「本当は、ずっと嫌いだったんだぁ、でも地味な子と仲良くしてるといい子って見られるじゃん? 
それに、保険って言うか? ねー……」
「自分はぶられたら逃げ込めるしねぇ」
「今までの借りがあるから一緒にいてくれるだろうし」

(やめて、やめて)

「本当は自信あるんでしょう? わからないふりしで、しらじらしい」
「私たちじゃ相手にならないと思ってるから、構わないんじゃない? ありえるー……」
(やめて!!!)

 かわるがわる、声だけが響く。
真っ暗な闇に、身体を震わせ団子虫のように丸まる恵那に、投げかけられる言葉は、罵声か真実か。うそかまことか。
 目を開けてみれば複数の口が高笑い。ケタケタと聞こえるそれはまるで終わるのない音楽のようだった。

「好きなものは好きでいいのに」
「ね」
(!)

 耳をふさぎかけた手を、思わず止めた。
「貫いて、それで誰かに認められて、すごいじゃん」
「それがまた誰かの目標となって、連鎖反応起こしていくのにねー」
「それに気が付かないなんて、馬鹿ぁ?」

 罵ってるようで、励ましているその言葉は、恵那がずっと誰かに言われてみたいと思っていたものたちで。

「欲しいなら、もぎ取ればいいのに」
(でも、誰かを蹴落として嫌われたら)
「それを、誰もが認めるぐらいに、強く強く」
「あんただからもぎ取れたって、皆が渋々でも認めるほどに」

(…………!)

 耳を傾けてみれば誰だって実行できる事実ばかり、それを、心のどこかではわかっていた。
だから、こんな風に夢の中で叫びとして聞こえるのだろう。

 夢を、見ていた。

 何時か自分が妄想の上で描いた舞台に立つ事を。
その過程に足を軽く踏み入れて知った。そこに這い上がるまでの苦労と絶望。
 ……そして、立てた時の喜び。
 今回でそれを知れたはずなのに、その舞台へ避難を浴びせられる事の恐怖や、転げ落ちてしまうことへの不安ばかりが先だった。

 別に、それでも良いはずなのに。結果は、何度でも繰り返し作り上げる事が出来る極上の果実なのに。
その甘い誘惑に吸い寄せられるか、苦い味をあえて振りまくか……腐っていくか。

「私、は」
 気が付けば、恵那は震えながら声を上げていた。
伝う涙は、暑くほてった肌を冷やしていく。コレは夢。夢のはずなのに。

「前向きになりたい!!」

 ゴンッ。

 盛大な音を立てて、恵那の世界は夢から現実にへと引き戻された。
 一人の犠牲者を産みながら。
「……った……てて」
「……え、あれ……」
「……オハヨ、恵那」
「あ……」

 見慣れた薄い水色のカーテン。真っ白な周囲一式。シーツの間にのぞく派手な花柄のタオルケット。
その上に乗っかるタオルは、シーツの上にシミを作っていった。
「……池田君?」
「ん」
「……保険……室?」
「そ」

 池田はタオルをつまむと、隣にあった水の張ってあるバケツへ突っ込んだ。
どうやら彼が恵那の頭を冷やしてくれたらしい。

「……ごめんね……いきなり倒れたりして」
「ま、プレッシャーは俺もわかるから。注目されすぎるときついよなー……俺もそれで転校したし」
 笑いながらではあるものの、そう語る池田の表情は元気がなかった。
「……飲む?」
「……コレ……」
「スポーツドリンクだから、気持ち悪くなんないよ」
 差し出したのはもうぬるくなった缶ジュース。
いつから彼は、ここに居てくれたのだろうか。
授業まで投げだして、そばに付き添ってくれていたのだろうか。
そして、どうしてここにいてくれるのだろうか。

 後ろばかり向いていた自分を、どうして。
「恵那!?」
 ぽろぽろと大粒の涙があふれて、止まない。どうして、どうして。
 ……言葉にすれば簡単な、この一言、一歩が差し出せなかったのだろう。

「……ありがとう……」
「え、あ……いいよ、俺が飲もうと思って買ったヤツだし」
(……嘘だ、なら飲みたいときに買って飲むもん)

