「お帰り恵那」
母親の柔らかい声。自宅に着くころには、もうカラスが鳴いていた。
別に寄り道していたわけではなく、一人でぼんやりと歩いていたらこんな時間になってしまっただけだ。
「ただいま」
「どう、サンドイッチは受け取ってもらえた?」
「あ、うん。喜んでたよ、先輩」
「先輩、ねぇ」
とっさに出た嘘に、少し後ろめたさを感じながら自室のある二階へと向かった。
とんとんと音まで鳴らして描けるように登ったのはいつ振りだろうか。いつもはゆっくりと登っていくのに、母親の顔を見ると何かを問い詰めてしまいそうな気がしたから、少しでも早くとせかすように足が動いた。
勢いよく部屋を飛び開け、クッションに倒れ込む。毎日部屋に吹きかけているコロンの甘い香りが気分を安らげていった。
そして、胸元のバイブに反応すると、メールが数件積まれていた。……よくもまあ、これだけの間気づかずにいたなと思う件数。
相手は憂佳と真里が入り混じっている。さゆと彼女らぐらいとhしかメールで雑談はしないから、当たり前ではある受信名。
それでも件数の多さに驚いて慌てて中身を読んでいった。
「……東京のアマチュアショーに、素人モデルとして出ませんか……?」
(……嘘だぁ)
いくらアマチュアでも、自分なんかが舞台映えす売るわけがない。
どうも真里の学校でのイベントらしいけれども、真里が作るのなら注目度は高いはずだ。
それに、彼女なら優秀な本職モデルの人だって無償で働いてくれるだろう。
それが、どうして自分。
素人だから?
ショーだから垢ぬけないほうがギャップで評価が上がりでもするのだろうか。
出てみたい。
本心だけを答えればそうなる。
真里にプロデュースしてもらう自分を思い浮かべるだけでうっとりしてくる。彼女は恵那をどう彩ってくれるだろうか。
けれどもだ。あまりにもするする地事が進みすぎて、お菓子泣きもする。
彼氏が(わけありでも)出来て、雑誌に載ってあこがれ読モと仲良くなって、さらにはショーに出る。
(……一生の運使いはたしちゃってるんじゃ)
来年からは、微々たる幸せが年に数回あるか程度だったりして。
えびせんに小さいのが入ってたとか。地味にあれは美味しい。
(……ううん、でも=めったにないチャンスってことだよね?)
有名ブランドのコレクションだとか、パリコレとは違うんだから、きっとカメラの数だって少ないはずだ。
新聞に載るとかそんなことはないだろう。
手がえる。もしそこで失態をかましたら?
不安要素は尽きない。でもその分さまざまな経験を積めるだろう。
自信のない顔だって、きっと学生の手で美しく化ける。
メイク映えはする顔だと自称できるし、スタイルはよくもないかもしれないけれど、フリーサイズで困らないのだから標準サイズではあるはずだ。
自分のたち振る舞いで迷惑をかけたら……ならば念入りに練習すればいい。
幸い、時間だけは有り余っているのだから。
恵那は承諾メールを真里に出した。
そして雑誌を開き、シェイプアップの方法を念入りに見て、お小遣いの残高をチェックした。
明日、さゆにつきあってもらってケア用品を買い占めよう。自分にできるせい一杯を、出しきろう。
そしたら少し、成長できる気がするから。
「高……い」
輸入品コスメコーナーをぐるぐる廻って思わずため息。
セレブ雑誌に載っていたブランド目当てにやってきたセレクトショップ。鮮やかな色合いのコスメたちは値段も刺激的だった。
「リップバームが四千五百円……まつ毛美容液が一万二千円……つけまつげが千円……で、ましなほう」
「恵那、そのお岩さんみたいな呟き方やめてよ」
「だってぇ」
「値段より肌に合うかでしょおー?」
確かに、発色も効果も人それぞれ、次期それぞれではあるけれど。
どうしても人はブランドというものに踊らされるものなのだ。セレブ愛用という名札だけで、それがとても輝いて見える。
どうか出来るわけじゃないとわかっていても、同じものを持ってるだけでなんとなくぜいたく感を味わうことができる気がする。
