すぐにほのかはあらわれた。
顔が普段以上に青白く、唇の端をきゅっと結んで、無言でヘリを降りてきた。
手には必要最低限のものしか入らん誘うなバッグだけだ。

(……あれ? 現金の束は? こういうときって……大量なお金を黒いケースに入れて……
とか……警察もいないし。どういういう事??)

「小枝子さん」
 生徒を名指しする教師のように、ほのかはピシっと小枝子を呼んだ。

「あなたは、先に帰宅してください」
「え」
「深入りは無用です。これは、貴方には関係ない世界の話です」
「でも」
 千鶴が、気になる。
どうして関係ないのかも、わからない状態では納得がいかない。
放置して、知らないうちに被害にあってなんて考えるだけで悪寒がするというのに、突き放されてしまうとさらに不安をあおらる様なもので。
 かかわったら危ないよ。そう言われてる気がして。
 あの千鶴の変貌ぶりを見てしまえば、事の深刻さが一発で誰だって理解できる。
あれはおかしかった。あんな状況なのに、夢の中じゃないかと一瞬疑ってしまったぐらいに。


「……小枝子さんは、芸能人の私生活を多少は見てきたはずでしょう? ……あなたの生い立ちなんて、とっくにお見通しなんですから、それぐらい私は知っています。だからこそ、知ってもらいたくないドロドロがあるんです。……ここまで。ここまでです、言えるのは」
 ほのかも、とっとと千鶴のもとに行きたいのかいら立つように早口だった。冷静な表情で突き放すように言ったものの、どうもピリピリしてる感じがするし。たまに、ヒールで自分の片足を左右に踏みつけているし。
 高ぶる感情を、必死で抑えているのだろう。

「よく聞きなさい。あの子を私は連れ戻してきますから、受け止めなさい。以上」
 ほのかはそう言って、ヒールを活活言わせ走った。見事なもんだと思う。
転ぶような様子も見せずに、一瞬に消えた。
一瞬黒い羽根が見えたように見えたのは、きっと髪の毛の見町がえだろう。
(芸能人の子供……かあ……)

 小枝子は、ふと小さなころを思い出した。



「お前のお母さんアイドルだったんだろ?」
「そうだよ?」

 小枝子は、自慢げに笑った。
 すると、聞いてきた男子達がにやにやしてきた。

「知ってるんだぞ。確か、男アイドルに手を出しまくって、やばいことしまくったって」
「そんなことしてない」
「だってネットにたくさん書いてあったし、本とかにも載ってた」
「知らないよ」
 小枝子の知っている母は、父親以外の男性について語ることはなかった。
若かったころはどうだったかは知らないけれど、遊び歩くような性格ではないはずだ。
計画的で、真面目で、優しくてきれいで。

 そのころは、自分の知らない時間というものがあまり認識できず、かつ噂と言う嘘を面白がる人々がいる存在も理解できなかったため、
小枝子は一人泣きそうな顔で否定したのだ。
それを、相手は面白がるものだから取っ組み合いになって。

「……うそつきじゃないもん……」
(帰っては、こなかったけど)
「うそつきじゃないもん」

 誰を信じていいのか分からなくなって、その後小枝子は荒れ始めた。
 目に見える「不良行為」はしなかった。
人の前ではいい子でいたし、裏でしか喧嘩には加勢しない。
しかも手は直接なるべく出さず、人間関係をこじらせて自滅させた。

(ほらみんな、嘘吐きじゃん)
 子供心に、そう思いながら心を自分で傷つけていた。



  (さえこちゃん)
「さーえこ」
 記憶での声と誰かの声が重なって、ベンチでペットボトルジュースを飲んでいた小枝子は振り返った。
 そこには千鶴が立っていた。
ほのかは後ろのほうで何やら男2人と話し合っている。
一瞬、千鶴によく似た美青年が見えたけれど、目があった瞬間その場を走り去って行ったので何が何だか分からなかった。

「……無事でよかった」
「なんか、人違いで巻き込まれたらしかったんだ、俺達」
 千鶴はうっすら青ざめた顔をしながら、笑った。
安心したのか、口元が緩んでいる。
背後でやっぱりほのかが脅すように男2人に何かを放していたけれど、遠くなので聞こえない。
ただ、ほのかがピリピリしているのだけはすぐにわかる。