 引きつり笑いが、いとしいなんて。
 ……おかしいのだろうかと、自分の心に尋ねても、恵那の心がそれをおかしなものとして受け入れることはなかった。生ぬるいそれは熱を喉に運ぶかのように温かく体の中を伝っていく。
そのまま愛を飲み込んだような、不思議な感覚。

「おいしい」
「……そっか」
「すごく、おいしい」
 二人の笑い声は、上まで響くほどに。高く、高く、飛んだ。



「田中さん―大丈夫だった?」

 ホームルームに貌を出した途端、クラスメイトが声をかけてきた。むしろ、くれた。
 いつもの恵那なら、媚びてきたのかとか勘ぐってみたりしがちなのだけど、今回は普通に笑顔で心配してくれたありがとうと述べる事が出来た。
普通に、普通に。そうすることは地味に大変なことだけれど、自分が思っているほどに周囲は邪魔だと思っていないような気がしてきた。
第一、存在が大きくないからこそ普段陰に潜むように存在できたわけで、前向き志向に買えると今からでもどうにでもなるという事だ。

「心配かけて、ごめんね」
「いいよいいよ、なんかミーハーな子とかいるかもしれないけど気にしなくていいんじゃない? 別に恥ずかしい写真載ったわけじゃないし」
(……恥ずかしくはあったんだけど)
「話しかけてもらえるのは、嬉しい……から」
(上手く受け答え出来る自信は…………すごく、ないけど!)
「大丈夫だよ」
 恵那の言葉に声をかけてくれた彼女はホッとしたようにため息をついた。
「本当びっくりしたんだよー、田中さんがぶっ倒れたって聞いて。すぐに緊張しすぎただけって聞いて安心したんだけど……具合悪いのかって皆噂してたもん」
「え」
「最近ずっと顔色優れないから、そっちの意味で注目してたらコレだもん。雑誌広げる女子も空気読んでって感じ」
「……でも、違うクラスだからわかんなかったのかも」
「…………田中さんって、怒らないよね」
「相手に落ち度がない事には、怒れないよ」

 責められるのは好きじゃない。<br> だからこそ、なるべく責めたくない。はっきりとした裏付けを取る能力もないので怒らないまま終わっているだけだと、恵那自身は思う。<br> ずぼらだと思うけれど、ソバに残ってくれている友達なら、きっと大丈夫だろうし裏に何かしらある子はいずれ離れて行く……はず。<br> 保証はないけれど。<br><br> 「とりあえず、ホームルームは終わったからプリントだけは持ってって。普通に予定表しかないから先生呼ぶのもなんだしね。お迎えも着てるみたいだし?」
「え?」
「ほら、ソコ」

 彼女の指の先には金色の頭が見えた。もうそれだけで誰だかわかる。
「池田君!」
 恵那の声に、振り向く彼は穏やかな笑みを浮かべていた。手にはまたジュース。
「……今度は本当においしいから」
「さっきのもおいしかったよ?」

(池田君の愛情がこもってたからあったまったんだよ、とか言ったら怒るかな……何でだろう、何でこんな言葉が頭に浮かぶんだろう、どうかしたのかな……私)
、  気が付けば恵那もはにかんでいた。ひょこひょことひよ子のように近寄ってジュースを受け取りタブを開ける。そしてそれを池田の手に戻す。

「これは、池田君が飲んで。……さっき、飲みたかったはずのジュース」
「……あー……うん」

 ばつの悪そうにしながら、恥ずかしそうに視線をそらす池田は、少し可愛いと思う。
(男の子相手に可愛いなんて……前まで怖かったのに……本当もうどうかしてる、失礼だよ……池田君に)
 ぶんぶんと頭を振って邪心を飛ばそうとする。そんな恵那の頭をがっしりと池田は受け止めた。片手で。

「……恵那何してるの……頭ふりだして」
「え、あ。ちょっと落ち着こうと思って」
「廊下で頭振ってたら目立つよ……」
「あ」

 そう言えば無意識のうちに廊下に立っていたのだ。
周囲から当然笑い声が漏れる。その笑いの意味など知りたくない。

「……とりあえず、近場のコンビニでも行く?」
「でも、買い食いは」
「大丈夫、ベンチ借りるだけだから。立ってんの辛いっしょ? さっきまで寝てたんだから無理しちゃ駄目だって。
恥ずかしくないのなら、おぶっても良いけど、恵那そういうの好きそうじゃないし」
「無理……です」

