「……フリマ」
『ん、フリマ』
 突然の電話だった。発信者は、東京のいとこ。

『前日遊びに連れてってあげるから手伝ってよ。人で足りないんだよね、漫画系イベントと重なってさ。うちはコス専門だからいいんだけど、みんな新刊やらで忙しくてねー。後は買うだけの子も気合入っちゃって。結構でかいんだよねぇ、規模』
「はあ」
 確かに連休が近いから、どこもかしこも何かしらやってるけれども……正直どこか行きたいとは思っていなかったので何かを開催しているかどうかさえも調べていなかった。
 わざわざ人だらけのなか出かけるのも億劫な気がしていたし、見事なまでに近場の友人は予定が入っている。
それか、もうすでに塾に通いづめぎみな子だったいるので、簡単に遊ぼうよなんてメールは出せないのだ。
(……受験かぁ……とりあえず制服がかわいくて就職に強いところならどこでもいいんだけど……)

「でも……東京だよね? この時期混んでるし……」
『読モも参加するって。あんたの好きな雑誌の』
「え、本当?」
『しゃべれるかもよ?』
「……行く」

 反射的にそう返してから、恵那はハッとなった。明らかに相手の思うつぼだ。

『順番に売り越してお互い掘り出しもの買おうねー』
「…………うん」
『いい生地探すんだー!! あと、レアグッズ』

(いいなぁ、楽しそうで)
 別にフリマは嫌いじゃない。地元でやっていれば覗きに行くけれど、出店側に回ったことはまだない。
知らない人に声をかけられてきちんとやり取りする自信がないからだ。
商品になりそうなものならば、たんすの肥やしになっているけれど……。
(売る気はないし……むしろもっと集めたいもん)

『交通費はうちだすし』
「う」
『恵那の好きなショップって東京にしかないの多いよねー』
「……ううう」
 たしかに行きたい場所はわんさかある。
一般的な観光スポットは興味はないけれど……電車からのぞくホームの客だけでも結構服装がバラけている東京は、買い物はうってつけである。> 「行く……うん、がんばる」
『やったぁ』
「でも私何にも出品しないよ?」
『いいのいいの。うちが出たいだけだもん』
「ん……いいんだけど……」
『開催地の公園、いつもおいしいクレープ屋のワゴン出てるからそっちもおごるよ。んでいいでしょ?』
「うん……」

 もうすでに恵那の頭の中は半分夢の中にあった。
何を着ていこうか何を買おうか……。そんな妄想でいっぱいなのだ。
アコにしか置いてないアレを買おうとか、新店舗に行ってみたいとか改装したって聞いたけれどどうなっているのか……もんもんもん。

『んじゃ、切りまーす』
 そう言って電話は切れた。それと同時に、恵那は勢いよく立ちあがり、自室へ向かった。



 部屋中に引き締めた服飾関連の者たち。
どの色がいいか迷ったせいで瞼の色は左右で違うというめちゃくちゃな状態。まつ毛の色や長さまで違う。
「……どれ着てこう」
 髪型はいつものみつあみをリング状にまとめて……なんて。
フルウィッグでもいいけれども、長時間の移動を考えると群れそうで嫌だ。なるべく楽なものがいい。
 スカート軽いもので……でも長いほうが好きだ。やわらかいものは座るときも下着も見えなくていい。
上は重ね着なのは決定。熱くなったら脱げるように、寒くなったら切れるように……。
(……さゆちゃんにお土産買ってこうかなぁ。まあ結構東京ばっか言ってるから名産物は避けるとして……サロンいってネイルチップ作ってもらうとかいいかも? それかそれをピアスに加工してもらうとか……)

「恵那ご飯何にするー?」
 母の声に手に持っていた服を下ろす。
小柄な彼女がドアを軽く開けて上半身をのぞかせている姿はなんだか愛らしい。普通なら、勝手に開けてとか文句を言うものなのかもしれないが、そもそもこんなアパートでは音を出せば筒抜けだし、自分の物置という感覚で使っている。高校に入って独り暮らし……なんて考えはまだない。
そもそもあればこんな風に買い物ばかりしていられない。
(その年齢だからできる格好がしたいんだもん)

「んーなんでも」
「その何でもが困るのに」
「だって冷蔵庫の都合があるでしょう? ないものでは作れないじゃん」
 お財布の都合だってあるわけだから、簡単に何が食べたいなんて理想はのべれない。
そりゃあ、外食をしたくなることもあるけれど、手作りの温かみにも勝てない。
自分の味覚に合わせて作られているし、一番好きな料理は母の手料理だ。
「あら、買ってきちゃうわよ、材料ぐらい」
「もったいないから良いよ」
「じゃあ、納豆とご飯とみそ汁に魚焼く」
「……純和風の朝食みたいな組み合わせ」
「何でもって言ったでしょー? やなの?」
「んーん、それで良いよ。お母さんが作ったものは全部好きなものだし」
「よい子の恵那にはプリンをつけてあーげる」
「わ、嬉しい」
 他人から見たら些細なおまけ。それでも恵那にはとても特別なものに見えた。

