ここはどこだろう。
コンクリートできた冷たい地面。
まるで、どこかの物置小屋のような散らかり具合。
誰かに監禁されてるんだあ、なんてのんきに思ってしまうほど実感と言うものを感じられない状態。
千鶴も別の紐にくくられて隣に居るけれど、
薬が効きやすい体質なのか起きる気配はない。
何でこんなことになってるのか。
身代金だろうか。
小枝子は自由にならない手足を見つめ、首をかしげて溜息をついた。
人の声がうっすら聞こえる。扉は、ありきたりな鉄製。
赤っぽい色が、はげかけている。たとえるなら、体育倉庫のようなごちゃごちゃ感。
(それにしても千鶴は一向に起きないんだけど)
小枝子に寄りかかって、熟睡。
しかも誰も来ない。
いい加減締め切った窓と、ほこり臭い空気でのどがカサカサしてくる。
水が飲みたい、と思った。
小枝子は唇を吸うようにして、少しでも口の中を潤わせようとしたけれども、それも無意味。
(あー……もう……下手に暴れると厄介そうだし……)
誘拐犯が来るのを待つしかない。
退屈さにつかれながら、待つこと20分ほど。
扉開いた。
千鶴の瞼はまだ開かなかった。
「髪下ろしてる美人のほう起きなくねェ?」
「第一、あいつ他人じゃね?」
「でも顔そっくりだったじゃねーかよ」
「まあな。でも女だろ? あれ。どう考えても、ひらひらフリフリしたの着てたんだけど」
(千鶴は男で―す)
無言で、入り口でもたついてる若い男たちを見つめる小枝子。
なんだかもう、そのグダグダぶりに文句を言う気さえ起きない。
どうせ、雇われたかなんかそのぐらいの下っ端なのだろう。
筋肉もろくについてないように見えた。
背丈は二人とも標準ぐらい。
片方は少し腹が出てるようなありさまだし、小枝子ならどうにか逃げれるんじゃないだろうか。
(だけど、問題は千鶴なんだよね……寝こけてるの放置して何かするのもなんだし……そもそも、このロープがねー……)
さすがに素手でロープをちぎるわけにはいかない。
というか、まず手首は縛られているのだからどんなに腕力があったとしたところで、無理だ。
「でも、女だっているかもじゃねーか、てか多分身内だろ」
「餌には十分なるってか? めんどくね? さっさっと終わらせたいんだけど……」
「お前だって最初は適当にさらって脅しをかけろっていう案に賛成だったじゃねーかよ。
何だよいまさら。2人もさらっといて逃げる気か?」
「ちげーよ。でもどうせつかまんのは俺らだろ?」
「それ以上に金が入るんだから、いいじゃねえかよ。それより。金髪のほうどうにかしろよ。
不機嫌そうにちらちらこっち見てるんだけど、何か話してこい」
「俺がぁ?」
「俺が行けってか? やだよ、あんな気ィ強そうなタイプ」
「俺だって嫌だ。噛まれるんじゃねーの?」
(まるぎこえだし、人を噛んだことなんて一度もないっての)
「髪長いほうのほうがかわいいし、俺そっち担当な」
「あ、ずりー!!」
男2人は合コン中の会議のノリで騒ぎだす。
千鶴の性別にいまだ気が付いていないようだった。
(……残念だけど千鶴は男っての。多分しゃべっても疑いは晴れないんだろうなあ……)
何か何もしてないのに小枝子は疲れてきた。
ちら見しても、千鶴はまだ寝ている。
それから数分しても、男どもは千鶴の取り合いをしている。
さすがにうっとおしくなって、小枝子は眉根を寄せ、ため息。
「あのー……」
少し低めに、声を上げた。
「あ、やべっ」
「すみません……」
(何で誘拐犯に謝罪されてるの)
男2人はあわてて口をつぐみ、こちらに寄ってきた。
手には紙袋に、ガラスのコップ。
たぶん100円ショップで買いそろえたらしく、紙袋にあったのはビタミン剤や軽食……。
「睨まれてんじゃんよ……」
(目の前で言うセリフじゃないよね……)
小枝子は失礼と思いつつもなんか、あんまり頭が良くなげだなあなんて感じた。