 また意識を失うのが目に浮かぶようだ。それで、母親に彼氏がいる事がばれると鳴ると、なおにきつい。
怒鳴って別れさせるようなタイプではないにしても、金髪の彼氏と付き合ってるだなんて、ぱっと見いい印象を受ける保護者は少ないだろう。親世代にしたら、染めてるだけで遊んでるなんて思ってる人も普通に存在するわけで。まあ、今も存在するけれど、数値で表せば年齢層が高くなるほどに比率も上がってるだろう。
 人は見た目じゃない。そう言われ続けて人は育った。去れども、常に美形と言われるものは存在して、それを売りにするものも存在し続けた。矛盾している、と感じる事はある。けれどその言葉がさしているのは美醜ではなく、趣向やPTOにあった服装ができる常識があるかどうかについてだ。
 若いうちにしたいから。それはもっともな意見。それでも、死張りがある場所に入る時はそれを諦めなければいけない事実。それは正直つらい現実。

(……何で金髪が許されてるのかわかんないけど……ハーフって輪っけでもないしまずハーフで金髪が天然に生まれる事ってあったっけ?)
「恵那?」
「……」
「もしかしてまだ具合悪い?」
「あ、いやっ……そうじゃないよ、そうじゃなくて」
「?」
「見た目って……何だろうって」
「個人を仕分けるための印……何て簡潔にはまとめれねぇよなー……うん。って何でそんな事を?」
「……髪の色」
 これ? と池田は頭を触って見せた。恵那は黙ってうなずいた。
「……やっぱ不良っぽいかなぁ……適当な服でも海外セレブが着るとカッコよく見えんじゃん、そんなノリなんだけど」
「雑誌見ないって言ってたのに」
「外人はよく見かけるから」
「……此処そんなに観光客居ないと思うけど」
「親類に外人居るから」

 それは純粋にうらやましい。
たとえ血がつながっていなくても、異文化交流が気軽にできる事はいいことだ思うし、憧れる。
恵那だって好きなセレブぐらいいる。白人だけじゃなく黒人も、アジア系だって。
それぞれが異であり同である事が素晴らしいと思う。

「同じ服着ても、国籍や顔、髪型で見栄えが違うとかっすっごい素敵だと思うよ……!」
 まるで体が衣装のように……個別個別のパーツを彩る事がすでに芸術作品。
「恵那、本音です! って顔してる」
「……あ、ごめん」
「いいと思うよ?」
「……ありがとう」

 なんだか照れくさいけれど、誰もが持つこの奥深い世界に浸ってしまうと抜けださせないのだ。
それぐらい、恵那にとっては魅力的な趣味であり、夢。
 先ほど見たあの世界での言葉が、後押しするように、気が付けば決意を固めていた。

「……私、もし今度スナップに誘われても、載る。……出来れば学生用のデザインコンクールも出したい」
「……あるんだね、そんなの」
「野球の甲子園みたいなものがあるんだ……仲間を集めなきゃいけないけれど……頑張って上手く会話もできるようになりたいし、
なるべく前向きにって決めたから……私できるだけ笑顔を作る。偽物じゃなく、笑える理由を増やそうと思う」

 無理に探すのではなく、楽しい事を結果として残せるよう努力することを惜しまない事。それを、誓いたい。
 無意識に履き換えた靴に、気が付けばたどり着いていたコンビニ前。
恵那は同度となかに入り、真っ先に本棚の雑誌コーナーへ回った。
 そしていつも買っている雑誌を抜き出し、レジへと顔を伏せずに持っていく。

「コレ、ください」
 雑誌を差し出す恵那は満面の笑みだったけれども、表紙を見た店員は少し驚いた顔していた。



「恵那何作ってるの?」

 背後から飛んできた声に、恵那は驚いてスプーンを落とした。
金属音が木の床に響き、それを母が拾い上げて台所で洗うと恵那に手渡した。

「……玉子と、マヨに、コショウ?」
「えっと、サンドウィッチ……作りたくて」
 嘘は言ってない、嘘は。
「フルーツサンドとかの方が色っぽいし可愛いのに」
「出来ればカツとかハムサンドとかもしたかったんだけ……トマトとレタスある?」
「あるにはあるけど」

 にやり、と母が何かを企むように笑った。

「恵那、何で手作りしようとしてるの?」
「えっ」
「うろたえたね? 今、凄くうろたえたね?」
「う……うろたえてないもん」
「お母さんはお見通し! 憧れの君でもできたな?」

