「保健室でさーあいつらが」
「まじで!? まだ中二っしょ? ないないない」
「ありえねーって」
「早くね? あいつら最近付き合い始めたとか聞いたけど」
「それがさ」

(痛い痛い痛い痛い痛い)
 言葉と視線が痛い。  かと言って池田に救いの手を伸ばしてもらうとさらに火が付きそうだし、
さゆは少し不機嫌だしで、恵那は図書館に閉じこもることにした。
 廊下はなるべく恥を歩きつつ、目立たない程度に速足で図書館を目指す。
腕には、言い訳のように教科書とノートを抱きしめた。
 うつむきがちの視線の中には、固まって動く靴が見えて、なんだか自分がみじめに思えた。
いくら着飾っても、がんばっても、自分は和の中には入れないのか。

 自分はどこで間違ったのか。頑張ってるはずだ、手を抜いてなんかいない。
「あ、真里姉の!」
 急に女の子の声が聞こえて、顔を上げた。
本来ならまた雑誌の事か、と虫をするところなのだが、この子には聞き覚えがあったからだ。

 ……売り子を手伝っていた、ブロンドに近い金髪のあの子。
「……おんなじ学校だったの?」
「あ、はい。気が付きませんでした?」
「……全く」
「あれー……結構目立つと思ってたんだけどな、もっと色抜こうかな……」
 どうやら彼女は目立ちたくて髪の色を抜いているらしい。
池田より、さらに明るい髪色。同じようなパッツン前髪なのに、どうしてこうも華が違うのか。
それは髪の色だけが原因ではないだろう。
 名札を見れば下級生だというのに、無駄に膨らんだ胸、同じぐらいの背丈。
一人でいても、一匹狼だとか、悪く言えばグレているかのようでハブかれている雰囲気は全く感じさせない。
制服自体は正規の着こなし方にそっているし、着崩した感もない。
「なるべくスプレー使ってるんですけどね、黒染めの」
「でもそれじゃあ髪の毛痛まない……?」
「結構日持ちするんで、色を楽しんでます」

(……前向きだなぁ)

「田中先輩のエクステも可愛いですよ。でも、なんか……カーデに髪型があってないかも」
「定番のベージュにしてみたんだけど……変?」
「個人的には深緑とか、牡丹色とか、紺色とかの袖のないものの方が三つ編みにはレトロな感じがしていいかもしれませんね」
「……そういうの、他の子あんまり来てないから……好きだけど」
「流行の発信地が皆と一緒ではすたれてしまいますよ。定番を踏まえた増えて新居血を……
なんだったらボタンをカラフルにしたり、付け変えるとか」
「……でもそれじゃ安い……」
「値段が大事なんですか?」
 たたみかけるような彼女の言葉。

 彼女のカーディガンは、指定のもので、アクセサリーと言えばラメペンがささっているぐらいか。
歩くたびにそれについたチャームの星と苺が揺れる。
「幾ら値の張るものでも、写真になってしまえば一緒だと思います。結局残るのは外見。
似合っているか、どう見えるかじゃないんですか? 私の住む世界とは違うので、言ってることはおかしいかもしれませんけれど、値段が、見た人の脳裏に表示されるのなら別ですけど」
「…………」
「高いからいいんじゃなく、いいから高い値段を払う価値がある。そう思っていたんですが、違うんですか」
 さゆのときのような冷たい言い方ではないものの、今度は不思議そうに言いきられた。
自分には理解できない思考だ、とでもいう様に。
「自由に好きなものを選んで着れる、それがいいことだと思うんですけど……」
「……だんだんわかんなくなってきた」

 何になりたいのか、何がしたいのかも。
 自信がほしかったのは、わかる。人の衣をまねてまでも。
 でもそんな風に、自分の色を消した恵那を、真里は欲しがったわけじゃない。