「とりあえず、この色……雑誌に載ってて一番人気だった……!!」
「恵那の好きな色と違う気がするけど」
「でも、人気色だから」
(真里ちゃんたちに恥をかかせちゃいけないもん……)
目に入った人気NO一と描かれたものを次々とカゴに入れて行く。
香水も、人気セレブの愛用のミニボトルを選んだ。
「これください!!」
ダン、とカゴをレジにつきだす。
滝汗が流れる。
でもどこかで安堵している自分が居た。
きっと大丈夫。認められてるものを使えば、拒絶されるはずがないのだから。
「あ、これかあわいい、買っちゃおう」
楽しげなさゆの声が、後ろから聞こえた。
(……ロングエクステでもつけるべきかな……短いほうが手入れ楽なんだけど)
トイレの鏡とにらめっこ。そんな恵那をあきれた目でさゆが見ている。
「最近恵那異常に外見気にしてるよね」
「え、だって気にしなきゃ……」
「いいけどお、ま」
そう言いながらさゆは髪の毛を縛りなおす。
「……恵那は、私が髪の毛めちゃくちゃでも平気で話してくれて、こっそり後で教えてくれるような性格だから良いのに」
「……もっと、積極的にならなきゃ……駄目、だよ。私は」
「そういうもんなの?」
きっとさゆはしらないのだ。元々の性質が回りと調和出来るような人だから。
手を加えてようやく舞台に立てる自分とは違うのだ。
好きにしていて認められたのはきっと偶然で、しがみつかねば落ちてしまう。
自分だけなら自由で良い。けれど今回ばかりは回りの評価が関わってくるのだ。
「ああ、にきびが……どうしよう」
「過剰に焦るからでしょ? 沢山塗りたくってさ。ストレスもたまるよ、心も肌も」
「でも」
「……恵那はそれでいいの?」
「え?」
「コレで、満足してるの?」
「満足してるからその上に立とうと」
「何故今の舞台に立てたかは、振りかえらないの?」
「……え?」
言葉の意味がわからない。
呆然と立ち尽くしていると、さゆは冷めた表情で恵那の間から去っていった。
トイレに残る一人きりの自分は、いつもより滑稽だった。
(……オカシイ……あってるよね? 私間違ってないよね?)
尋ねる相手も、いない。
一人黙々と雑誌をめくる。その指もネイルケアを怠っていないから、荒れてなどおらず艶艶である。
「恵那」
トン、と肩に手を置かれ振り向く。
「池田君……久しぶり。……なんかキズが増えてるけど」
「……ちょっとね」
何があったのか知らないけれど、最近すれ違う回数さえ減っているような気がする。j
元々別クラスだから、仕方がないものだと思っていたけれども、メールの回数さえも変動しているのだから、実生活が多忙なのだろう。
片頬にはガーゼが当てられ、むき出しになった手に至ってはあざがある。
怖くて何があったか探ることさえできない。周囲も遠巻きに眺めるだけで、ひそひそとすらしない。
「だいぶ授業進んだんじゃない? やっべー……俺全然自習なしだよ……恵那教えて?」
「あ、うん」
「でもなー……実技系どうしよう。写し増したじゃ済まないよな……特に美術に至ってはどうしようもないし」
「絵、苦手?」
「思った通りに描けたためしがないかな……ウサギか猫かわからないレベルって言われた時は絶望したね」
それはひどい。ちなみに恵那の美術は五段階中四だ。まあ、無難な成績と言えるだろう。
家庭科がずば抜けていいかと言えば、実は恵那はあまり料理が得意ではないものだから、そちらの方で穴があいてしまう。
順序だててテンポ良くみんなで……なんてのが、技術よりも雰囲気的に難しいのだ。
上手くこれでいいか尋ねるタイミングがわからなかったり、そんな感じ。
「いっそ写真を科目に入れてくんないかなー……」
「池田君得意なの?」
「嫌、普通だと思うけれど、時間の浪費はしなくて済むだろ?」
「被写体にしたいと思えるものををうまく見つけたりするのも、ぶれないのも大変だけど……
微たる変化でだいぶトータルバランスが変わっちゃうし」
「流石詳しいね」
「そんな……ことないよ」