 じゃれ合う様にはしゃいだようすで母はからかってきた。
「私もねー、昔居たよ。女の先輩だったんだけど、綺麗で……いつも遠くから見てた。彼女にはいかつい彼氏が居て、彼氏は彼氏で強くって……でも無駄な喧嘩なんてしないの。優しい人だった。
だから、お弁当を一回だけ、プレゼントしたんだよねー……懐かしい」
 ゆったりと語る口調は、まさに過去を思い出している最中といった模様。
きっと漫画ならここは回想ページが挟まれるであろう場所だ。

「まあ、とりあえず料理することはいいことだからね。いつ私から巣立っても良いように」
「そんな」

 思わず焦って声を張り上げた。
そんな、いくらなんでも仮定でも嫌すぎる。まだ、親離れなんてできないし、したくもない。
高校に入ったら、バイト代でまずは母に何か上げようと昔から考えているのに、そんな小さな夢すら叶えられないのは辛すぎる。

「油は流石に危ないから、私が揚げてあげる。スパイス入れる?」
「……スパイスはなくて良いよ」
 学校で食べるものがあまりにもからかったり臭いのは問題だろうし。
水9分取りすぎて体調崩すなんて事態に発展したら何のために手作り弁当を上げたのか分からなくなる。
 幾ら放課後用として用意したとはいえ、相手側の負担になるようなものでは意味がない。
持ち帰って食べるのもそれはそれでいいのだけれど、ずうずうしい事を云えば美味しいという言葉をこの耳で直接聞きたい。

(なんだか、心がほんのりあったかくてフワフワした感じ)
 胸に手を当てると、少し早い鼓動。
「まあ、サンドイッチは失敗しにくいし、セレクトとしては悪くないんじゃない?」
 母の言葉を背に、使い捨てランチボックスにサンドイッチを詰めていく。
可愛い葉蘭を敷き詰めるか迷って、なんだか照れくさいので普通のにした。

(……美味しいって、言ってくれるかな)
 池田の性格からして、まずくても事実を口にするとは思えないけれど。
 上辺だけの笑顔が見たいわけじゃなくて。
(……なんだろ、これ)
 うずうずする気持ちは、何とたとえばいいのか。



「田中さんって、キュアバニー好きなの?」

 暇だからと白湯を尋ねに立ちあがった途端、恵那ははとある女子に話しかけれられた。
数回会話した事のある、良くも悪くもクラスメイトとしか言いようがない関係の子だ。

「……え、あうん。好きだけど」
「雑誌で着てたから、もしかしてって思って」
「あー……」
 そう言えば、そうだった。キュアバニーとは、恵那愛用のチープなお値段のファッションブランド。
安い理由は、お姉さんブランドを持っているから。そのブランドに流れてもらうように手頃な値段で宣伝も兼ねて販売しているのだ。
デザイナーは、どちらも共通である。

「うん、好き……だよ?」
「やっぱ!? 私も好きなんだよねー。今度セレクトしてよ」
「えっ」
「だって田中さんが持ってる小物も可愛いし……見てる人は見てるんだよー? 
というか好みのものだったら勝手に目がおっちゃうじゃん」
「たしかに、それは……あるけど。私が? 私が選ぶの?」
「駄目?」
「駄目、じゃないけど……」
 するすると言葉が紡がれていくことに、動揺しながら恵那は続けた。
「……いいの? ……それじゃ、まるで友達みたいだし……」

(……あっ)

 言ってしまった後で余計なことを口走ったと口を押さえた。
これじゃあまるで、友達ではないのに何でとい言う意味とっレウではないか。
そうではなく、逆ににテンションが上がりすぎて混乱した結果、考えてた居たことが口から飛び出してしまっただけなのだけれど……。

「友達? なってくれるならうれしいなぁ」
「!」
「……駄目かな?」
 迷うことなく顔を横に振る。
友達。
なんて素敵な響き。

「……寧ろ、嬉しい、でも」
「あ、別に読書モデルの事かに紹介してとかとり言ってってわけじゃなくて、
田中さんの趣味に興味があるから……やっぱ好きなブランド一緒だと買い物楽しいじゃん?」
 それは大いにわかる。死ぬほどわかる。
趣味が違う友達はそれはそれで客観的にどう見えるかを測ってくれて助かるけれど、わいわいコレ可愛いこれも合うかもと騒ぐ幸せは最大級。

