「千鶴さん、上機嫌ですね」
 ほのかが小枝子にべったりの千鶴に呆れてつぶやいた。

「魔女の話、聞いてただけなんですけどね」
「ああ、なつかしいですね。私が暇つぶしに即興で披露したものなのに、覚えてるんですねー……」
 懐かしげにほのか。千鶴はニコニコしている。
 甘ったるいにおい。

「あ……パンケーキですか? 今日」
「はい、ちょっと手抜きをして」
「でもはちみつとかジャムとかずらっとならんでて十分ですよ」
「一切れずつ味を買えれば楽しいと思ったんで」
「俺、苺と生クリームがいいなー」
「千鶴さんは一枚だけですよ?」
「……むっ」
 瞬間、千鶴は落ち込んだ表情になる。
しばらくしてバタバタと言う音が聞こえる。
そういえば、と思い出す。


「啓人の存在完全に忘れてた」
「おねえちゃんひどいー!!!!」
 不機嫌そうな啓人参上。
右の目じりが赤いのは、きっと目をこすった後だろうと推測。

「ごめんな」
 小枝子より先に千鶴が申し訳なさそうに謝罪。
「お姉ちゃんとってごめんな、俺……」
「お兄ちゃん……」
(どう反応していいのかわからないっ!)


 2人の関係は、病室で勝手に深まっていたらしく、結構仲良しのようだった。
千鶴の過去を聞いて、あれほど啓人に入り浸っていた理由もわかった気がする。

 病院の中なら、千鶴の容体も保っていられるし、小枝子と違って一応は男子同士だし。
千鶴はどうも読み聞かせが気に行ってるようだったし、時々下手糞な絵を描いて笑われてはスネていた。

 さすがにお人形を持ってきて啓人に挙げようとした時は、嫌がられていたれど。
なんだかんだでそのファンシーな恰好をしたウサギのぬいぐるみは啓人の枕元におさまった。
思い出してみれば、あれは小枝子と千鶴とお揃いで買ったものの色違いだった。

 小枝子はぼんやりと、2人の交わされる会話を見ながらパンケーキを食べはじめた。
今日は何を飲み合わせようか。
啓人は相変わらずボトルジュースを好んでいるようだけれど、ほのかの入れてくれるお茶も取り寄せたり絞ってくれた天然ジュースはどれもおいしいのだ。
さすがというか。
うん、さすが。


「ねーねー、僕鈴音ちゃんと暮らしたいー」
「生意気言うんじゃないの」
 突然の啓人言いだしに、小枝子はため息。

「部屋はたくさんありますけどね」
 向かい合わせのほのかが言う。
「女の子なら……べつに」
「千鶴までっ」
 とっさに千鶴の肩を小枝子はつかんでいた。

 嫌だ。ほのかは別枠として、ただでさえ相性よ下げな二人を一緒にしたくない。
絶対礼儀作法だとかじゃ負けるし、あっちのほうが育ち立っていい。

「……小枝子、何泣きそうな顔してるんだ? どうした?」
 千鶴は不思議そうな顔をして小枝子の手をそっと握りしめて首をかしげた。
「えっと……」
「お姉ちゃん露骨だね」
「うるさいっ事のはったんはあんたでしょーが」
「だって好きな人と一緒に暮らすってずるいーそういうのを結婚っていうんでしょ?」
「俺ら結婚してないぞ?」
「???」
 啓人が理解できずに混乱している。
とりあえず隣に座っているほのかに目線を投げて、視線で尋ねている。

「啓人さん、結婚は女の子16歳、男の子18歳からしかできないので、無理なんですよ」
「でも二人とも好き同士何でしょ? じゃあなんていうのー?? 結婚してないと一緒に寝たりしないもん、おかしいよー」
「あーあーあー!!」
 説明すればするほど恥ずかしくなる。
小枝子は思わず叫んで会話をもみ消そうとした。
顔が熱い。
自分でもきっと真っ赤になってるのだろうとわかるぐらいに。

 ほのかはクスクスと笑っているし、千鶴は目をぱちくりしている。

「結婚しないのー?」
「……するんだよな、いずれ」
「ちづ……っ」
「……駄目なのか?」
 澄んだ目で、見つめられると立場が揺らぎそうになる。
婚約者のふりした両想いの同居人。何だこれ、ややこしい。
小枝子は一体千鶴の何なのかと、一言で答えよと言われてもポン、とは出てこない。
立ち位置が変だ。