ニコニコしながら池田はあいていた席から椅子を運んできて、恵那のど前に座った。文句を言える人なぞ、いない。
「雑誌見せてよ」
「え、あ……うん。女の子向けだけど」
「可愛い子いっぱいで良いじゃん」
「…………」
恵那の白い目に、まいりましたと言わんばかりに無理にあはっと笑う池田。
まあ、男子何だから可愛い女の子が好きなのは普通ではあるけれど、こうもろくに態度に出されるとなんだか微妙な心境だ。
第一恵那が白い目を向け理由は女の子だどうのじゃなくって、やはり自分の美醜のレベルが足りていないのかだとか、
一応は彼女を持ってるんだからそういうのは本人の前では慎んでほしいとかそんな話で。
考えてから、自分は何でこんなことを考えたのかと逆に自分にあきれた。
何時の間に「普通の」彼女気取りに居なったのか。
最近池田に意識が惹かれている自覚はあれど、彼が自分を選んだ理由は女よけ。ただの蚊取り線香なのに。
「女の子の服装、気になってね」
「……何で?」
「何でだろうね?」
意味ありげに涼しげに恵那を見る。
相手に余裕が見えるのがなんだか自分がみっともないように思えた。
振り回されている。そんな気がした。
それでもきっと、自分は彼を好きになろうとしている。
動いて行く指先の絆創膏でさえ、目で追っている。
「……ごめん、読み途中だった?」
「あ、ちがうの」
見過ぎて誤解されてしまった。もうその雑誌は分解されそうなぐらい読みこんでいる。
先週発売されたもので、まだ店頭に積まれているというのに。
いつもは立ち読みばかりだったのに、今は食事も削って雑誌にコスメ。
小学校の頃の友人に招かれなくなってきたけれど、今はそんな余裕がないのだから仕方がない。
優先順位というものがあるのだ。きっと彼女らも、ランクアップした恵那の方がそばにいてうれしいはずだ。そうに違いない。
「なんか疲れて見える」
「寝てるよ? ……大丈夫だよ、運動もしてるし」
「疲れが取れないまま日を重ねてない?」
「そんなこと、ないよ。沢山寝てるもん。九時就寝で遅いわけがないはず……」
そして早く起きてジョギング。朝はサラダにグレープフルーツ。脂っこいものは取らず。
「そのわりにはため息増えた気がするけど」
「え」
「自分で気づいてない?」
「きゃっ」
ゆっくりと彼から手が延ばされ何事かと身構えると、するりと恵那のおでこと首筋をなでて行った。
その腕がいきなり自分の背に回ってきたものだから恵那は思わず悲鳴を上げた。
「保健室行こうか」
「え、私健康……」
「うん、ぱっと見そう見える」
「ぱ……?」
「ただの疲労。栄養失調に近い感じ。だからゆっくり何も考えずに休みな。頭だけがいっぱいになってお腹満たしてなかったでしょ?」
「……え」
「俺、適当に家からかっぱらってくるから。そこ、俺フケっから。用事が出来たって言っといて」
「えええ」
他人まで巻き込んで、困惑してきた頭を抱えて池田の腕の中でまるまるすがたはきっとはた目から見れば猫のようだっただろう。
それぐらい恵那は恥ずかしかった。
けれども、けして高くない背なのに、しっかりと恵那を抱きかかえられるその力はたいしたものである。
安定した足取りなのはいいけれど、ど真ん中をうゆっくり歩くものだからちらちら周りに目をやれば当然好奇の目で見ている人ばかりなわけで。
なかには、水から裂けて笑いものにしている人さえいる。
(いっそ顔がわからないぐらいうずくまりたい……でも、髪型でばれる。細い三つ編みしてる子私ぐらいだもん……)
しかもシャギー入った外ハネだし。
足跡とともにだんだん涙が眼がしらにたまっていく。
それでも振りほどいて降りる力がないのは、本当に疲れているからか池田の力が強いのか。
きっと放してと言ってもこの場合は実行してくれないだろう。
「失礼します」
こんこん、とノックしてから池田は足で保健室の扉を開けた。
行儀がいいのか悪いのかわからない行動である。
「……よかった、開いてた」
そう呟いて、恵那をベッドにおろした。
