「だーかーらーっ! こいつは俺の彼女じゃねえって!」
「芽衣君彼女連れてくるって言ったよね?」
「言ったけど!」
「じゃあ、この子代わりに彼女役でいいじゃん?」
「よくねえ!」
小枝子が追いつくころには、こんなやり取りが聞こえた。
「それは彼女に失礼だよ? せっかくこんなにかわいいのに、傷つくよねー?」
スタッフの男性が千鶴をなでようとするが千鶴がおびえてのけぞいた。
「そいつに触んないほうがいいぞ」
「ほら、やっぱ好きなんでしょ? 芽衣君はこの子のこと」
「んなわけねえだろおおおお!!!」
(あってたまるものですか……)
割り込みにくる雰囲気。機材を持った女性と目があったので、頭を下げてあいさつする。
小枝子はそのままゆっくり近づいて様子を見ていた。
「こいつは男だって―の!!!!」
「こんなかわいい子が男の子なわけないだろー?」
ほかのモデルが笑いながら言う。
笑ってはいるがマジそうだ。
千鶴がますます泣きそうになっている。
「まあ、たまにいるけどねー……藤宮楓みたいな? 何かこの子にてるよね」
「似てねーよ! とりあえずこいつは男だっての!! 胸ないだろ!?」
「お前それ明日香ちゃんに失礼だろー?」
「カメラさんひどい―」
「最悪―」
女性モデルまで話題に混ざり、千鶴放置で雑談が始まった。
(……割り込みにくい……)
「あ……小枝子っ」
千鶴が小枝子に気が付いた。
目をパアっとひらいて嬉しそうに笑った。
が、本人は腰が抜けているのかこちらを涙目で見つめてくるだけだった。
ので仕方がないので小枝子が動いた。
「すみません、この人あたしの彼氏です……」
千鶴を抱きかかえるように自分の体に寄せる。
まだ不安なのか思い切り抱きしめてくる。
「さえ……こお」
「あーはいはい、泣かない泣かない。人前だからね?」
「何、女の子同士で男役女役やってるの?」
カメラマンは真顔そのものだ。
まだ千鶴の性別に納得がいかないらしい。
「そういうわけじゃないです……」
「えー……だってこんな綺麗な顔して髪の毛さらさらで長いし細いし声もかわいいじゃん」
満面の笑みのカメラマン。本気な気を始めそうな千鶴。
この場合、小枝子はどう対応したらいいのだろうか。
「折角、特集でまだ借り制作中のブランド物のペアリング上げようと思ったのに。Marimariだよ?」
「本当か!?」
即座に千鶴が反応したので、小枝子の顎に彼の頭がぶつかった。
「……ちょ、千鶴!?」
「すまない! 限定なのか!? 試作品なのか!? デザインはどんなのだ!?
ほかにも限定ものとかあるのか? もらえるのか? 衣装とか……」
「千鶴……」
芽衣が頭を抱えている。
周囲はあっけにとられつつ、なんだかんだで笑っている。スタイリストさんらしきお姉さんが、智頭rに近づいてきて指輪を見せてくれた。
かわいらしい赤い皮のケースに入ったピンクのハートストーン。
ピンクゴールのどリングで、クリアストーンが小さいながらもリングを囲むように埋めてある。
「あ、かわいい」
そう、小枝子が言ってしまったのが間違いだった。
「俺、これもらえるなら彼女役やる」
「千鶴ぅ!?」
「はあああ!?」
小枝子と芽衣は思い切り叫んだ。
「千鶴。あんた便所紙になっていいの!?」
「安藤お前まだその主張変えないのか。てかお前は雑誌を便所が身にしてたんだろ? いつの時代だよ……」
「そんな常識でしょ? 昔から紙はもんでまたに突っ込んで使うのよ!」
「んなことしらねええええええ!! てかお前人前でよくそんな発言できるな!」
「だっていやなんだもん、千鶴の顔が股間に突っ込まれるの!」
「俺らも嫌だし突っ込む奴なんかもうこの時代に居ねえよ!!!」
「……何の話をしてるんだ? 2人とも」
小枝子と芽衣の討論を無視して、あっさり千鶴は小枝子から身を自分ではがし、
スタイリストさんの隣に立ってニコニコしていた。
「千鶴もブランド指輪で釣られない!」
「お前それぐらいいくらでも買えるだろーよ……」
「自分で働いたお金だから重要なんだ!」
千鶴の主張にスタイリストさんはニコニコして彼をなでた。
「あらあらいい子じゃない−……後で小物もあげるね千鶴ちゃん」
「本当にいいのか? いいんですか?」
千鶴の目が指輪と同じぐらい輝いている。
ここまで言ったら、もう二人の存在なんて無視だ。
「ええ、私あなたみたいに可愛い子にならたくさんあげちゃうわあー」
スタイリストさんでっれでれ。
目元なんか、三日月形になってるし。
口元はふにゃふにゃだし。
千鶴は案の定、お花散らしてるし。
「秋服だけど、大丈夫? 暑いかな?」
「平気です、普段から長袖ばっかなんです」
「じゃあ思い切りかわいいロリ服でも着せちゃおうかなあ……きっと似合うわ、細いし」
「できればリボンも付けたいです」
「いいわねえ、でもヘットドレスもかわいいわよ?」
「色はできるだけ淡く」
「かわいくね!」
完全に2人の世界に入っている。
芽衣は頭を抱えている。