これなら、うまく抜けれるかもしれない。
「で、お嬢ちゃんは楓の知り合いなんだろ?」
「は?」
「藤宮楓。知らない?」
「誰??」
何か前も聞いたような、その名前。
「聞いたことないんだけど……本気で誰?」
「え、知らない?」
「うん」
「役者だよ、あの美形の。彼女すごい似てるでしょ? 黒髪の」
「知らない」
「……ええ」
「とぼけないでくれるかなあ?」
男2人、少し動揺しながら目を泳がせて小枝子に近寄る。
そんなこと言われても、本気で知らないのだからどうしようもない。
「まず芸能人わかんないんで」
母親は除く。
「そんな、君も新人でしょ?」
「違いますけど」
「大丈夫。わかってるって」
(何がだか……)
裏口使ってるとでも解釈したのだろうか。全く。
にや付く表情が、ぎこちない。自分たちの失敗を認めたくないという様子に小枝子には思えた。
何度か2人はアイキャッチした後、とりあえず仕方がなしにかキャンディの袋を開けた。
「……まあ、とりあえずこれでもなめて」
「どうも」
差し出された手を、当然小枝子は噛みつかない。
千鶴を放置して逃げるわけもない。
大玉のザラメの付いた水色の飴玉を、口の中で転がして、味わうだけ。
「何が目的なんですか」
小枝子は座った目で聞いた。
「君達には関係ないよ」
「なあ?」
「関係ないなら返してください」
こんなところに居たくない。きっと芽衣だって探している。
「今日生理何で、長時間居たくないんですよ」
嘘だった。下品とわかりつつ、遠まわしにトイレに行かせろと催促。
千鶴が起きていたら言えないセリフだ。
「……後でね」
当然男2人は戸惑うように苦笑。
「まずはこの黒髪の子に起きてもらわないと……困るんだよね、こうも熟睡されるのも……」
「ってわけで君起こしてくれね?」
なぜか赤らむ2人。
だから千鶴は男だって、と心でいいたくなったけれど滑稽だったので黙っておいた。
「そしたらお菓子上げるから」
「千鶴」
即座に小枝子は千鶴の耳元でささやいた。
2人の距離的に、それが精いっぱいの距離だった。
すぐに、千鶴の耳はぴくんと震えた。
そして、ゆっくりと瞼をあけて暫くして叫んだ。
千鶴の声なので、音量は小さかったけど高いもんだから本人以外の肩が揺れた。
「……さささささえこ」
もう今にも泣き出しそうな表情で、唇を震わせて千鶴は小枝子を呼んだ。
動揺しているのが丸出しで、手が伸ばせたならいつものようになでてやりたいと思った。
いっそ、抱きしめてなだめなきゃいけないんじゃってぐらい、おびえていた。
「ごめんね、お兄さんたち怖くないよー」
「だから泣かないで? ね?」
「ひぃいいい」
(露骨にあたしへの態度と違うんですけど、口調でっれでれなんだけど……)
いかにも露骨な作り声で、男2人は千鶴を泣きやませようとした。
まるで、電話の勧誘のような、上ずった感じが気持ち悪くて小枝子は真夏だというのにぞわっとした。
下心が見え見えで気持ち悪い。多分、千鶴が泣きそうなのはそれも原因の一つだということに、彼らは気が付いていない。
ノンケの男が、男にお嬢ちゃんと迫れて、おぞましいと感じるのは正常なことだ。
しかも、密室で縛りつけられていて。
「……帰る……小枝子と帰る……」
(あーあ……本気で泣いちゃってる……)
戸惑う男2人は、きょろきょろしてはお菓子を取り出してみたり、近場にあった本を見せてみたりどうにかして千鶴を泣きやませようとしている。
(……本当、泣き虫なんだなあ、千鶴って)
それを無言で見つめている小枝子も度胸が据わりすぎている気がするけれど。
あがいたってどうにもならないことぐらい、わかるのだ。
経験上、こういうのは上をどうにかしなきゃいけない。
下のこいつらをどうにかしても、小枝子たちは助からないと。
しゃくりあげる千鶴を見ていると、どうにかならないものかといういら立ちはわいてくるものの、
