千鶴の鼻歌に、苦笑しながら小枝子はカップアイスを食べた。
結局3回もプリクラを撮ってしまった。
千鶴がはしゃいで、たくさん小枝子と写真撮る、大きい分割にする!! と言ってきかなかったのだ。
記念プリクラとして、大きいサイズに印刷できるやつもちゃっかりやってたし。
一緒に居る自分が恥ずかしいぐらいのはしゃぎようだった。
「小枝子はかわいいなあやっぱりかわいい」
「はいはい、黙って水分補給しなさい。倒れても知らないよ? 強制的に連れて帰るよ」
「それはいやだ。ちゃんと水飲む」
千鶴はあわてて出しっぱなしだったプリクラを財布に突っ込む。
それでも名残惜しそうに、入れるのを戸惑っていた。
自分とのプリクラにそんなに喜ばれるのはうれしいけれど、やっぱり照れる。
千鶴はアイスをいらないと言った。溶けるから、と。
実際小枝子の食べているカップアイスも、ケースの中で少し溶けかかっている。
コーンだったら手がべとべとになっていたかもしれない。
(チョコクッキー味美味しいー)
のんきにそう思いながら、黙々と口に運ぶ。
雑談なんて無理。
少しでも多く固形のまま消費するのが小枝子の今の任務。
「今日は何かイベントやってるのか?」
「へ?」
千鶴の言葉に、スプーンをカップの中に置く。
「撮影かなんかか、キャンペーンとかじゃない?」
「暑いのに大変だな」
「まあ、あたってTればそれが仕事だからね」
「俺なんてもうぼーっとしてきたのに」
「しゃべってないで水分補給しなさいってば」
「んー……だって、ペットボトルって飲みにくい……」
「このお坊ちゃんめ……」
小さな口でゆっくりと少量づつ飲んでいる様子だった。
これじゃあのどが潤うのはいつのことだか……。
「千鶴口あーん」
「? ん」
強引にひと固まりアイスを千鶴の口にイン。
大量には食べれなくても少量なら勝手に溶けていくだろう。
「つべたい……」
「倒れるよりいいでしょ」
間接キスだとかそんなこと意識してられない。
恥じらいなんてものはない。
倒れたらそれどころじゃないのだから。
ほっぺたを抑えている千鶴をとりあえずなでながら、小枝子は人ごみをチェックした。
この前見た、オレンジのパーマ男子といたモデルたちだ。
鈴音なしで会うのは何となく嫌で、目をそらす。
別に後ろめたいことはないはずなのに、つい。近場で活動しているのかと思うとちょっと嫌な気はしたけれど。
(なんだろう、胸騒ぎがするんだよね……こう、深入りしちゃいけない感じの)
本能的な嗅覚が騒ぐというか。
千鶴はまだ、ゆっくりと水を飲んでいた。
「ただいまあ」
早めに、洋館に帰宅。やっぱり交通手段はヘリ。
千鶴は機嫌はいいものの、足がふらふらしている。
小枝子はそれを支えるように手をつないだ。
「お疲れ様です」
「遅くなってすみませんー」
「いえいえ、千鶴さんが楽しんでれば私はそれでいいのです。かまいません」
「すっごく楽しかったぞ!」
「さっさとシャワー浴びて寝てなさいね」
「……起きてちゃだめなのか?」
「起きててもいいことないですよ?」
「何でだーっ」
「実感してからでは遅いのです。まさかこうなるとは私も予測していませんでしたから。寝なさい」
「どうして」
「寝なさいと言っているでしょう?」
ほのかがどすの利いた声で言う。
千鶴は不満そうに唇を噛んでうるっとしながら、しぶしぶ従うことに決めたのかほのかに背を向けた。
洋館にはすでに空っぽの段ボールが積まれている。
廊下の奥のほうから、啓人と鈴音の無邪気な声が聞こえる。
「一応、作業はすみましたから、ゆっくりしてらしていいですよ」
そういうほのかも、紅茶をかき交ぜてソファーに座っているので、本当に余裕があるのだろう。
からのレース紙の引かれた皿もある。
「お楽しみいただけたでしょうか」
「はい」
「ってわけでプリクラ拝見させてください」
ほのかは柔和な笑顔を見せる。小枝子は鞄に入れっぱなしのそれを渡す。
渡されたそれを見てほのかは何も言わずにうれしそうに見つめている。
幸せに満ちたれた赤子のようだ。
「うわあああああああああああああああああ」
突然叫び声が聞こえた。千鶴の声だ。
「何でお前ここに居るんだ!?」
これも。
「お前も……」
これも。
「なんでこんなとこに」
「それは俺のセリフなんだが……」
なんかおかしい。
(……どっちも同じ声じゃない?)
