千鶴を初めて見たとき、何かが脳裏に触れた。
何かに似てると感じたのか、記憶の中をがさがさやった。
綺麗な女の子だとは思った。
男子だったことにびっくりしたけれども、どこかデジャウを感じた。
(……ドラマででも見たかな……でもあたし今までそんな暇なかったんだけど……
あー、でも叔母たちドラマ好きだったしなあ……うっすらと、視界には入ってたかもしれない)
それがいつだったかさえ、思い出せない。
ヘリでいつもどおりに学校へ行って、入り口で二人と別れて、啓人はとりあえず洋館に放置。
一応家庭教師をよんだらしいので、きっとその人が相手をしているのだろう。
「何読んでんの?」
暇なので、駿が拡げてるメンズ誌を覗く。
「今月発売の新刊」
「へえ、ファッション雑誌読むんだ?」
「意外ですか?」
「意外っていうか、うん」
「別に。僕だって自主的に買ってません。佐久弥様の隣に立ってて恥ずかしくないようにって、
女装講座を眺めていただけです」
「…………」
(……聞かなかったことにしよう)
めまいがするような駿の真顔のセリフに頭を抱える。
そこで、小枝子は見覚えある顔を見つけた。
「あれ?」
(……芽衣じゃない?)
まあ、モデルなんだからファッション誌に載っているのが仕事なんだろうけれど。
不意打ちで、少しびっくり。
「何じろじろ見てるんですか? この人タイプなんですか? いがーい」
駿が不審そうな目で小枝子を見る。
多分、男がいるのにほかの男を見てはしゃぐ思考が理解できないタイプだからなのだろうけれど、小枝子が目にとめた理由はそうじゃない。
「いや、知り合いで」
「ああ、捨てられたんですね、この人も……」
「……殴るよ?」
「あんまり騒ぐと僕事実みんなに話して回るけど」
「その時は兄さんとの事をあたしだってばらすわ」
「別にそれはかまいませんけど?」
涼しい顔の駿。ある意味清い。
「僕は佐久弥さん以外興味ないんで」
説得力がありすぎて怖い。
相変わらず彼は、小枝子以外と話もしない。
必要な用事でも、そっけない応答だけしてさっさと動く。
小枝子は一応は知り合いや友達を増やしてはいるけれど、駿にはそのそぶりもない。
愛想を振りまくという行為を見かけたことがない。
そのくせ携帯が鳴ると目を輝かせて開くのだ。
「そこそこ有名ですよ、この人。噂では安い給料で出てくれるから業界が重宝してるとか」
「中村も知ってるぐらいなんだから相当ね」
「ちょっとその言い方にむかつくんですが」
「お金に困ってるのかしら」
「無視ですか? オイ」
がっつくように鈴音の誘いを請け負ってきたのだから、裕福ではないのだろうけど、
千鶴の弟で、双子とあれば受験生だろうに……。
千鶴の場合は、進学は自動的にできるようなものだからか、そんなそぶりは全く見せずに余裕だけれど。
(……頻繁に休んでるけどその間にも勉強してるのかな……??)
小枝子が家に居る時は必ずと言っていいほど近くに張り付いている印象があるけれど。
「それよりも、同じ芽衣なら司会してるラジオのほうが僕は好きかな」
「ラジオ聴くんだ?」
「電車で帰宅時に、気まぐれにだけど……かわいい声の子がいろんな芸人さんとわいわいやってるんで、気休めにいいですよ」
「コントも見るの?」
「僕をなんだと思ってるんです?」
「あえていうなら冷徹人間……? あ、兄さんに対してだけはぶりっこな」
「オブラートに包んでください」
「高いから買えない」
「ああもう……」
駿がめんどくさそうに雑誌を閉じた。
自分でも性格悪い発言だという自覚はある。
けれども、今の小枝子は機嫌が悪かった。
ナチュラルなのろけが、いらっときたのだ。
学校は別々とはいえ、頻繁に遊んでるらしき二人が憎いのだ。
(……千鶴なんて学校ではメールぐらいしかまってくれないし)
「僕は佐久弥さん以外に愛想振らないんです! どっかの馬鹿と違って」
思わず思い切り駿を殴ってしまったため、小枝子と駿にクラス中の視線が集中。
(……いやだって……馬鹿って千鶴のことだろうし)
反射的に。
暫くして、案の定自己嫌悪。
視線はすぐに元あった場所に戻っていったけれど、手が出た自分に反省。
(むしろ馬鹿なのはあたしだって……おっさんに媚売って生きてきてさ)
それは、千鶴の愛想とは全然意味合いが違っていて。
「……安藤」
「……ごめん、ちょっとピリピリしてて」
「でしょうね。千鶴さんと会う機会が減っていれば、それぐらい予測はできるんで、どうでも。佐久弥様さえとらないでくれれば僕は平気なんで」
「…………」
「それよりも、さっきのラジオどんどんゲストが豪華になってきてるんで、聞いてみたらどうですか?」
「んー、芸能人詳しくなれるのはいいことだし、今度聴くわ」
駿から放送時間などを聞いて、それをメモした。
ろくに芸能だとか、お笑いに触れて生きていなかったので、どれがおもしろいかもわかなかった。