「……なんか、気が付いた……かも。
このままじゃ、きっと真里ちゃんにモデルチェンジ、とか言われてたかもしれない。……ありがとう……ええと」
「小枝子です」
「小枝子ちゃん……でいいのかな」
「まあ、私はもうすぐここを出て行きますけどね。転校するんです。転機が、やってきたもんで」
   そういう小枝子は、少し満足げだった。
「無理に土俵に上がったままでいるより、自分に合った場所を探すのも一論ですよ」
(……十二歳の発言とは思えない……」

 自分よりも、彼女の方が他者と自分の差を冷静に見ている気がする。一見貪欲に見えて、冷静なのか。
「いい事言ったんで、何か奢ってください」

 前言、撤回。
 


 放課後、身を持て余していると池田からメールが。

(平気? ……いや。平気も何も……普通に教室に居るんだけどな……)

 遠まわしに心配しているのはわかる。けれども、身の安全が保障されないような状況ではないはずだ。
寧ろお手付きの女に、逆に手を出そうなんて思わないだろう。
それが美女なら、良い方に解釈しても、恵那は自分で言うのもなんだけれど美形ではないはずだ。
 バックに池田の黒いうわさが付いて回れば、よっぽど恵那に惚れてない限り動きもしないだろう。良くも悪くも。

(男子でも良いからよってくる人がいれば、少しは社交性もついたかもしれないけれど……苦手だし……)
 その結果がこれだ。
 周りには最低限の用事でしか誰もよってこない。目が合えばなぜかお辞儀される始末。
(……居心地悪い……うう、家でゆっくり休むんだった)
 池田に悪気はない。そして悪くもない。無理しすぎた自分に罰があたっただけだ。
自分の容量を見きれなかった。なんだか情けない。
 後輩に事実を指摘されたり、友人にそっぽ向かれたり……。

 一瞬自分って魅力的かもなんて舞い上がった気持ちは消えうせてしまった。
 偶然、この前の格好がよかっただけなんじゃないの? 
 そんなことさえ、責めるようにどこからか聞こえた。

(……お腹……痛い)
  めまいすらする。
思い詰めたところで何もない自分に何可解決策を考えるだけの力があるわけないというのに。
「お、派手じゃん」
「俺髪染めてみたんだよ」
(私だって染めて見たい。染めれば垢ぬけれるかもしれないのに)
 試したことないことをすれば、可能性があるかもしれない。
「そしたらさ、すげー怖い顔のやつらに睨まれて」
「いかつく見えたんじゃね? お前背ぇデケーもん」
「自慢だしィ?」

 ギャハハと満足げに笑う彼らと目があった。
そり込みを入れた金髪に、その手下のようなツンツン頭の黒髪の男。
 その髪の色に、真っ先に池田を思い浮かべた。
 金髪なんて、薬局で買ったブリーチ剤ですぐに手に入るのに。
それをオシャレに見せるには結構な金がかかるけれど。

 染めれば。
 その希望は、その結論で圧倒今にうち消えた。
 髪の色で似合う服だって変わってくる。
それを楽しめるような財政は、恵那の家にはない。

 揺れる視界に、おぼつかない足元。
それはまるで先が見えないままの未来を歩いている今を表しているようだ。

「最近やばいやつら見かけんじゃん?」
「あー、みるみる」
 今度は違う女子達の声。
「何なんだろうね―あれ」
「単車レベルじゃないよね、タトゥー入れて鼻に穴開けてた」
「鼻は穴あいてるっしょ」
「ちがうちがう、鼻ピ。ピアス開けてんの」
「ウシ?」

 笑い声は、鐘の音のように、重い頭に響く。
 せめて、人にぶつからないように。下駄箱までなめくじのようにずるずる足を引きずっていった。
たどり着いてみれば、先ほどの金髪ピアスが笑いながらげた箱で談笑していた。
 思わず手をげた箱にくべ、溜息。と、同時にうつ向いた顔を即座にあげることになった。j

 ものすごい騒音が響いたからだ。
 しかも、尋常じゃない大きさの。
何事かと様子を覗いてみれば、柄の悪そうな男たちが金髪ピアスを囲っている。
彼の額からは、血が流れていた。