「人違い?」
「なんか、俺に似た芸能人……さっきのお兄さんの隠し子を探してたらしい。で、俺が似てるから誤解されたらしい。
でも、さっきの人は……整形してて。それで……それに、年齢も釣り合わないって。それを姉さんが言ったら、本人が謝罪に表れて巻き込んでごめん、となんかいろいろもらった」
 そう語る千鶴の手には、何か高そうな紙袋がぶら下がっていた。覗き見していれば、財布らしいもの。札束がはみ出てて、他にはハンカチだの何だのどれも一流ブランドらしきロゴが付いていた。
全部同じブランドなのは、急いで用意したからだと思われる。

「小枝子も好きなものあれば持ってっていいぞ」
「いやこれ、千鶴宛でしょ?」
「でも、たくさんあるし」
「めっ」
 なんとなく、甘い感じでしかってしまうのは、しょぼくれる様子が目に浮かぶせいだろう。
小枝子は千鶴のうるうる攻撃に弱いから。

「……わかった」
「でもまあ、あたしも噂で似てる人がいるってのは聞いてたし……でもまさか子んな大事になるとは思わなかったわ……多分芸能関係つながりで漏れたんだろうけど、芽衣の近くらへんから」
「俺のせいかよ」
「芽衣」
 仁王立ちして、芽衣がげんなりしてそこに居た。
「まあ、確かに俺の周りは芸能人詳しいやつ多いだろうけどさ、仕事柄……でも、噂はだいぶ前から流れてたんだぜ? 
隠し子以前に……そっくりなやつがここら辺に居るって。それが千鶴だったわけだ。そして、俺はあいつが目標だったからな。母さんが大ファンで、ツーショット写真をいまだ大切に持ってるんだよ」
「さっきの人との?」
「なんでかしらないけど、多分イベントかなんかで撮ったんだろうな。で、そいつそっくりの千鶴が生まれれば、可愛がりもするだろ。病的に」
 そりゃあ、自分の理想の顔の子供が産まれたら、ひいきするに決まっている。
仕方がない話じゃないだろうか。
小枝子だって、きっとかわいがるし。
 ……でも、そのせいで芽衣はきっと愛情の分量を少ししかもらえなかったのだろう、と考えると悲しい気持ちになった。

(しかも病弱だったら完全かまりきりだろうし……)
 そりゃ、芽衣が千鶴を嫌うわけだ。子供なら、きっとさみしい思いをしただろうし……双子だからこそ、はっきり仕方がないと思えなかったのだろう。
 小枝子だって、割り切れないだろう。啓人はあくまで年下の弟だから、仕方がないという感覚が持てた。
それに、母はあまり偏った愛情のかけたはしなかったし、啓人自身が積極的に小枝子にかまってくれと寄ってきたから、三人で仲良くやれた。
 だからこそ、あの事件はショックだったのだけれども。
 結局は、母親のほうが上の位置いるんだなと思うと、少し心が折れそうになった。
 千鶴は小枝子の隣に座ると、芽衣を招き寄せた。

「……俺は、戻ったほうがいいのか?」
「それはない」
 千鶴の疑問に、芽衣は即答した。
「今更、いらない」
「……そうか」
「ちょっと。いらないはあんまりじゃないの?」
 小枝子はつい、口をはさんだ。
 だって、ひどいじゃないか。拒絶するだなんて。

「ようやく、千鶴がいない状況になれたってのに今更戻ってみろ。ややこしくなるだけだ。
それにお前を養うだけの金は今も家にはない。だから俺がこうやってモデルやってるんだよ。
本来はお洒落なんてどうでもいいってのに。毛まで染めて、パーマかけて」
「…………でも」
「会いたいのはお互い様だ。でもあったらぶり返す。だから、会うな。忘れろ。いいな?」
「……元気なのか?」
 千鶴が泣きそうになっている。
そっと小枝子はその肩に手を置いた。

「一応な。家事もできる状況だし、ただ働けるほどの調子の良さはない。まだお前を気にかけてる。
だからこそ、会いに行くんじゃねえ。自分のせいでって母さんは自分を責めている。理由はわかんねえけど、自分のせいだって泣いて過ごしてる、俺には意味がわからないけどな。……病気がちで、俺がおまえにけがさせたから、だと思ってたんだがそれ以上に何かがあるらしい」
「何があったんだ?」
「知るかよ。聞いて傷口に塩を塗れってか?」
「それは……そうだが」
 ひるむように千鶴の唇が震える。
 足元が、もじもじと動いて砂が音を立てる。
 千鶴自身、複雑な心境なのだろう。小枝子はただ二人の会話を見ているしかなかった。
家庭の事情は本人たちが一番よく知っている。