「先生居ないなー……っれ、あいてっから近場に出かけてんだと思うんだけど」
ぼんやりしながら、恵那は揺れるように白いシーツに倒れ込んだ。
柔らかい布、良い香り。酔いどれのようにふにゃんと実を丸めて恵那は髪の毛を梳いた。
「恵那」
「ん……?」
返事すら、うつろな声。
「寝てていいよ。札下げておくから。何食べたい?」
「……いいよ、そんなの」
「俺が食べさせなきゃ気が済まないんだよ」
「……えっ」
「ぶっ倒れる恵那なんて見たくない。とりあえずコンビニで買える物を買ってくる。苦手なものだけでも教えて」
「……ブラックコーヒーは苦手……シュガーはいってないと……」
「にが目は駄目なんだな。じゃ、甘くて消化に良いもの買ってくる。ついでに俺のお菓子も買うから、気にしないで良いよ。
今日まで何だよね、グッズもらえるの」
なんとなく上機嫌に〆たあたり、最後の言葉にウソはないのだろう。
「じゃ、行ってきます」
「あ、うん」
カーテンのすそからひらひらと手を見せてから、池田は保健室を去った。
ぐにゃり、と歪む視界。
無理を、していただのだろうか。回りはどう思っただろうか。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、落ち着きないままシーツを頭までかぶった。
気が付けば、ゆっくり夢の世界にのまれていった。
「はよ」
「……おはよ……って、え、私……」
現状を理解するまでに数分。
目の前に座った状態の池田と時計とそばにおかれた菓子パン、ジュース。
その背後に引かれたカーテンを見てようやく理解。保健室で爆睡していたらしい。
慌てて鏡を探すが、寝起きの顔はすでに今、見られている。今さらだ。
必死でただしたところでもう髪の毛はぱっと見ただけでもぐちゃぐちゃだ。
(寝癖きっとひどい……! やだあ……絶対後ろから待ってる。
三つ編みのまんま寝ちゃったから枝毛もひどいんじゃ……。
下手したらめやにも……ああ、せめてグロスに髪の毛が張りついてないと良いんだけど……!!)
色のつく様なメイクを施してきてはいないから、化粧崩れなんて気にしなくていいけれど。
そもそも中学生なのだからすっぴんでもおかしくない。そもそもここは学校だ。
「ぐっすり眠れた?」
「……寧ろ寝すぎた気がする」
「体動かせば治るよ、そんなの」
「……また疲れるよ」
「それでいいんじゃん?」
「……ところで、先生は……?」
「今お昼だから、買い物。俺信頼されてるからね、女の子と二人で放置でも良い見たい」
「……その事実を言わないでほしい……二人きりとか」
「事実を述べただけ。変な気を起こすことはないから、安心して」
(……ダミーの彼女だから?)
それとも、魅力が足りないから? そりゃあ不意打ちキスとか、されてもドキリよりもビビる感情が先に出るタイプではあるけれど。
池田はゆっくりジュースのパックを開けると、ストローを指して恵那に差し出した。
「ハイ、ジュース。お気に召さねば俺のと変えるけど。未開封だし」
「アロエだ……」
「好きっしょ? そういう美容にいいの」
「……ん」
ちゅるちゅると、それを飲んでいく。たいして池田のは普通のコーラ。しかもでか目のペットボトル。……直飲み。
「池田君、それ」
「ん? 2Lだとストラップ付くもんだからこっちにしたんだけど、飲む前に分けたほうがよかった?」
「……いや、大きいなーって」
「これぐらいなら大丈夫。安心して、運動するから太ったりしないよ」
2Lを軽々消化するなんてどんな体の使い方するんだ。
特に部活をしている気配もないというのに。
不意に見える腕は、しっかりと引きしまってはいるけれど……。
「って……!」
「ん? 何恵那」
「池田君、ただでさえ授業遅れてるのに……今回のでまた受けれなかったんじゃ」
「えー、いいよそんなの。テスト前に追い付けば問題なくね?」
「……そう簡単に追いつけるの?」
「うちに大学生が居るかね」
家庭教師のようなものか。
(……れ?)