(彼女って答えたい……本当に婚約者だったらいいのに……そしたら一緒に……)

「……小枝子?」
「え」
「鼻血……」
「……!!!!」
(やばい興奮しすぎた)

 今まで散々男を足に使ったり、ヤってきたのに、今思えば本気で惹かれた覚えが今までないのだ。
ある意味処女と変わらない。むしろ色々厄介だ。

 恋愛は、若葉マーク……なのに中古。
(男にとって超マイナス要素詰め込んでんじゃん……)
 自分で自分を勝手に値踏みして、へこみつつ、小枝子は千鶴が一生懸命ティッシュを丸めてる様子を見て泣きそうになった。
かわいすぎる。
ちまちまと、予備まで作っているし。

「ありがとう……」
 気づいてしまえば、尚に意識。
 隣の席ってだけで足がムズかゆい。逃げたい。

 千鶴にとっては、好きという感情は恥ずかしくも何もないのだろう。
直球に、ただ寄り添って、尽くして……。

(……男女逆にしたほうがいいんじゃないの、本当……)
 頭が痛い。意識が薄い。

「さえこおおおおお!!!!!」
 千鶴の悲鳴が聞こえた。
(……あれー……??)

 そのまま、ぷつりと意識は途切れた。




「鼻血で貧血って馬鹿ですか……??」
「ごめんなさい」
「しかもあれだけ食べてて何が貧血ですか」
「ごめんなさい……」
「千鶴さん小枝子が小枝子がしか言わないんですけど、どうにかしてください。泣きじゃくって大変なんですけど」
「え」
「よっぽどショックだったんでしょうね、目の前で小枝子さんが倒れちゃったのが……
本当、いい加減打たれづよくなってほしいんですけどどうも小枝子さんのことになると幼さが増して……」
「行ってきます」
 飛び起きようとして、ほのかに思いっきりどつきをかまされた。

 ほのかの力は小枝子が予想していた以上に強く、頭を思い切り抱えてベッドの中でうづくまった。
これじゃあ何のために休ませているのかわからないじゃないか、と小枝子は心の中で思いつつ、涙目で彼女を見た。

「携帯電話!」
 まるで号令をかけるスパルタ教師のように。

「……何も同じ家の中で電話しなくても……」
「ほっといたらあの子が体調崩すんで」
「それは、いやですけど」
(こういう、千鶴の露骨さがかわいいんだよな……)

 本人はたぶん隠ししてるつもりだということすら、筒抜けなのが愛しい。
 携帯で千鶴にメールを打ちながら、思わず小枝子の口元はにやけていた。
みたことのないジュースを出されそれを飲んだ。
鉄分を作るものでできているらしい。
貧血に効くんだとか何とか。

 ちらりとほのかをみてみれば、不機嫌そうな様子でじっとしている。
早くメールを送信しろというような、オーラ丸出しで。
 ほのかはいつ外に出てもいいように、ほとんど常にフルメイクでしっかりとした格好をしている。
アイラインは、刺繍で入れたのかというぐらいくっきりしているし、多分まつ毛は元が濃いのかエクステをつけているように思えた。
 それは、屹度千鶴に何かあった時すぐ病院などへ顔を出せるためなのではないだろうかと推測すると、ちょっと悲しくなった。

 あれだけ千鶴命な人に気をつかわせてる自分に、小枝子は嫌悪感を抱きつつ、とりあえず今は貧血を治そうとジュースを大量に飲んだ。




 あれから鈴音は頻繁に連絡をくれるようになった。
 遊びに来ることはあまりなかったけれど、それは主に仕事だとか塾だとかでしょうがないのだと、かわいいらしいデコ文字を添えて送ってきた。
 そして、気になる内容を小枝子に告げた。
 ……千鶴をどこかで見かけたことがあると。
それはいつだったかは不明で、でもあの容姿は忘れることはないと、メールで……。

 確かに、印象的なぐらい整った顔で、それが男性なら尚に居ないタイプだろう。
見間違い、かもしれない。
それを鈴音に告げると、悩んだ様子の編とが返ってきた。
確か、仕事で一緒になった人だったはずだと彼女は主張する。

 鈴音の仕事歴は年齢とほぼ一緒で、その間にかかわった人間なんて、相当の数だろうし、
千鶴の過去はよくわからないので昔芸能活動にかかわっていたとしても決しておかしくないのだ。
 双子の弟の芽衣にきければ一番楽なのだろうけれども、彼はどうも千鶴を敵視しているようだし、
千鶴に黙って彼に連絡を取るのも気が引けた。