「学校はどう?」

「……え、あ。うん、楽しくやってるよ」
「部活は?」
「部活……後輩もできて嬉しいけど……」

(……ミス研の幽霊部員なんだけども)
 毎月お礼として飴の大袋がもらえるという子供っぽい理由でその申し出を受理した、ただ在籍名簿に載っているだけの部活。
成長期の子供にとっての甘いものは食事と同列だ。
むしろ、勉強するとき糖分がないと問題に詰まったときイライラするのだ。

「幸せそうでよかった。不安だったのよ、恵那って人見知りあるから……克服できたなんて偉いわ」
「…………うん、がんばったよ」
 頑張ってなんかない、甘えて逃げて……過去の財際にすがりついてるだけだ。
そんな事実、言えるはずもない。

「じゃあ、出来たら呼ぶからねー」
「……ん」
 静かに扉が閉まり、思わずぐってりとベットに横になる。
手繰り寄せたタオルケットを丸めてて強く抱きしめた。

(……嘘ついちゃった)
 自分の心にも、何もかにも。



(……あ、今の人お洒落)
 電車越しに眺める景色は、意外と見ているだけで楽しい。
停車寸前ぐらいには、一人一人の服装程度なら確認する事が出来るし、動いている間でも自然の風景はとてもきれいだ。
思わず手を伸ばして風をつかみたくなるような衝動に襲われる。そんな事、たとえ電車の中じゃなくても出来やしないけれど。
(心も具現化してつかめればいいのに)

 そうすれば、簡単に着飾られる。なでる事もできれば殴る事もなんだって……「直接届く」のに。

「……あ。田中さん」
「!」
 見知った声がどこかから聞こえてあたりを見回す。
けれども、それらしき人は見当たらない。
(気のせいだよね? まあ、乗継だから近場の子がいてもおかしくはないんだけど……)
 それでも、恵那の名前を知っている人がわんさかいるわけではない。
多分、同じクラスだった人でも何年かしていれば名前を忘れてしまっている人だっているだろう。
黙っていても目立つほどの美貌なければ部活動も入っていないのだから目立つ事もない。まだ成績を提示されるような事もないので、いくら勉強をがんばったところで発言しなければ噂にもならない。
もちろん、そんな積極的な行動は恵那はしない。嫌、出来ない。
 電車が止まり、乗り換えの案内のアナウンスが流れる。恵那は重い足取りでホームに出た。
冷たい風が、心まで冷やしていった。


「らっしゃーい」
 顔を確認した途端勢いよく抱きつかれ、恵那はふらつきながらは古ぼけた駅の柱に手をついた。
場所が東京名だけあって特別視線を感じる事はないけれ度も体重を片手におもいきりかけたものだから腕が痛くててしょうがない。ジンジンとくる。
「ういちゃんお願い、退いて……っ」
 父方の従姉の田中憂佳。明るく元気な高校二年生。そして、どうも二次元にお熱らしい。
恵那には詳しくはわからないがメアドは人気アニメのキャラクターの名前が二人か並んでいた。
確か両方女キャラだったような気がするのだけれど……恵那の知識ではそれが限界だった。

「だって恵那と会うの三週間ぶりだよー? そりゃテンションあがるって!」
「一か月もたってないし電話とか頻繁にしてると思うんだけど……」
「足りないよ、恵那は毎日居ても足りない」
「……冗談はどうでも良いから、売り物は? この小さいバッグだけなの?」

 憂佳の服装は、七分丈のブルージーンズに、黒のスニーカーに紫の星柄のソックス、上には薄手の黒いジャケットにシンプルなボーダーのモノクロTシャツ。
その手には、どう見ても財布と携帯ぐらいしか入らなさそうな茶色のハンドバッグ。そこにチェーンで小ぶりの花の形をしたポーチが下がっている。半透明なピンク色はラメが入っていてとても綺麗だ。中から透けて見える小物も、彼女の好きなブランド品で固められている。
とはいっても海外のチープブランドばかりなのだけれど。

「ん? オトンに運んでもらってる」
「…………」
「人手借りたらその分売上減るしねェー」
「……お父さんをただ働きさせる気なんだね……」
「もちろんだとも! 何のための身内? 何のための免許? それは子供を乗せるため! つまり私の子供のようなものを運ぶのも同じって!」
「……えー……」