「でも……」
「写メぐらいならあるから、それやるよ。それで我慢しろ」
「本当か!?」
 急に表情に光が差す千鶴。
本当にうれしそうだった。
声本体が飛び跳ねるようだった。

「だから携帯貸せ」
「えっとたしか……鞄に……」
 ごそごそと茶皮のカバンを千鶴は探りだす。
中からたくさんのキャンディがこぼれ出す。
「……何入れてるんだよ……お前」
「飴ちゃん」
「ちゃんつけるなきめぇ」
 芽衣が千鶴のおでこをどつく。
「いたいいいい」
「甘ったれた声出すな」
「うー……」
「相変わらずだな、お前は……ったく」
(なんかちょっとほほえましく見えてきた)
 小枝子はぼんやりとそう思った。
 携帯はほぼ芽衣が一人で操作していた。
千鶴はそれをぽけーっとみているだけで。

「おーよ」
「わああああ!!!」
 子供のような声をあげてはしゃぐ千鶴。芽衣はため息。
「たまに写メぐらいならやるから。我慢しろ」
「わかった!」
「それと、さっきの仕事の……迷惑料の代わりに限定のリング。もらってきたぞ。お揃いでつけるピンキーリング」
「本当か!?」
 千鶴の目がきらきらしている。体も半分立ちあがっているし。
興奮しているのが丸だしだ。
(……よっぽど恋しかったんだろうなあ……)
 まあ、仕方がないことだ。小さいころに別れたっきりの母親で、かつ千鶴を溺愛していたらしいのだから。
千鶴の性格を考えればべったりしていたのが予想が付くし……ただでさえ、ほのかにも甘えてるのだから。
(全身で好き―って表現してるかのような態度とるよね、千鶴って。めちゃくちゃ顔に出るし……よく、さっきは耐えたと思うよ)
 いつもなら絶対号泣したままだったろうに。
何がスイッチを入れたのかは分からないけれど、彼のおかげで小枝子は助かったのだ。

「千鶴、さっきはありがとうね。怪我してない?」
「平気だぞー? えへへ」
 返事をしつつ視線は携帯画面。
小枝子は眼中にない様子。
 笑顔なのに時々真剣な目で、さみしげな視線を画面に送る千鶴。
 ああ、本当に恋しいんだろう。

(あたしだって、会えるなら……)

 近くに居た人と、どうにもならない距離ができるとさみしくてたまらないものだ。
小枝子の場合この世にはもういないからまだ割り切りがきくとしても、千鶴は近場に住んでいるのに、会うことはできない。なんてもどかしいだろう。会いたくて会いたくて、でもきっと千鶴は約束を破って会いに行くことはない。
そういうタイプだろうし。
 もし、会いに行ったら彼は戻ってこれなくなるかもしれない。
 それがたとえ彼の幸せでも、小枝子は嫌だ。
わがままだって、わかっていても絶対嫌だ。

(感情なんてそんなもんだよね、結局は自分基準で自分目線で自分中心で……)
 暫くして、ほのかがゆっくりとこっちへやってきた。

「お待たせしました。そしてお騒がせしました」
 丁寧に頭を下げる。

「千鶴さん、芽衣さん、小枝子さん。今回のことは気にしなくていいですからね。ただの人違いですから」
「……はあ」
「わかった」
「……俺はそれでもあいつを恨むけどな」
 三人それぞれの応答。
「とりあえず、自主的にかかわるようなことはしないこと。以上」
 ほのかは手をパンパンとはたいてそう言い捨てた。
「絶対ですよ?」
 そう言われてしまえば、気になるのが小枝子なわけで。
「では、ヘリに乗りましょうか?」
「あたしはいいです。買い物したいんで」
「……そうですか。早めに帰宅するように。携帯充電しっかりありますよね?」
「はーい」

 小枝子の頭の中は、もうほのかの言葉なんて耳に入ってなかった。





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NEO HIMEISM