小枝子はスタッフにアイスをもらったので、それをゆっくり味わっていた。先ほどの高いお店のアイスだったからだ。
スタイリストが女性なら、千鶴がおびえることもないし大丈夫だろう。
「言っていいか?」
「何よ」
急に芽衣がひそひそご絵で言ったので、小枝子はアイスを食べるスプーンを一時的に口から話して応答。
「さっきのスタイリストさん、ガチレズ……」
「はあ!?」
ぞわっとした。
千鶴が危ない。
絶対油断しているだろうし、何より多分彼にはそういう雰囲気が理解できない。
何をされるのだろうとぼーっとしていそうで逆に心配だ。
千鶴の中では、女=怖くない 男=怖い の方程式がすでに出来上がっているだろうから。
(……体触られても「なにするんだ?」とかぽやんといいそう。ヤバイ場所でも……)
こんなところに座ってられない。
アイスなんてどうでもいい。
「芽衣、残りのアイスは任せたから!」
「無茶言うな!! 俺はお前と違って一気に5個も食べれねえよ!!
溶けるし! あ、コレクーラー入れといてくださいっ」
芽衣の声が背後から聞こえるなか、勝手に小枝子の足は動いていた。
「あの、さっきの千鶴ちゃんどこですか?」
近場に居た機材を運んでる関係者っぽい人に尋ねる。
「ああ、あの黒髪ロングの芽衣君の彼女?」
「えっと、ああまあそんな感じで」
「後を真っすぐ行って、2番目のマンションの一番下の1つ目の部屋だよ。あの中のどこか。
あこで今、スタイリングしてるから」
彼に言われるがままに、突っ走る。
小枝子の足は速い。
すぐに付いた。しかしだ。
「すいませんー!!」
マンションの扉はそう簡単には開いてくれなった。
思い切りインターホンを連打してれば、隣の住人から窓からにらまれるし、
通りすがりの人には那嫌な顔されるし……返答はないしで。
「ちーづるー!!!!!」
(千鶴が……襲われる……!!!!)
小枝子がいい加減汗だくになって着たころ。
「きゃーーーーーーーーー!!!!」
女性の声だ。
(スタイリストさんだ!)
「いやっ、そんなっ」
「いたっ」
思い切り、扉が開いて胸を丸出しにしたスタイリストさんが飛び出してきた。
滝汗で、髪の毛が空に回るほどにも勢いよく。
(ああ、やっぱ恐れていた事態……)
ある意味そういう趣味の人でよかったのかもしれない。
趣向相手がもし美少年だったら。
そして千鶴の甘えた声にくらりときて、そのまま手を出しちゃうような人であれば。
(……ヤられるわ……千鶴なら、あっけなく。
しかも自分から状況について説明求めるわ、無知だから……「何でこんなことするんだ? お姉さん、風邪ひいてしまったら大変ですよ、だからお風呂に」
とか言い出したら……ああああああ)
「千鶴っ」
「小枝子、なんかスタイリストさんの様子が変……」
「あんたは何で上半身丸出しになってんの! 何されたの」
「ロリィタ服は着にくいから着せてあげるってなぜか自分も脱ぎながら脱がされた」
予想通りの展開過ぎて、めまいがする。
「で、何故か俺の裸見て悲鳴上げて逃げた」
「あんたもちょっとは俺男だからとか言い出して止めてよ……」
「? なんでだ?」
「……だめでしょ、女の人相手に裸見せちゃ」
「?? 姉さんいつも俺脱がしてるけど」
「……ああもう、これからはだめだから……」
(……頭痛い……)
近くに落ちていたドレスを小枝子は千鶴に渡す。
「着にくかったらあたしが着せてあげるから」
「でもあのお姉さん、喜んでた」
「そういう問題じゃなくて」
「……なのに、いきなり逃げた……。嫌われたのか? 俺……傷だらけで、気持ち悪いから?」
「それもちがくって」
しょげ始めた千鶴の頭をなでる。
(そういう発想はできないんだろうなあ……千鶴は)
箱入りだから。
「とりあえずこれからは、脱いでいいのはほのかさんの前だけ。まあ、啓人なら大丈夫だと思うけど」
(間違っても変な方向にはいかないだろうし)
「小枝子は?」
「え」
「小枝子はだめなのか?」
「…………」
子犬のような視線で千鶴は小枝子を見つめる。
理由が理解できていないのが丸出しで小枝子の顔に滝汗が流れる。
(だめだこりゃ……)
「恋人の前で脱ぐ意味わかってる?」
「寝るのか?」
「…………」
(多分考えている寝るの意味は違うんだろうな、標準と)
千鶴の真顔をみていると、なんだか自分の考えが間違ってる気さえする。
けれどそんなはずはない。
穢れてるから、なんてもんじゃない。
異性の前で服を脱ぐこと自体年齢を考えればおかしい。
(けどなんか事実を伝えるのがきつい……無理……)
「……小枝子は、傷だらけ嫌いか」
「そういう理由じゃなくて」
「やっぱり、気持ち悪いか? 見たくないか?」
「違う……」
けれども、伝えなれば彼はこれから苦労するだろう。
というか何で今まで平気だったのか。
暫く考えて、それは彼の行動範囲が守られている場所だけだからと気が付く。
学校じゃ、千鶴に変なことしようなんてする人はいないだろうし……。
「小枝子、顔青い……やっぱ……っ……」
(やばい、千鶴このままじゃ泣く……!)