 どれだけのものを運んでいるのかは知らないけれど、せっかくの休日なんだから彼だって出かけたい場所もあるかもしれないのに。
会場は確かに憂佳の家からは車で行けば十分程度で付くけれども……。

「運動不足の解消できていいじゃん?」
「そういうものかなぁ」
 憂佳は豪快に笑うけれど、恵那は納得がいかなかった。
「すこーしでも収入多いほうがいいじゃん? うちら学生にとって百円はでかいもん」
「まあ、百円あればいろいろ変える時代だもんね……昔の百円は基準からして違うけれど……」
「どんだけ昔なんそれ」
 大口をあけて笑う憂佳は、絵なのかばんをつかむと駆け足で何処かへと向かっていく。
彼女が近付いて行ったその先は……。

「……ういちゃん何買う気」
「ん? おひとり様1つ限定のチョコレート。ってわけで恵那は強制連行なわけです」
(……二つつ欲しいんだ……まあ、いつもの事だけれど)
 手入れの息届いたガラス越しに見える美味しそうな洋菓子達。値段はもちろん甘くないけれど、匂いはとろけるような甘いものだった。
普段の恵那の生活では到底お目にかかる事がない、そんなレベル。バレンタインに友達同士で配るにはさすがに値が張りすぎる。
「すみません、スペシャルチョコ二つください。あ、一つにまとめてくださいー」

(……値段と量がどう考えてみても釣り合ってない……でも、食べてみたいなぁ……ういちゃん羽振り良くてうらやましい)
 活動的で、積極性があって。

「……恵那。何悩ましい顔してるの」
「え、あ、私はどのチョコが一番美味しいのかなぁって」
 とっさに口をついて出た嘘。それに対して憂佳は嬉しそうに笑った。
 それが何を意図したものかわからず、恵那は一瞬く戸惑った。
「これ、恵那とおばさんへのお土産だから、家でゆっくりどれがいいか悩みな。うち的にはガト―ショコラがお勧めかな?」
「う……っ、ういちゃああん」
 思わず瞳がうるむ。こんな風に気配りされると、ますます憂佳が好きになる。
「味は保証するよー^ホットチョコでも飲んでいく?」
「え」
「大丈夫大丈夫。ここに試飲があるから」
「なら、頂こうかな」

 買ったからには飲んでもずうずうしくないはずだし。
 ……お金を出したのは憂佳だけれども、一応自分だって並ぶ事に参加したのだから……と考えていると口にとろけるような上品なが広がる。
流石高いだけはある。ミルクの濃厚な味も美味しい。

「んー……こんなの初めて」
「でしょ? うちのお気にでさ」
「……そんなに頻繁に食べてるの?」
「友達と箱買いして、それ分けてるだけ。そうすれば安上がりだし好きな味のチョコだけ食べれるし? いいじゃん?」
「悪くはないと思うけど」

 寧ろその方が一気にお金もカロリーも使わずに、効率いいけれど。
「……うらやましいなぁ、ういちゃん」
「ん? なにがよ」
「明るいところとか」
「別にそうでもないよ?」
「……私に比べたら全然」
「恵那は人見知りしやすいからねぇ……まーぁいんじゃない? 個性で。迷惑かけない範囲の性格は、自由」
 誰に迷惑をかけずとも、自分が一番やきもきしている現実。
もっと周囲になじんで、ワイワイやりたい。同じ趣味というくくりだけなら、一杯近くに居るのにそれが友達に居なるとかなり絞られてくる。
それが虚しい。
「無理しないでいいじゃん?」
「……でも、高校行ったらもっと幼馴染減るよね? みんな好きなところ飛んじゃうし……」

 最初からのスタートは、心細い。
何をきっかけに話しかければいいのかもわからないし、おろおろしているうちにグループが出来上がってしまいそうで怖い。
 孤立が怖いくせに、自分からは手を伸ばさない、臆病者。

「あ、そろそろ急がなぁ。おとう迎えに来る」
「え、あ、ちょっと待って」
「早く飲んでっ。持って歩いたら服汚すよ」
「う、うん……ごふっ」
「一気に行きすぎ!」

 むせかえる恵那にティッシュを渡す憂佳。
それで口の周りを拭くと、憂佳は突然笑い出した。

「恵那ぁ、それじゃあ白ひげぇ」
「え」
 慌てて鏡を取り出して確認してみると、どうやらティッシュは水で溶けるが売り文句のものらしかった。
……べっとりと口元に張り付いたソレを慌ててはがし、ハンカチで綺麗にお直し。