「うん、それはわかる! 別にね、疑ったわけじゃないんだけど……
私、他の子みたいに器用じゃないから……すぐには打ち解けれないかもだけれど……いいかな?」
 さゆに、前からの友達。彼女とそれらの友人と同じぐらいにぶっちゃけてふるまえるかといえばやはり無理なわけで。
一気に近づいて自爆するのは、まだ怖い。

「じゃあ、よろしくね。私の名前は、菊池南だから、好きに読んでね、恵那ちゃん」
「えっ」
 彼女はそう言って去っていった。風のように。
そうして元居たグループへ戻っていくと何事もなかったかのようにしゃべり始めた。
コレが普通、なんだろう。いきなり一緒につるもうとか騒がないのが。
 その後、休み時間の旅に抜け出しては南ははなしかけてくれた。
趣味が合うから付き合う。ノリが近いからつるむ。
だから、恵那も昼はさゆととったし、きっと彼女ともっと親しくなれる可能性だってあるのだから明らかに前へ進んでいるはずだ。
 達成感を感じながら、さtyとお弁当を美味しいく頂いた。
途中目があった池田は、なんとなく幸せそうにこっちに微笑みかけてくれた。
 授業中はのんびりとノートを取りながら当てられる事もなく無事終え、ホームルームも終えるころには皆それぞれ自分の部活先へと走りまわっていた。
 え名はとりあえず池田の姿を探し、見つけ、呼びとめることに成功した。
人通りの少ない2階の理科室前で、サンドウィッチの入った包みを渡した。

「……これ」
「……俺に?」

 池田は不思議そうに、自分の顔を指さしてみせた。

。 「……うん。サンドイッチ作ってみたんだけど……駄目かな、嫌いかな?」
「大丈夫。俺特に好き嫌いないよ」
「本当?」
「ん。ありがとう。すごくうれしい」

 ほんのり染まったほほを見ると、思わず軽い笑みを浮かべる自分が居て、恵那は自分の事なのに他人のように驚いてしまった。

「でもまあ、理科室前で食べるのはちょっと勘弁……振り向いたら人体模型の後ろ姿ってのもね……」
 たしかにそれは不気味だ。生きてない者たちと一緒に食事を取るのは美味しいものまでもまずくさせてしまう魔法の力がある気がする。
そんな陰の力に影響なんてされたくない。

「でも、校庭や裏庭は部活やってる子らでいっぱいだし、静かな図書館は流石に食事どころとしては非常識だし……」
「……うーん……」

 そう言われてみると、放課後の学校は騒がしく、開いている場所などすぐには思い浮かべられることができない。
涼しげな木の下は公邸から丸見えで、恥ずかしくてゆっくり食事など出来るものではない。
 かと言って、他に適当な場所も重い浮かず……。
幾ら公認カップルのふりをするにしても、一緒にランチなんてのは注目の的だろう。
数人で男女混合ならいい。団体さん、だろうけれど、明らかに手作りのものを二人で食べていればそれは完璧なるデートだ。

「……」
「……」
「…………」
「…………」
 沈黙のまま、何となく照れ臭くて顔を合わせられないまま歩く。とにかく理科室前に居るのは嫌だったから。
「……危ない!!」
「え!?」

 突然大きな音。
何がおこったのかわからなかった。何故って、何かがトンdね着て窓をつき割ったはずなのにその肝心のものが消えていたから。
 ……破裂していたのだ、サッカーボールが。
 …………ありえない出来事すぎて、言葉が出なかった。

「大丈夫?」
 ガラスくずを払う池田は落ち着いた様子だし、何が何だか分からない。
はっきりとわかるのは、偶然通りすがった男子生徒が固まっていた事ぐらいだ。

「けがしてない? 恵那」
 差し出された手には、砂が付いている。
 つまりは、だ。

 ……池田がボールを破裂させた……?