(……どういう、事……?)
 膝が笑っている。ガタン、とその場からくずれおちると、恵那の方に男らの視線は集中した。
「んだぁ?」
「……ひ……」
 目の前にずらりと並ぶは強面だらけ。回り世間は化け物ばかり……。
「ツレじゃね? いつも三つ編み連れてるって聞いた」
「普通の女じゃねーかよ。もっとハデなの選ぶかと思ったんだけど」
「意外とヤバイとかなー。大人しく見えるだけなんじゃね?」
「ありそーだな」

 身動き一つ、取れない。助けて、も言えない。石になったかのようにその場にいるだけ。
 されるがままにボコられている金髪ピアスを助けようとする者は、いない。
当然だ、明らかに彼らと中学生では対格差がありすぎる。
体育教師でさえ、きっと悲鳴を上げて逃げ出すような、イカつい彼ら。
ヤクザどころじゃない、愛想というものさえも知らなそうな顔。喉をつぶしたかのようなしゃがれた声。

「のわりには弱くね?? アイツの息子金髪だからすぐわかるって聞いたけど……」
「おれはちげぇよ! 池田じゃねえ!」
(!)

 金髪ピアスのその声に、状況がようやく呑み込めた。
 ……こいつらは、池田目当てだ。そして彼を池田と間違えて襲うぐらい、恨んでいる。
(……どう、なってるの)

「確かに手ごたえねぇな」
「でも女、聞いた名字ともあってるぜ? どうすよ??」
「この女人質にするかあ?」
「あーそれアリかもな。関係ない女だとしても、動くだろう。自分のせいで一般人ケガしたら困るもんなー」

 一般人が、と言われるとまるで池田が一般人ではないように思える。
(……そんな、ハズない)
 そう思いたいのに、思い出すのはあのボールを割った風景。

「はい、本人登場」
 パンパン、と手をたたく音がしてその矛先を視線で探す。
すると、目の前に足が「降って」きた。髪の毛が一瞬太陽に反射して、鳥の羽のように見えた。
「お前らの狙いは俺だとおもうんだけど。……あーあ、関係ない人に手ぇだしちゃって。
しらないよ? プロのはしくれが一般人に手ぇだしちゃって」
 そう言いながらドン引きしているギャラリーに金髪ピアスを保護するように誘導する池田。
慌てて教師を呼びに行く生徒の姿もある。

(……今、上から舞い降りてきたよね……?)
 目の前に映るのは池田の後ろ姿。
みずらの腕で遮るように恵那を守りながら何かを話している。
相手方のぎゃんぎゃんとした声に対して池田はいたって冷静だ。

「自分達の株下げに来たんですか?」
「んなわけねーだろ! 復讐だ!」
「正当な方法で負けたあなた達が何を。逆恨みって言うんですよ、そういうの」
「こっちなんて入院したんだぞ!?」
「そういう職業なんだから、珍しくもないでしょう。合法です」
 後ろ向きの池田の表情は当然読み取れないが、彼より頭数個分で買い相手方の表情はまるわかりで、
それがまた真っ赤っかで眉を吊り上げているもんだから怖くて仕方がなかった。

「去ってくれません?」
「何のためにここまで来たってんだ。お前にけがの一つや二つつけなきゃスッキリしねぇっての」
「けがぐらい別に俺は良いんですけどね。周囲が迷惑してるんですよ。大人なのにそれがわからないんですか?」
「……っ!!」

 頭に血が上った相手が池田に殴りかかる。
池田はそれをかわそうともせずに、こぶしで受け止めた。

「……他の子に当たったらどうする気ですか?」
 声のトーンが先ほどとはまるで違った。
不機嫌な、腹の底から出したかのようなドスの利いた声。

「だから? 原因作ったのはお前の親父だろ?」
「正当な試合での判決に文句を言ってるほうが虚しいですけどね」
 池田は恵那の前を動こうとしない。それは明らかに自分を守ってくれているのだと理解できた。
好きをついて逃げるべきだと、わかっているのに、足がすくんで動かない。
 震えてるうちに、後ろからにゅっと首をつかまれた。