洋館でも、付いている番組は誰と誰がどういう関係で何が面白いのかいまいちわからなくて。
でもラジオなら、聞き流しにはちょうどいい。機になったことを携帯ででも調べればいいのだろうけれど、小枝子にはそういう好奇心は備わっていなかった。
「安藤さん、ちょっとー。次の移動教室講堂だけど一人で行ける?」
「あ、ごめんわかんない!」
「じゃあついてきて!」
女子の愛想良い言葉に、笑顔を返して、駿に軽く頭を下げて小枝子は教室を去った。
(……ああもう、なんであたしなんだろう)
小枝子は今、ほのかに頼まれて芽衣に給料を私に来ていた。
口座を知らないから、直接待ち合わせて渡せという。
そりゃあ、千鶴にその役目を任せるわけにはいかないのは分かる。
けれども、ほのかが口座を聞くなり住所を聞くなりして処理してしまえばいい事柄なのではないだろうか。
「あっつい!」
千鶴に着せられたシャツワンピの胸元をあける。
オレンジ色のレースシャツチェックワンピ。
下に着ているこげ茶のレースのブラトップが丸出しになる。
髪の毛だって、いつもより高い位置で結った。
そして団子にまとめた。小枝子は暑いのと窮屈なのが嫌いだ。
日焼けしたって別にどうでもいい。
下にはいたスパッツが蒸れそうで嫌だ。
脱ぎたい。
けれども、あの家にとどまる以上過剰な露出はできないし、小枝子としても申し訳なくてしたくない。
結婚するどうのは分からない。
最近は、婚約者のふりをしているという事実を確かめたくなくなっていた。
ただの彼女で、それはいずれ崩れるんだと、そんなこと考えたくなかった。
すれ違う若者の、今風のキャミだけだの、ショーパンにサンダルだのを見ているとイライラした。
暑さにたえれなくなりながら、小枝子はこれが終わったらアイスを食べようと決めていた。
ほのかに一応交通費のおまけにお小遣いをもらっていたから、そのお金はそっちに回そう。
芽衣は、スタジオで撮影中らしい。
それも、いわゆるアイス専門店で。
(……高くて有名な、おいしいおいしいお店のねっ)
小枝子だって食べたい。
けれども、ほんのちょっとのアイスに大金つぎ込むのは、彼女の何かが許さない。
(コンビニのアイス10個ぐらい買ってやる)
そのほうがお腹が膨れるし。
それまで我慢だと己に言い聞かせて甘ったるいにおいのする街中を通りぬく。
ラーメンの匂いなんてもうかぎたくもなかったので早足で進んでく。
(……ここ)
高いのに、行列ができていてつい、イライラする小枝子。
覗いてみれば確かに、芽衣がいた。
芽衣以外にもいかにもモデルと言うような季節先取りの衣装を着た男性女性が数人ばかり。
窓際をコンコン、とやると芽衣と目があった。
しばらくして彼は店から出てきた。
不機嫌そうに。
本当に迷惑だと顔に書いてあった。
「……なんだよ」
並んでいる客が知ら、とこちらを数人見てくる。
(一応この人もモデルなのね……)
その視線はミーハーなそれだった。
ため息をつきつつ、用事があると伝えた。
そしてその場から少し離れて、封筒を彼に渡した。
「何だこれ」
「この前のお手伝いのお金です」
「この前もらったはずなんだけどな。結構あるな……何だこの紙」
白い、便せんだった。
「もう、千鶴さんの周りをうろつかないで下さい? だから多めにお金をつけておきました……??」
手切れ金か。
(ほのかさんらしい……)
「言われなくても、するってーの……何でわざわざ地雷ふみに行かなきゃいけないんだよ……ただでさえ母さんが病んでるってのに」
「病んで?」
「絶対言うなよ、あいつに」
「……事情がわかんないから、告げ口する気はないけれど……」
「ああもう、二度とかかわらないように捕まえていてくれ」
「……その言い方はさすがにないんじゃないの?」
(それじゃあ、まるで)
「……お前は巻き込まれてないからな。わかんねぇんだよ。当事者にしか。
あいつが首突っ込めばややこしくなるんだよ、たいがい」
「千鶴は」
「あいつの悪口言うなってか」
芽衣の表情は冷めていた。千鶴を心底嫌っているというようではなかった。
これ以上、惨劇を経験したくないと言った感じだ。
「かかわれば、あいつ自身も傷つくんだよ。俺だって平和にやれるならとっとと呼んで問題解決してる。
何が悲しくて受験前に肉体労働に追われなきゃいけないんだよ……」
結構真面目なことを芽衣は言うと、なった携帯を開いた。
暫く何か誰かとしゃべったあと、ため息をついて小枝子をゆっくりとみた。
「おい、お前ついてこい」
「は?」
「彼女連れて来いって」
「ふざけて言ってる?」
「撮影に必要なんだよ! 単に! カップル撮影しろって言うんだけれど俺そんな相手いないんだよ……
モデル同士じゃ嘘ってばれるし、恋愛なんかしてる時間ないから好きな女もいないし」
(……基本は真面目っぽい?)