(いやいやいや)
 幾らなんでも勢いづいて飛んできたボールを軽く破裂させるのは、普通の人ができるわけがないだろう。
 普通の人は。

 そこで、例の噂を思い出す。
(ないないないない)
 そんな恵那の願いは、もろくも崩れ去った。男子生徒の呟きで。

「……ボールが……片手で床にたたきつけられただけで……」
 そのあとの言葉は聞き取れなかったが、そんな事が出来る立場にあるのは池田か恵那しかいない。
恵那でないのだから当然犯人は池田になる。犯人って言い方もなんだけれども。

「い……池田君?」

 こわばった顔になっているのが、鏡を見なくてもわかった。
「あー……」
 池田は困ったように恵那を見た。やってしまったという感じのリアクションだ。

「……大丈夫?」
「あ、えっと」
「ごめん、反射的に……」
「…………」
「安心して、あの噂は嘘だから」
 あわあわとフォローする様子が、逆に怪しい。

「俺が、誰かと喧嘩したところ見たことないよね? 恵那」
「ない、けど」
「争いごと嫌いなんだよ、こう見えて……だからお願い本当誤解しないで」
「すみません、ボール返してくださいー」
 下から聞こえるサッカー部うの声に、池田は困惑したように顔をゆがませて、素知らぬふりをしてその場から恵那を連れだした。

「……事実を伝えたらまた噂ながれるから、申し訳ないけど無視……しかないね」
 速足で歩く池田に引っ張られるようについて行く。振りほどこうとしない自分に驚きながら、されるがままに家庭科室へ。
「……ここで、休もうか。今日はあいてるみたいだし、食事どころとしても不潔じゃないし」
 そりゃあ、家庭課室なんだから当然だ。調理実習に使ったりするのから、不衛生じゃ困る。
端に置いてあった椅子を二脚、向かい合わせに置いた。
 いつもはクラスメイトでいっぱいの教室は、二人きりで使うにはかなり広い。
一般的な食事どころを貸し切りにしたようなぜいたく感よりも、ったった二人だけ、というドキドキ感の方が強い。

 ザーザーと水を流し手を洗う池田を横目に、え名はただ俯いたまま強く自分の手と手をからめあっていた。
「コップ借りようかな。一応お茶あるんだよね。あ、大丈夫、未開封だから……ぬるいかもだけど」

 手を縫う音に、顔を上げるとゆっくりと食器棚に向かって歩く池田が居た。しかし、食器棚はあかない。
理由は簡単だ、鍵がかかっているから。開けっ放しでいれば、勝手に投げて遊んだりする人がいるかも……するわけないけれど。

「っちゃあー……あかねぇ」
「あ、いいよ。私もお茶持ってるし」

 ようやく口にできた言葉が、コレかと自分でも情けなく思える。
大丈夫だったよ。心配してくれてありがとう。どうしてそんな単純な言葉が言えなかったのだろう。
今にして、後悔しても状況が変化しきっているのだから無意味だ。

「そ? ならいいんだけど」
「…………」
「……食べていい?」
「あ、うん」
 池田は恵那のその声を掛け声に、そっとランチボックスのふたを開く。
そしてまずは卵サンドを抜き取るとゆっくり口に入れた。

「…………」
「…………」
「……ん、美味しい」
 その言葉に表情が緩む。
先程までもんもんとなや病みこんでいたのに、現金なものだ。彼はゆっくり味わう様にもくもくと平らげて行く。
そして丁寧にランチボックスを畳んで、パチンと両手を合わせた。

「ごちそうさま」
 見とれるようんにボーっとしていた恵那は、その言葉でようやく彼が感触した事に気が付いた。
談笑することなくし真顔で食べ続けるもんのだから、声をかけることさえ忘れていた。

「凄く美味しかったよ。一つづつ味が違って、食べごたえあった」
「多くなかった……?」
 張り切って食パン人づつ見つかってしまったのだ、実は。
「嫌、全然」

 その表情は、確実に作り物ではなかった。
にこにこと満足げに笑っている池田に、恵那は思わず胸をなでおろした。

「成長期だからねー……結構入るよ、俺の胃袋」
「そうなの?」
「その割にはあんまり伸びてくれないけどさ、身長……」
「特別小さくないと思うけど」
「だって親父192センチあるんだよ……でかすぎるっての」
「…………」
 流石にそれに対しては反論の余地がない。明らかに平均を上回っている。
今の世代よりも平均身長が低いはずの彼の父親は、何歳だか知らないけれども、とにかく普通に立ってるだけで目立つはずだ。