子供がえりをしているかのように泣くことに必死で人の声が聞こえていないのか、千鶴の息は荒いし……。
「あの」
「ああ、ちょっとまって金髪の子……今この子どうにかしなきゃ……ほーら、泣きやんだらほしいもの買ってきてあげるから、ね? なにほしい?」
「さえこぉ」
(あたしかい)
ほしいもの=小枝子。
こんな状態でもそう口走る千鶴がかわいいと思える自分に小枝子がめまいがした。
口元がもにょもにょとむずかゆい感じがする。
「おいお前、『さえこ』買ってこい!!」
千鶴をなでながら男が叫ぶ。
「酒かなんかの新種か? きーたことねぇぞ」
下っぱら男が叫び返す。
「……『さえこ』はあたしですけど」
「え」
男2人が固まる。視線が小枝子に注がれる。
「この子人見知りすごくて、怖がりで……得に男の人が大の苦手なんですよ」
(嘘は一つもついてない)
色々誤解を招きそうだけれども。
「だから、ちょっと位置を近づけてくれません?」
「でもなあ」
「逃げませんから」
千鶴を置いていく気は、本当にない。
だから小枝子は真剣な表情で2人を見つめた。
千鶴はあいからず周囲の様子を見る余裕などなく泣きじゃくっていた。
「あと、多分泣きじゃくってのど乾いてると思うんで飲み物あげてください。できるだけ体に良さそうな無添加なやつ。で、甘めのほうが好きです」
「え……」
「この子、普段から体弱いんでこのまま泣きじゃくってるとリバースしますよ」
「……え」
男2人さらに焦る。
そりゃそうだ。誰も好んでリバースの後始末なんてしたくない。しかも密室で、人質を。
当然縄をほどく羽目になるし、人ので入りも必要になってくるし、何より一応は人質なのだから死んでしまうなんてことに発展すればもうそれは脅しになるどころか怒りを買うだけだ。
「ジュースぐらいなら飲ませてやるよ」
「でもなあ」
「逃げないから」
「でも」
「信じて」
そんな自殺行為、しない。
裏切りたくもない。
数秒、男2人が顔を見合わせてひそひそ耳打ちしあった後、千鶴のほうが小枝子の横にくっつけるようにずらされた。
「千鶴」
小さな声で、小枝子はゆっくり言った。
千鶴の泣きじゃくる声が止まった。
「飲める? 平気? 落ち着いて。あたしそばに居るから」
「……小枝子」
多少、千鶴の声が落ち着いたように見えた。
彼は探るように数秒黙って周囲の様子を見て頷いた。
「……平気だ」
ぼそり。
千鶴の様子を見て男たちはスポーツドリンクを選んでコップに注いだ。
そして彼の手の紐だけをそっとはずした。
「ありがとう」
千鶴が妙に冷めた声で言った。
そしてそのあと口角だけあげて笑った。
(……なんか含むような笑いだけど……らしくない……やっぱ、警戒してるんだろうな、千鶴のことだから)
そう小枝子が思った直後、ガラスの割れる音がした。
小枝子のほうまで、こぼれたジュースが流れてきて、足元がひやっとした。
気持ち悪いとか思う以前に、茫然とした。
だって。そこにはガラスの破片を自分の首筋に向けて死んだ目をした千鶴が隣に居て、男2人は小さな悲鳴を上げていたのだから。
(!?)
何がどうしてそうなったのか、小枝子は理解できなかった。
千鶴の行動由も、何もかも。
「小枝子を解放してください」
彼は言った。人質が死んでしまったら困りますよね、と。ゾ
クッとしたのは、ジュースのせいでぬれたせいなんかじゃないはずだ。
小枝子は唖然としながらその様子を見ているしかなかった。
「お嬢……ちゃん?」
「お前らの目的の『男』だが? それが死んだら困るだろ? わかるだろ? ……脅しのきく理由がなしに金は手に入らない。
引き換えになるものがないんだからな。たとえそれが金で泣く権利でも、同じ。交渉は対価になるものが寝ければなしえない」
すらすらと、千鶴が早口でしゃべっている光景だけでもかなり衝撃的だった。
普段のあの様子はどこに行った。作りキャラ?