「はい、げーっと」
「!?」
 池田が勢いよく振り向いた。そこまでは、視界に入った。
それ以降は、自分の後ろに荒い息を吐いて立っている男におびえて何もできなかった。
汗ばんだ手を上から下になでまわすように下げていく。背筋が凍るおもいだ。

「やっぱ、読みはあったってか。お前さっきからこの女かばってばっかだしな」
「……く」
「彼女かあ? ガキが女作っちゃってまあ。生意気なやつだな、どこまでも」
「離せ」
「やなこった。何で敵側の弱みを握ってそれを離さなきゃいけねーんだよ」
「……」
 声だけが、恵那の頭上から聞こえる。
「お前もそこそこ強いんだろ? 力技で俺らを倒せばいんじゃねーの? そしたら今日からお前は総番はれるだろうよ」
「興味ない」
 淡々とした返事。それでも露骨に相手を不快に思っているのが伝わる。
「俺は喧嘩事が嫌いなんだよ……」
「ハッ! お前があの家に生まれてしまった以上避けられねぇんだよ、バトルはよ」
「戦車は戦場で使う。無関係のものを巻き込んで、強いものとよばれてもうれしきゃないね」
「おらぁ女! さっさと立てやあ!!」
「ざけんな!!!」

 強制的に立たされて、目に入った獣の目をした池田。
右手を地面についてそれを軸にけり技を食らわしながら、恵那をそっと押して男から退けた。
 こんなの池田じゃない。
 いつもの池田じゃない。
 こんな風に怖い顔、しない。

「……恥を知れ」
 くってかかろうとした男の手をつかむと、それを思い切り投げ飛ばした。
それはまるで紙に映画のアクションシーンのように軽く、浮いた。
明らかに百八十はあろうと男を、まだ少年と言える池田が、顔をゆがめる事もなく容易にブン投げるという奇妙な光景にギャラリーは圧倒されて目が点になっている。
中には運動部の格好をしたままのものもいて、彼らの方が青い顔をしていた。
「って、うわああっ」
 投げられた男は背中をずるように悲惨な音を立て吹っ飛んでいった。慌てて仲間が駆け寄る。
 一瞬の出来事だった。
 もうなにがなんだかわからない。
 周囲はざわつく事も出来ずに息をのんでいるし、恵那だってあっけにとられるしかない。

「……大丈夫?」
「……」
 困った表情で恵那を抱きかかえ支える池田はいつもの彼だ。
それでも、返事を返す余裕が、恵那にはなかった。
「ごめんね」
「……」
「怖かったでしょ」
「……」

 悲しげな目で見つめてくる池田はきっと、後ろめたさでいっぱいなのだろう。


「別れよう」
「……!」
 恵那は見開いていた目をさらに大きく見開いた。
 目の前には、悲しそうに笑う池田がボヤケて映った。
「……うっ……う」
 しだいに涙があふれ出して、自分でも何で泣いてるのかわからなくて。
 そっと頭をなでた手が、離れてく。蛇うfちy それを追いかけることはできなくて、逃げた出す男たちの足音と、事情を冷静に説明する誰かの声が遠くから聞こえた。
 先程、小さく耳元でつぶやいた言葉が、真実ならば。
 信じたくなどない。

(巻き込んでごめんね、俺は、恵那好きだったよ?)

 あやられるようなことは、なかったはずだった。
先ほどの事件は確かにびっくりしたし、ショックな出来事だった。
けれど、一緒にいるときの笑顔は作り物じゃなかった。
だから、気が付けば本当の彼女のように扱ってもらえていて、そうだと錯覚するときもあった。
 自分のために周りに白い目で見られる事を解ってて手を出した彼は、本来はいけないのだとわかっていても魅力的に見えた。
男達に急所は外したと言っていたあたり、慣れっこなのだろう。

「ってわけで俺ら別れたから」
 去っていった男どもに聞こえるようあえてはっきりとした大きな声で池田が言うから。

(……っ)
 涙は、止まってやくれなかった。
 止む事のない雨のように、スカートを濡らしていった。広がったスカートは傘のようだ、と思った。



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