(お父さん、かぁ)
 顔も知らない恵那の父親。恵那が男性に不慣れなのは、きっと彼の存在がないに等しかった事も関係しているだろう。
名前さえ、読んでもらった事のない彼を思い出そうとしたって、白い霧がかかったかのように浮かぶ事がない。とうぜんのことなのに、なんだか悲しい。
(……私、いらない子だったのかなぁ)
 父方の親類からは、年賀状さえ届かない。
田中という苗字は母方のもので、そっち側の祖母と祖父はよくしてくれる。
手作りの無農薬野菜は、とても美味しい。

「……恵那?」
「あ、ん?」
「……大丈夫?」
「……ん、平気だよ」

 池田が悪いわけじゃない。偶然、彼の言葉が恵那の事情に触れてしまっただけだ。
だれも、悪くない。きっと父親だった悪くない。捨てたんじゃない、きっと事情があったのだ。
そう思わせてくれないと、泣きそうになる。自分という存在の、薄っぺらさを感じてしまうから。

「これのお礼……何が良いかな」
「え」
 そんなことを求めて作ったわけじゃないのに。
 むしろ賛辞の言葉で、もう胸がいっぱいだ。
「いいよいいよ、そんなの」
「バンソコ」
「え」

(……はずしてくるんだった……!!)
 カツを切るときに指を切ったので、料理の足かせにならぬようバンソコで応急処置を施したのだ。
それをそのままにして学校に来てしまったらしい。
コレでは不慣れながら頑張りましたアピールをしているみたいではないか。恥ずかしすぎる。

「付き指だから!」
「付き指ってバンソコはらないよ」
「甘皮むきすぎて!」
「あまかわって?」
「あの、爪の生え際の柔らかいところを……ネイルケア中に!」

 もうめちゃくちゃすぎる。何でこんな会話などしているのか、自分でもわからない。
 必死に言い訳する恵那は涙ぐんでいた。
 それを見てとうと池田は吹きだした。けらけらと笑いながら腹を抱えられると、さらに恥ずかしい。

「大丈夫、お礼って言っても重いようなものはしないから。嬉しいから、こっちも何かしたいと思うのは普通じゃん?」
「……うん」
「や、俺、USOキャッチャー得意9なんだけど、景品たまりまくってるかあ、それあげる。
それなら、大丈夫っしょ? 自分が楽しいからやっただけだから、ね。そもそもかかった金も百円だから」
「……それ、なら」
「バッグとか、ひっかけやすいから悪乗りして試してみたら取れちゃったは良いんだけど……
おふくろに聞いたらそれ若い女の子向けのブランドものだって言われてさ」
「……ブランド」
「名前は聞いたことないんだけどけど結構可愛いよ。まん中に小さいリボンつ言えって、パールが付いてんの」

 パーツの名前を着ただけで、女の子向けだとわかる。
たしかにそれを池田が持ち歩いてたら不思議な感じだ。
「なか開いたらハートの鏡まで入ってて、流石に使えないだろ? ハートの鏡を持ち歩く男は流石に……」
「たしかに、それは。でもいいの?」
「使い道ないし、もらってよ」
 飛び上るほどに嬉しい。
バックは使いまわせるし、常に同じものを持っていてもほぼ許されるアイテムだから。
「まあ、でかくはないけどね」
「ううん、十分嬉しい」
「他にもストラップとかあるから、好きそうなの一緒に今度持ってくるよ」
「いいの!?」
「本当、たくさんありすぎて部屋一杯なんだよ」

 小物まで増えるなんて。どんなものなんだろう、どうやって使おう、何に合うかな。
そんな高価じゃなくても良い。組み合わせ次第でどうにでもなる。
この世にあるものは、すべて合わせ方次第でお洒落になると恵那は考えている。

「目ぇキラキラしてるよ、恵那」
「あ」
「期待しすぎてしょぼいってへこまないようにねー」
 そう言ってさりげなくランチボックスをお持ち帰りする池田。使い捨てだから、捨てていいのに。
かばんを手に取りそのまま肩にかけた彼を見てあわてて恵那もバッグを手に取った。
外を見れば夕暮れ時。母にメールすらしていない。携帯を開けば案の定どこかへよるの? と母からメールが着ていた。
後ろめたさを感じながら、池田の後をおっかけた。

 夕暮れのせいだろうか、池田の頬もほのかに赤らんで見えた。
4→


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