違う。
わずかながら、千鶴の眼もとには涙粒がたまっていたし、足元どう考えても震えているのをこらえていた。
ただ、男2人は千鶴の表情と言葉に夢中で、見ていないから気が付かないだけだ。
「俺は残る。だから、小枝子を帰させろ。そうでもしなければ俺はこのガラスで首をさす。
もし信用ならないなら、お前らの片方が別のガラスを俺の首に向ければいい。俺はどの道、嘘をついたら殺されるわけだ。何がほしくてこんなことをしているのかは知らない。
でも、小枝子を巻き込むな」
小枝子は、何も言えずにいた。
それは男2人もで。
「……で、どうだ? 駆け引き。応じるか応じないか」
うっすらと、千鶴はガラスを己の首に触れさせた。
彼以外の全員がぞっとした表情を見せた。
「……わ、わかった。この女を逃がせばいいんだな」
「『かわいい』美少女を」
「この美少女を」
(千鶴……)
感動したり、動揺するべきなのかもしれないけれども最後の千鶴の一言で、小枝子は脱力し、冷静になった。
「千鶴、あたし逃げない」
「逃げろ」
命令口調。
「だって、千鶴一人いやでしょ?」
「平気だ」
(さっき泣きじゃくってたのに……)
正反対のこと、急に言い出して……何のつもりだろう
。
「……俺が殺されることはない。……自分で遣る事はあっても」
「ちょ……」
「小枝子は、俺が死んでいいのか?」
「そんなのいやよ!」
つい小枝子は金切り声をあげた。
千鶴はそれを見て優しげに笑った。
「じゃあ、逃げろ。どうせ俺は平気だから」
(……何を根拠に)
「……まず、要件を小枝子に伝言して、事の切迫さ、大きさを伝えたほうがきっと要求を相手は飲むと思うが、どうか?」
「……あ、ああ」
相手が完全にひき越しになっている。
千鶴は小さくため息をついて、満面の笑顔で小枝子のほうに振り向いた。
「よかったな、小枝子」
(よくない……ほっとけないよ、千鶴を)
でも。
小枝子でもわかってきた。
千鶴は小枝子が傷つくのがいやなのだ。みたくないのだ。
小枝子が千鶴が泣いてる姿を見て心を痛めたように、彼も……。
だから、小枝子は頷いて男2人の指示に従い、腹の出てるほうにロープを解いてもらい、即座にメモを渡された跡目隠しをされ外へ連れ出された。
見えなくても、締め切ったコンクリートの中から出てきただけあって、ひんやりした風を感じた。
夏だから、尚に暑かったあの場所+ジュースでぬれた洋服だったものだから、ぶるるっとなっていると、男に身体を投げ捨てるように身をベンチに座らされ、目隠しを外された。
ああ、自分は千鶴を置いて解放されたのだと実感する。あたりには誰もいない、古ぼけた公園だった。
どこから出てきたのか、小枝子にはわからないけれどいわゆる取引にはよくつかわれる、ベンチがあって、錆びたブランコに砂場と小さい滑り台だけがあるそんなところ。
ベンチの赤いペンキもはげて、もう土台になった気にいたっては腐りかけている。いかに手入れされていないかが、ぱっと見でわかってしまうような場所だった。
ぐったりとした脱力感を感じながら、小枝子は言われるがままにほのかにメールを入れた。男があの少年の保護者を連れて来い、と言ったからだ。
最初はお母様と呼んでいる母を呼ぶか迷ったけれど、こういう状況に呼び出すならほのかだろう。なんとなく、千鶴の母じゃ頼りない気がする。
偏見だろうけれど、どうもお嬢様というものは、小枝子の中でこういう事態に免疫がないイメージなのだ。
けれども、ほのかは千鶴のためなら何でもしそうな雰囲気があるし、何よりどこか凄味がある。
着吐くだけで押して押して押しまくりそうだ。
一刻も早く、千鶴と再会したかった。
だから、深く考えることもなくほのかにと決めた後はすぐにメールを打ちだした。「用事がある、●●に来てください」とだけ。メール画面を、後ろから太ったほうの男が覗き込んでいるから、余計な指示は書き込めなかった。
本当は武器なりなんなり持ってくるように付け足したかったけれども、さすがにそんな事を書いたら送らせてもらえないに決まっている。
そんなこんなでもめているうちに、千鶴に何かあっては困るのだ。
8へ→(準備中!)
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