困ったように眉根を寄せる芽衣に、小枝子は手を差し伸べることにした。
「じゃあ、友達呼んであげる。それでいいでしょ? あたしじゃ、絶対千鶴が文句言うし、何より雑誌になんか載りたくないし。
載ったら一生残るんでしょ? 紙として。 誰の尻を拭かれるかわかったもんじゃない。 気持ち悪い」
「……その考え方もどうかと思うんだけど」
芽衣の言葉を無視して、携帯を開いた。
今回の事情をかいつまんで送信先を何人か選んで一斉送信。
……したのが間違いだった。
「……えっと、着信? ……千鶴?」
「おい、お前何やったんだ、まさか千鶴に報告したんじゃないだろーな……」
「まっさか。みんな女の子よ。それも学校の子……割とかわいい子ばっかだし、お洒落好きそうな……あ……れ?」
(やばい……)
急いで選びすぎた、と小枝子は思った。
だって送信先の名前に千鶴が混ざっていたから。冷や汗が走る。
(やっば……)
血の気が引いて行く。
最悪の展開に向かってるじゃないか。
「おい、お前、まさか……」
「ごめん……」
なにも言い返せない。
小枝子自身がちょっとした混乱状態だった。
千鶴が事の端末を見たら、絶対飛んでくるし、何より誤解が生まれる。
何で芽衣と二人きりなのかだとか、まずそこを突っ込まれるだろうし、千鶴の性格なら絶対泣きだすに違いないし……。
(何で隠れて2人であってたんだ! って言うわよねー……)
芽衣にはだいぶ苦手意識を持っているようだから。
メールに知り合いのモデル、とぼかして描いたのもまずかったかもしれない。芽衣と伝えてあれば、寄り付かなかったかもしれない。
今更考えたって遅いのだけれど……。
上空からヘリの音が聞こえてきた。
(……ああもう……どう言い訳しよう、いや別に悪いことしてないんだけどなんかすごく悪いことしてる気分……)
「小枝子!」
「本当に着やがった!!!」
芽衣がうんざりした声を上げた。
「千鶴……何で来たの」
「メールが来たから」
「千鶴女の子じゃないでしょ?」
「でもあの文脈だと絶対男といると思ったし」
(まあ……その推測はあたってるけれど)
「男といるぐらいどうでもいいじゃん……」
「後ろめたい相手じゃないなら名前出して小枝子なら遊びに行くだろ? 中村とか、あの人とか」
多分、千鶴が言いたいあの人は佐久弥のことなのだろう。
名前も呼びたくないらしい。
「……お前、帰れ」
突き放すように芽衣が言った。
「……どうしてだ?」
かわいらしい声で、首をかしげる千鶴。
夏なのにやっぱり厚着の、多分部屋着のまま飛んできたらしい黄色のプリントのTャツに黒のロングベスト。
下はやっぱりロングパンツ。靴は革靴……。
芽衣は千鶴を上から下まで見て、眉根を寄せた。
「絶対帰れっ」
荒々しい声に、千鶴が少しおびえるようにのけぞいた。
睨むような表情も怖かったのだろう。
「じゃあ、小枝子も連れて帰っていいか?」
「ああ、勝手にしろ」
正直小枝子はほっとしていた。
これで、帰れる。
ヘリの中でゆっくり事情を伝えてどうにか理解してもらおう。
そう思っていたのに……。
「芽衣君見つけたー!!! よし、彼女ちゃんといるんじゃん、ちょっと早く来て!」
強引に芽衣は連れ去られ、なぜだから千鶴も巻き添えに連れて行かれてしまったのだ。
「!? さえっ……」
気が動転した千鶴は助けを求めようとして叫ぼうとはしたものの、男性陣に引っ張られているので言葉が続いてくれないようだった。
当然振り払うなんて高度なことはできそうにもない。
一応女である自分でなく千鶴を彼女だと誤解して連れ去ったというのもなんか突っ込む気さえ起きない事態だけれど、
仕方がなく小枝子は2人を追いかけることにした。
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