「ちがうっ、ちがうの千鶴っ」
あわてて千鶴を抱きしめる。
何やってるんだか小枝子もわかんなくなってきた。
そこに。
「おい……お前ら! ……何してんだ……??」
(芽衣―!!!!)
この図は、誰が見ても誤解する。
千鶴は泣いていて、その上に小枝子がのっかっていて、千鶴は半裸。
「…………おまえら……」
「違うから! なにもないから!!」
「予想通り過ぎてもう何も言えねえ……あのスタイリストさんは腕は確かなんだけど無類の女好きで、
手が早いからって男性オンリーに回されたってのに……」
「もっと早く教えてよ、それは!」
千鶴の貞操が危なかったじゃないか。
「ビアンっていったろ? いくらなんでも千鶴の一人称とかでわかると思ってたんだよ……
というか女装男子として仕上げたいもんだと思ってたんだよ……」
無茶である。
「なあ、なんでさっきのお姉さんあんなことしたんだ?」
「お前は黙って着替えてろ、千鶴」
きょとん、としたまま千鶴は素直に芽衣の言葉に従った。
「こいつ普段どうしてるんだ、あの頭の弱さで」
相当ひどいセリフを芽衣はさらりと吐く。
双子の兄相手だから、だろうか。
それにしてでもあんまりな言い草だと思う。
千鶴は確かに頭弱いけど。
(むしろそっちの知識だけ見事なぐらいにないのよね。
不自然すぎるぐらい、まるでそれを教えていないような……抜き取ったような……)
ほのかが関係しているんだろうな、と小枝子は思う。
あの親ばかさでは、その手の教育をしないまま自分の手元に置いて天使ちゃん天使ちゃんとかわいがりかねない。
それが逆に面倒を起こしているのだけれども。
そればかりは小枝子の推測の域を出ないので、どう突っ込みようもないけれど。
小枝子が勝手に教えてしまえば、それはたぶん一線を越えてしまうだろうし……
下手すればほのかからの援助金をすべて取り上げてしまうかもしれない。
それでも、こんな光景を見ていれば、頭も痛くなるし、教えたくもなる。
知らないうちに彼を汚されたら、と思うとぞっとする。
ほかの男のように、力づくで抑え込んで逃げることはできない体なのだから、千鶴は。
「守られてるんだな、今も昔も」
「何も知らないくせに」
「それはお前も一緒だろ。一部分しか知らないでそばに居る。まあ、おれも今のあいつについては似たり寄ったりだから同意はしておくけどな」
芽衣は小枝子から離れ、千鶴の服を直しながらぶつくさ何かを言い出す。
人間なんて、結局は自分のことを自分以上に相手に伝えるのは無理な話で。
かといって、人から見た自分は他人目線からわからない。そんなことは、きっとみんな知っている。
けれども、だからと言ってアッサリ別の目線を想定できるわけじゃないのだ。
千鶴だってぼんやりしてる様子ではあるけれど、本当は……。
(……ショックで、混乱してるだけかもしれないし)
「小枝子ー似合うか?」
(……ともかぎらないよね)
嬉しそうにフリフリ着ながら笑ってる千鶴を見てると、なんかもう笑うしかなくなった。
とりあえず小枝子は彼をなでながら「うん、かわいいかわいい」と作り声でほめた。
千鶴はさらに嬉しそうに笑った。
(この頭の悪さも、いいところではあるんだけどね……)
「安心しろ、あんな奴めったにいないから。仕事にきてるんだから、あんな馬鹿レアだ。
腕がいいうえコネがあるから切れないでいただけで」
ご機嫌の千鶴に腕を組まれつつ、芽衣の言葉にうなずいた。
(世間知らずだからこそ、あたしのあの状況をあっさり受け入れて、ごまかしがきいたんだろうけど……)
普通の価値観ならこんな女終わってると思われて、今のように扱われてはいないだろうし。
(……それぐらい、あたし自身はやなやつやってきたんだよね……)
何度も考えて考えてそれでもやっぱりそこは小枝子の中では気にかかる部分で。