「池田君って上に誰かいるの?」
「や。いないけど?」
深く考える様子もなくコーラを飲み干していく池田。その後、サンドイッチを平らげていた。
よく太らないなぁと羨ましくなるほどの食べっぷりだ。
(……胸に肉回ればいいのに)
グラマスな海外セレブのように。まだ発育予定ではあるけれど……、大きい子はもうすでに大きい。
服を着て、ふくらみが畝の下下にうっすらなレベルの自分は、なんとなく切ない。
「俯いてどうかした? ぬるかった?」
「え、いや」科一用
「冷蔵庫にさっきまで入れておいたんだけど、やっぱコンビニには落ちるかー……」
そういういことにしておこう。流石に男子に胸を見て悩んでましたなんて言えない。
最近、さらにぢぢんだ気もするし……。
「ゼリーもあるよ、食べる?」
「あ、うん」
二人がのんびり食べていると、唐突に扉のあく音がした。
保険教諭が戻ってきたのかと思ったけれども、どうも雰囲気が違ったもので、二人して気配を消すことにした。
「あー……ダリィ」
「本当此処涼しいよねー……」
「誰もいないしいちゃつくにはちょうど良くね? カーテンあるし、みえねぇだろ」
楽しげに笑う、男女の声がした。たぶん恋人同士。
(……寧ろ隠れてますけど。というかプレートはどうしたの池田君!)
池田に涙目で助けを求めれば、無言で固まってるし、どうしようもない。
手慣れてないというのは事実らしいけれど、そんなこと今裏付けが取れたって嬉しくもない。
「しちゃう?」
「んー……いきなりセンコーきたやばくね?」
「でもさぁ、最近部活で結束されて時間ないんだよね。今みたいに具合悪いとか嘘つかなきゃ無理」
けだるそうな女の声。
ドサ、と椅子に座り込んだかと思えばくるりとそれを回す音がした。
「愛してる」
「わかってる」
ガタン。
……一瞬何が起こったかと思ったら、池田が椅子から転落していた。
「……っやべ」
顔を真っ赤にしてうずくまる池田。ドタドタと部屋を出て行く男女の足音。
恥ずかしげに恵那をのぞき見る池田は、困ったように笑った。
「……すっげ、恥ずかしい」
「……大丈夫?」
「カーテン引きずったから、俺らの姿多分見られた」
彼が頭を抱えてる理由は、ぶつけたからなのかどうしようもないからなのか。
「……多分噂になるんじゃないかと」
「えええええ!?」
「恵那声! 大きい……下手すると外に聞こえる、裏付けになっちゃうって!」
そういう池田の声も大概だ。
慌ててベッドから飛び降りた恵那はシーツを丁寧に畳み、何事もなかったふりをしようとした。
が、よだれのシミは流石に隠せない。甘ったるいジュースの香りで昼食してただけだよアピールはできないだろうか。
……香水だと誤解されるだけだろうか。
「とりあえず、片そうか」
空になったパックなどをコンビニの袋に詰め込む池田の表情は引きつっている。
入れようとしたペットボトルは袋から転がり落ちて行く始末。
「……大丈夫?」
思わず手を伸ばしてみれば、手が触れあって皿に顔を赤らめる。
「……だ、大丈夫だから」
(なんかいつもと立場が入れ替わってる気がする……)
普段は、冷静なふりしていただけなのか。
それとも、彼らの会話を聞いて自分の立ち位置を理解して、恥ずかしくなってるだけなのかは不明。
(……私も、女の子として数えてもらっていいのかな)
いつもいた、あの彼の友達と同列……いやそれ以上に見てもら手いるのなら、少しでも魅力が付いたということなのだろうか。
割り切れる、周りから手が出ないと思われる相手だから約束を結んだ。……その前提が、薄れてきているとしたら。
(本当の、彼氏に……)
「こういうときはバラバラに出てったほうがよさげだし、恵那、先行ける?」
「あ、うん」
スカートをはたいて皺をなくす。
そして頭をぺこりと下げてその場から恵那は抜けだした。
こんなこと考えるなんてどうかしてる。
自分を、男子が好きになってくれることがあるなんて。
5→
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