どういうことだ。
「あー……」
ほのかが頭を抱えている。
「えっと……??」
混乱してきた。今のは一体何だったんだ。独り言?
「ちょっと見てきます」
「え、小枝子さん!?」
確か声のほうはバスルーム。記憶を頼りに向かっていく。
何度か外れを引いたけれど、ようやく見つけたときには、開けた瞬間千鶴に抱きつかれた。
で、ぽかんとしながら部屋を見ると、全裸の男子。何事だ。
よく見れば千鶴も上を脱いでいる。
なんだこの状況。
全く意味がわからない。
「なんなんだよ……お前らの家かよ……ここ」
「鈴音ちゃんと一緒に居た男子!」
「音羽さんにバイト紹介されたんだよってか、出てけっ」
「状況説明するまでひかないわよ。何しようとしてたの、千鶴に」
「何もしてないわっ!! 何で男に何かしなきゃいけねーんだよ。しかも実の兄に」
「……はい?」
なんかすごい事実をきかされたような。
(……確かに声は同じだけど)
じっと相手を見る。
筋肉の付いた体つき、しっかりしたあくまでイケメン系列な美形……。
「……じっと見るのやめろ!」
芽衣の顔が赤くなる。
「ああ、ごめん似てないなと思って」
「この状況の返答がこれかよ! 男の全裸目の前にして冷静だなオイ」
「興味ない男の裸なんて親父の裸と一緒だわ」
「何げにひどいな!」
(ひどいも何も男の裸は嫌気するほど見てきてる)
さすがにそんな事実を告げることはできないけれど、反射的にため息が出た。
小枝子は千鶴の乱れた服を直そうと震える彼の肩を抱いた。
(……古い傷跡がある……しかも沢山)
普通に生活していたらできないような場所に……。
みなかったことにしよう、と小枝子はあわてて千鶴のシャツを正した。
本人は混乱状態なのか、目がうつろだ。
口もぱくぱくやっている。
「まさか、合うとは思わなかったけど……ここまで容姿が変わってないのに欲俺も気が付かなかったもんだ……
変わったのは、髪の長さぐらいか」
芽衣は下着に手をかけて、するする服を着てく。
小枝子を追い出すのはあきらめたらしい。
「まあ、俺の仕事は終わったしどうでもいいんだけど……ここまで家が近いとなあ……」
「何がまずいのよ。兄弟でしょ?」
「兄弟って言っても、もう別居してるってどころで察しろよ」
「無茶言わないでよ、なんなわけ、年齢同じぐらいに見えるけど双子?」
「それも言う前にわかれよ」
「だって全く似てないじゃない」
「双子には二卵性一卵性があるだろうよ……」
げんなりした声で芽衣は自分の頭をごしごしやった。
オレンジの頭は、ふわふわとせずにしんなりと頬にそって張り付いている。
何かを探しているのか、視線を泳がしている。
「詳しく話さないとドライヤーの在りか教えてあげないよ?」
「ああもう……なんなんだよ……ついてねーな……」
「それはこっちだっての。粗末なもの見せられて」
「しっかり見てんじゃねーよ!!!」
芽衣が当然顔を赤らめて怒鳴る。
小枝子はハンッっと馬鹿にするように笑う。
「減るもんじゃないし。それとも恥ずかしかったの?」
「いい度胸だな……」
「千鶴が悲鳴上げてたってことはなんかしたんでしょ?」
あの声の大きさは彼にしてみれば異常だった。
今現在の状況を見ても何かあったとしか思えない。
「そう荒ぶるな。俺はなにもしてねえよ」
「じゃあなんで千鶴がこんな混乱してるの」
「しらね」
「しらねって」
「……まあ、驚いたんじゃね? 後、俺のこと苦手だからこいつ」
「それぐらいじゃここまで変なことになんない」
「だから俺はしらねーよ。こいつと一緒に住んでた時間なんて数年しかないんだからな」
「……え?」
「引き取られてんだよ、外部に。まさかここだとは思わなかったけどよ」
双子の兄弟なのに、どこに行ったか知らないだなんて。
……悪い想像しか小枝子にはできなかった。
第一千鶴の家族構成を、小枝子はまだ知らない。
教えてくれない。
「もういい。出てくから。さっさと着替えてこの家から出て」
「俺だって長いする気なんてハナっからないわ。バイト代もらってそれで帰るよ。音羽さんにはよろしくな」
芽衣が去って、ドアの締まる音を、振り向かずに聞いた。