「小枝子、最近携帯ばっかいじってるな」
「あ、ごめん……ちょっとメールに慣れてきたら楽しくなってきて」
「別に問題はないんだが……携帯料金使い放題にしてあるしそういうのは気にしなくていい、それよりも」
「も?」
「携帯がかわいくないんじゃないか?」

「は?」
 何を言い出すんだ、急に。
 千鶴はしばらく小枝子の携帯を睨むように見ると、さきほどまで居た小枝子の座っているソファーの背後から消え、
小さな紙袋を持ってきた。


「デコ用パーツもってきた!」
「……千鶴、本当そういうの好きだね……」
「俺の携帯にはつけてないけどな、小物に着けるとかわいいから、安い時に買いだめてたんだ。
小枝子は女の子だから、携帯もかわいくしなくちゃな」

「どうやってやるの? それ」
 確かに、学校の子もごちゃっとビーズやらパールをくっつけていたけれども。
男子でさえ、カギに張っている人もいた。
パッと個性が付くので、安値のものなら、気軽にできると思う……が。

「失敗したら携帯どうするの?」
「失敗するものなのか?」
(……目をまんまるくして聞かれても、あたしはしらないよ……)

 千鶴なりの好意なので、ありがたくそれは受け取っておく。
中を見てみればキャラクターものだとか、たくさんのデコパーツ……。
英数字もある。

「じゃあ、名前だけつけようかな? それなら失敗しないし」
「グル―はこれな」
 千鶴に差し出されたものを受け取り、小枝子は頷く。

「千鶴の携帯ってシンプルよね」
 意外と何もついてない、普通の光沢のある水色の携帯……。
「色々姉さんに改造されてるらしくて、余計なものははらないようにって言われてるんだ」
(先手打たれてるわけね……)

 その代わり革でできたシンプルなブランドのストラップが一つ付いてはいるけれど。
かわいいもの好きな千鶴ではあるけれど、意外と持ち物はごってりしてないものだって多い。
一応は男子だから気にしてそういう服にしてるのか、その基準は分からない。
けして髪は結わないし。
長い髪は似合ってるけど、どう見ても一見女の子が男もの着てるようにしか見えないし。

 小枝子は自分の名前のアルファベットを机に並べながら、ぶどうジュースに口づけた。
(美味しい……)

「じゃあ真ん中にハートのラインストーンを置いて、俺の名前も一緒にくっつけて、な?」
 思いきりジュースを吹いた。

「なっ……!!」
 ティッシュでごしごし口周りを拭って、小枝子は千鶴を見た。
 千鶴はニコニコと、楽しげだ。素だ。
 嬉しそうな表情で言われると、NOと言えない。

「駄目か?」
 駄目押しの、悲しそうな甘え声。蛇う行 しゃがみこんで、子犬のように覗き込むような視線。

「……いや、そういうわけじゃ……」
(押されてる……あたしめちゃ押されてる)

「なら、いいんだ。本当はTシャツでも作って一緒に着たいんだが」
「それはやめて!」
「……どうしてだ? 姉さんが持ってた漫画ではみんなそんなふうにして……」
「ほのかさん何読ませてんの、千鶴に……」
 大方古い少女漫画なのだろうけれど……。
千鶴の思考からどこかそっちの甘ったるいにおいがする。
 ご機嫌な千鶴を隣に座らせて、指導を受けながら小枝子は携帯をデコっていった。
ラインストーンよりも千鶴の目がきらきらしていた。




 デコりあがった携帯を片手にため息をつく。
あの後、千鶴はどこかにふらっと行ってしまった。
寝てしまったのかもしれない。

 小枝子は乾かしていたのでいじれなかった携帯を開く。
鈴音からのメールが着ていた。
もちろん友人からのメールもあったのだけれど、これと言って大事な要件でもなく後回しにしておいた。
今度一緒にどこどこいこう、だなんて、小枝子にはあまり興味のない話だ。

「……もう、その話は言えないです??」
 先ほどまでの千鶴の話に、急な鈴音の態度変化。
誰かに口止めされたのか、何かつかんだのか。
とりあえずわかったとだけ返して、小枝子はソファに横たわった。

 そのうち啓人の声が聞こえて、ああ千鶴は彼の相手を市に行ったのだと気づく
。思い切り倒れ込む音もしたけれど、大丈夫だろうか。
そう思いながら瞼を上げないまま、小枝子は夢の中に沈んでいった。




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NEO HIMEISM