だからこそ、部屋にはいろいろな知識を入れるための本が増えて行くのだ。ほのかに耳添えすれば、そういう礼儀作法だとか、勉強関係のものはにこやかに用意してくれる。
恥ずかしいので、本棚にはカーテンを引いてあるのだけれども。
(千鶴に見られたら、何かね)
気にしてるのがバレバレで。本気なのも筒抜けで。
「とりあえず、撮影まだ続けるのか? お前は」
「どうせ芽衣と組むんだろう? 俺は芽衣は怖くない」
「……あっそ。年単位で会ってないのに信頼されてんのな、俺」
「…………この前は、悲鳴上げてごめんな……びっくりした、から」
「別に。いきなり知り合いがあんなとこに表れ場俺でも叫ぶ」
(……少し身構えてる雰囲気があるにしろ、千鶴にしてはガードゆるいんだよね、芽衣に対しては)
やっぱり、血のつながりゆえか。
「ってわけで、邪魔だから、お前」
「は?」
小枝子は急にこちらを向かれたものだから、芽衣の顔を見つめてそんな声を上げた。
話のつながりは一体どこから来たのだろうか。わからない。
「彼女の前で恋人同士の演技は、さすがに無理だろ?」
「何それ、まさかキスとかかすんじゃないよね? しないわよね?」
「ばーか。何で男とキスしなきゃいけねぇんだよ……撮影のためにそんな初キスの捨て方は絶対ヤダっての」
「……まじでか」
芽衣はキス未経験だったのか。小枝子は真面目に驚いた。
だって、環境的に女が寄って着やすいだろうと思っていたし、素材も悪くない、人見知りもなさそうだったから。
芽衣はバツが悪そうな顔をしてため息をついた。
「……あー……」
間に挟まれた千鶴は目をぱちぱちしている。
「どうでもいいだろそんなもん!!」
最終的には空気に耐えられなくなった芽衣が叫んだ。
「別に俺は平気だが?」
千鶴は相変わらずの調子で言った。
多分、彼の想像しているのはほっぺなんだろうな、と小枝子は思った。
「お前、母さんにしょっちゅうキスされてただろ?」
「それとこれとは話が違う」
「そうなのか?」
芽衣の言葉に千鶴が小枝子を見る。
「あたしに振るはやめて千鶴……」
確かに、赤子の啓人にはいになった母がキスをしていたのは覚えにあるけれども……
そんなものをカウントに入れてしまえば、たいていの人が親がファーストキスの相手になって夢も何もかもなくなってしまう……。
「小枝子もそうだったんじゃないのか?」
「えっ」
リアクションに困る質問。
事実なんて、言えないから。
(記憶にある父親は、顔すら覚えてないし……お母さん含めていいならとにかく……
千鶴と違ってあたしはもう何百単位で重ねてきたから……なんて言えない)
それなのに、今小枝子の唇は特別で。
千鶴以外の人と、くっつけるのは気持ち悪いと思う。
だからこそ、過去が気持ち悪いと感じる。
「千鶴、行くぞ」
「さえ」
「帰り遅くなっていいのか? ここら辺ただでさえ人うじゃうじゃ居んのに、安藤が危ないと思わないのか?」
(思ってないくせに)
千鶴を無理やり連れてくための方便だ。
それぐらい、小枝子だってわかる。
「……わかった、小枝子は女の子だもんな、夜中であるいたら危険だよな」
(毎晩のようにうろついてましたけども)
どうしてだろう。胸がちくちく痛む。
気遣われれば気遣われるほど、傷つくのはどうしてだろう。
素直に、すべてを吐けたら。
「うん」
作り笑顔を浮かべて、小枝子は手を振った。
2人が見えなくなって、気が抜けたのか大きなため息が出た。
そこで、後ろから手が伸びてきた。
「ふがっ」
何かを嗅がされた。
視界が歪んで、足元がふらふらする。
(……嘘)
「小枝子!!」
何かに勘付いた千鶴が戻ってきた。
当然のごとく、彼にも誰かの手が伸びた。
はなして、そう叫ぼうとしたのに、唇の感覚さえふにゃふにゃで。
小枝子はそのまま意識を失った。
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