小枝子はただ千鶴をきゅっと抱きしめそこに立ちすくむだけだった。
「鈴音ちゃん」
「あ、小枝子さん」
小枝子は千鶴を置いて浴室から出た。
そしてそのまま啓人に割り当てられた部屋に行って鈴音に声をかけた。
部屋はもうおもちゃやらお菓子で散らかって、本棚にあるのは子供向けの絵本や漫画だらけ。
いかにも男子の部屋って感じの汚しぶりだ。
「……啓人、きちんとお片づけしなさい」
「ふへー」
「口にもの入れながらしゃべらないっ!」
「えっと、小枝子さんどうかしましたか?」
鈴音が気を使って会話を遮る。
「……さっきの、芽衣って人、千鶴の弟なの?」
「え、そうなんですか?」
鈴音はきょとんとしている。初耳のようだ。
「家計が苦しいので仕事になりそうなことがあればいつでも呼んでって言われてて……モデル仲間ではありますけど……
そんなことは一言も。そもそも兄弟がいるなんて話も聞いたことないですし」
「だよね!? 鈴音ちゃんがわかってて呼ぶわけないし……」
「あ、でも声は似てるなって思ってましたけど……何かあったんですか?」
「どうも、本人いわく弟みたいで、ずっとあってなかったらしくごたごたして……だから、
次回からは呼ばないでくれるかな?」
「それはいいんですけど……あの人の家結構近いですよ、私の家から。よく今まで合いませんでしたね、今まで」
「それは千鶴さんを近づけなかったからです」
ほのかが冷たい声で言った。
手にはお変わり用のジュースのペットボトル。
今回は自家製ではないらしい。
そのジュースは毛糸お気に入りのものだったと小枝子は思い出し、納得。
どうせねだられたのだろう。
「そんな予感はしていましたが、追い返すわけにもいかず……
まさか、ああまで千鶴さんが拒否反応を起こすとは思えませんでしたけど」
呆れたように、ため息をほのか。
「……あの子の事情はあの子のもので、伏せますが、長年あってなかったってのはわざとです。
意識的に遠ざけてこの洋館に住まわせていました」
「なんで」
「だから、それは伏せますって」
怪訝そうにほのかは言い捨てた。
これ以上この話はよしたほうがよさそうだ。
「私、千鶴さんの様子見てきますので、小枝子さんも一緒に遊んでらしてください」
どん! と勢いよくジュースのペットボトルを床に置いてほのかは去って行ってしまった。
怒鳴られたわけではないのに小枝子は、怒られたような気分になった。
「なんか……すみませんでした」
鈴音がおずおずと言った。
「いや、鈴音ちゃんは悪くないよ」
「でも」
「今回は、偶然の惨事っていうか……」
痛々しげな、千鶴の背中を思い出す。
あの傷跡は一体何だったのだろう。
ぞくりとくるような、普通の生活ではつかないようなただれた傷もあった。
あんな場所には、自分の手では傷はつけられない。
つまり――。
(千鶴は誰かに、あの傷をつけられたってこと……?)
そもそも、家族構成がわからない。
実の弟なら、なぜ芽衣はあの館に住んでいなかったのか。
頭の中がごちゃごちゃしてきた。
「ねーねートランプしよう??」
会話の内容が理解できてない啓人は、のんきに遊びに誘ってくるし。
「うん、ちょっと待って」
「はやくぅ」
甘えた声と誘惑を断ち切ろうとして、小枝子は頭をぶんぶんと横に振った。
けれども、自分から動くべきではないと感じて、結局は啓人の誘いに乗ることにした。
遊んで、今は何も考えないでおこう。
きっと誰だって、触れられたくないことはあるのだ。
そこのことは、小枝子だって痛いほどわかっている。
――何でお前ばっか!!
(俺だって変わりたかったよ)
――お前のせいで俺はっ……俺は!!
(ごめんね)
――いなくなっちゃえばいいんだよ!!そしたら俺がっ!!
(ごめんなさい。だけどあげられなかった……それだけが俺の生きるすべだったから)
何も、自分には代償に差し出すことができないから。
(……ごめんね……)
その罪のあかしに、傷がどんどん増えて行くのだろう。
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