじゃねぇかよ」
「雪菜のお手製だよ?お湯入れるの雪菜だよ?」
「それはお手製とは言わない」
「じゃあご飯をパッサパサになったご飯にしてあげる」
「嫌がらせじゃねぇかよ」
「冷えたご飯にしかない栄養素ってあるのよ」
 漫才のような会話を繰り広げつつ、雪菜は和哉の顔を見る。

 すっとと通った鼻筋に鋭い二つの瞳。唇は薄く、輪郭はシャープ。カッコいい。悔しいが、そう思うほかなかった。
 ――もし、自分がこんな顔だったら、宇美に気持ちを正直に伝えられただろうか。
今の雪菜は、宇美との現在の関係を崩すのが怖くて何も言えずにいた。

「なあ」
「なんですか」
「宇美ちゃんって好きな人いるのか?」 「さぁ今現在彼氏はいなかったはず。芸能人とかは知らないけど、目指すの? 雪菜運動してるあなたのほうが好きだなァ」
「お前に言われても嬉しくない」
「そういえば宇美は、面白い人が好きなんだって。しかも際どい下ネタとか下品なやつ。出来る?鼻からなめこ汁のなめこだけ出すとか出来る!?」
 嘘である、そんな下品な芸当見せられてたまるか。
実行に移してさっさと宇美とサヨナラすればいい。
「駄目だよぉ、こいつ堅物だもん」
冬田の友人が口を挟む。確かにこいつにギャグが通じるとは思えない。
「そうか、鼻から……」
「納得すんな。雪菜ちゃんも親友なら応援しなきゃ駄目だよ、そんな嘘つかないで。どうせならオーソドックスに鼻から牛乳でしょ」
それもどうかと思う。

「駄目。宇美と雪菜はセットでひとつ。宇美がいなきゃ雪菜はカレーライスのパッサパサごはんになっちゃう」
「どこまでもパッサパサなんだな、お前の脳みそパッサパサなんだろ」
「ひどーい。雪菜にこんな発言浴びせるなんて信じられなぁい」
 およよと泣きまねをしながら雪菜は思った。
 コイツは軽くは落とせない。ずっと一緒にいたから油断していたが宇美も可愛い女の子だ。
影ではきっともっとモテているに違いない。
 それにしても浮いた話を本人から聞かないのは何故だろうか。

「で、月下さん、俺のこと好きなの嫌いなの?」
 和哉がめんどくさげにため息をつく。
 本音を言えば憎たらしいが、ここで犬猿になってもしょうがない。仕方なくスマイルを作ると
「好き」と答えた。

「じゃあ、ごめんだわ。俺宇美ちゃんしか見えてねーもん」
「宇美が誰が好きか知ってるの?」
「……知らない、けど」
 雪菜も知らないが。好みのタイプの男すら、知らない。ずっと一緒にいて、何も知らない。
宇美はいつも雪菜の好きなものをくれたり、苦手なものは避けてきてくれた。
それなのに。無言のまま、数分が流れる。

 その間雪菜を見る和哉の表情は真剣だった。思わず雪菜は彼から目をそらした。
「雪菜、時間なんで戻ります」
 その場にいるのが辛くなった。
 自分だって好きで女装なんてしているわけじゃない。出来ることなら一人の男として宇美のそばに居たかった。

「また来てねぇ、雪菜ちゃん」
 和哉の友達がぶんぶんと腕を振って名残を惜しんでくる。
正直どうでもいい。すると、一人の女子生徒に行き場をふさがれた。

「和哉の事、好きなの?」
 敵意を帯びた視線に押し黙ったまま彼女を見居ると、きっと目を吊り上げてこう言い切った。
「和哉は宇美ちゃんが好きなの。邪魔しないで」
 それは先ほど落ち込むほど痛感した事実。ちょっとムッときて、雪菜は首を曲げた。
「雪菜をどうして止めるの? あなたには関係ないじゃない」
「宇美ちゃんとは、委員会でいい子だってわかってるけど、見た目は派手だけど、中身はけこう優しいし。
雪菜ちゃんって正直ぶりっ子じゃん。なんか、男の気持ちわかっててもてあそんでいるような」
 それは、和哉のひとつ下の妹だった。名前は樹里。サラサラロングの黒髪の兄とある意味似た、女性らしい体系に丸い顔。目玉は大きく、かわいらしいいかにも女の子というルックス。彼女が腕を広げて、行き場を邪魔していた。
名前を知ってるのは、彼女もまたモテる生徒だったからだ。
モテる男子には疎いが、女子には詳しい。
美少女に関心があるのは男としてはいたって普通の事だ。
 そりゃ、雪菜が男だからだ。男色趣味はないし、でもモテて悪い気はしないから、普段は適当にあしらって利用しているのだ。
 そのおかげでサイフも潤って、相手は喜んで一石二鳥だ。何が悪い。

「そんなの雪菜の勝手でしょ」
「宇美ちゃんの気持ち尊重しなさいよ」
「……ヤダ。宇美は雪菜のものなんだから」
 そう、せめて女の子でいるうちはずっと……。

 火花を散らしながら二人は睨み合う。
 廊下が異様な空気に包まれ、通行人が通りづらくなっている、がそんなこと知ったことはない。

「冬田先輩!ここに居たんですか」
「あら、宇美ちゃん」
「読書委員の仕事、冬田先輩でしょ?いかなくちゃ駄目ですよ」
「悪いわね。今行くわ」

 樹里は作り笑顔で何事もなかったように宇美に近寄ると、ポンと肩をたたいて去っていった。
 こうやって歩いていると小さな体だ。
 そんな樹里にふさがれていた廊下の狭さを実感する。

 この学校は結構歴史があるし、正直言ってボロい。あちらこちらのものが壊れていたりする。
この前なんて屋上から女子が落下しかけたなんて事件があった。
 そんなことはまったく本題には関係ないのだけど。宇美は名残惜しそうに樹理を見送る。
と、こちらに向かって凄む様にキッっと目を見開いた。

「冬田先輩に何してたの」 
「何って、冬田と話してて、帰ろうとしたらつかまって」
「やめてよね、冬田先輩のこと、いいなって思ってるんだから」
「なっ……」

 あんなのが好みだったのか。
 それでは雪菜じゃ到底及ばないじゃないか。そんなことを考えつつ雪菜はいらいらしつつ聞いた。
「お前の好きなタイプって何だ?」
「何よぉ、いいじゃんどんなのでも」
 一瞬顔を赤らめはぐらかすと、宇美は「それより教室戻るよ」と言ってさっさと歩き出してしまった。
 教室に戻ると、雪菜は足を組み不機嫌ですといわんばかりに席についた。


 冬田が気に食わない。

 一応は先輩だとは言え宇美のことは自分が一番知っているつもりでいた。
 それな のに、好みすらもわからない。
(――情けねぇ)
 スカート履いて男に媚売って、何をしているのだろう自分は。
 出来ることなら男らしく守ったりして宇美をときめかせたりして男として磨きをかけたい。
 が、筋肉なんてつけたら女装が出来なくなり、家から追い出される。ありえないと読者の方はお思いだろうがそこは月下家。
実際過去に追い出された人が居る。


「ホームルームはじめるぞ」
 担任の声が、教室にむなしく響いた。






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