「ういちゃん……」
「いや、わざとじゃないからね! 本当!」
 半泣きの恵那にまだ笑いをこらえる彼女はいつもこんな調子だ。
本気なのか冗談なのかは、長すぎる付き合いの絵何さえ分からない。
此処は前向きに励ましてくれようとしたのだと解釈しておこう。

「荷物持ったげるから」
「ありがとう……」
「素直で結構」
 バッグをまた憂佳に託して、恵那は彼女のあとを追った。



 人ゴミ。

 それは恵那の苦手なもの。
 かつ、好きなもの。

「うわあ、あの人お洒落……って、あ、すみませ……」
「よそ見してるからぶつかるんだよ」
「……つい、眼が勝手に追うんだもん」
「そりゃフリマだし、場所が場所だからお洒落さんが集うって。ほら、あ子にこの前電話してたモデル集団とカメラマンいるよ?」
「ほわ……」

 見とれた恵那から洩れた感嘆の声。悲鳴でもある。
 着ているものはいたって普通のシャツワンピにジーンズだとか、動きやすさを重視したものを身につけているのに、
柄が凝っていたり、肌が艶めいていたりで彼女らは半歩ないオーラを放出していた。

(うわぁ……可愛い……凄い華奢……)

「見とれてないでなんか買ってきたら? 話せるんじゃない?」
「……え」
「手作りのストラップとか売ってるみたいだし、あ、あれなんかいいんじゃない? 恵那好きそう」
 憂佳はおもむろに彼女らの売り物に指をさした。

(ひっ)
 幾らなんでも大胆かつ失礼な行動に動揺しつつ、二人の会話が耳に届いたのか。
下の方で二つに髪を結った少女がこちらを見た。ピンク系のベージュヘアに、二つの紺色のリボン。
彼女は恵那のほうににこやかに手を振ってきた。

(……えええええ)
「ほら、あっちも嬉しそうだし」
「で、でもっ」
「憧れでしょ、真里ちゃん」
「……うっ」

 そう。手を振ってきた彼女こそ恵那一番の憧れ、真里ちゃん。
服飾専門科のある高校に在籍中のオシャレっ子。彼女にあこがれて、恵那はデザイン画を描きためる量を増やした。
それぐらい、大好きな読モなのだ……けれど。

(ど、どうしよう。言葉が出ない……)
「ほら、恵那」

 ぐいっと憂佳に背を押され彼女たちの前に突き出される。
 当然の用に集中する視線。すごく痛い。
 目の前にしてみれば先ほどよりも明確に輝きを感じてしまって目をそらしたくてもそらせない。

「え、は、はじめまして」
「はじめまして」
 真里が進み出て声をかけてきてくれた。他の読モはにこやかにそれを見守っている。
当然である。此処まで露骨に真里のファンだと連呼した会話をしていれば。
しかもこれほどまでに上がっていては彼女だって嬉しいだろう。

「買ってくれたら一緒に写メサービスしちゃうよ?」
 垂れた目をさらに緩めて、にっこりスマイル。
耳の黄色い星のピアスが揺れる軽いウェーブヘアはつやつやしている。
「ええええ!?」
 つい、大声で叫んだ恵那はしばらくして深呼吸をしてから個震える手でストラップを指さした。変な子だと思われてないかとか、そんな考えも頭の中でごちゃごちゃ浮かんでは消えて行くけれど、真里と写真。
それだけでもう恵那は普段出さないような勇気を振り絞っていた。

「これ、ふたつください……! ピンクのと水色の」
 体中が緊張と興奮で暑い。
「ハアイ。コレ頑張って作ったんだよね、お買い上げありがとう!」
 満面の笑顔でほほ笑む真里は、営業スマイルだとしても恵那にはまぶしかった。

「編集さん、この子の服可愛くない?」
(……買っちゃった、木綿のレースにストーンビーズが縫い付けられてる可愛いストラップ……!! 
しかもボンボンでできてるクマの顔つきなんて……可愛すぎるよぉ……)
「あー、たしかに特集には向いてる感じだね。顔も結構いい線いってるし」
「でしょ? 写メもいいけどいっそ一緒に載せてよー。最近新人出てないし、この個若そう。恵那ちゃん何歳?」
「え、え、私ですか?」
「うん、貴女」

(名前覚えられちゃった……って何の話進めてるの?)
 動揺しつつ、舐めるようなカメラマンたちの視線を受ける。
怖いけれど、まだ代金を渡していないこの状況で逃げたらそれは窃盗だ。

「中二……です、けど」
「あ、やっぱ若い。この年齢でこのメイクテクはいいね、凄い」
(……真里ちゃんに褒められてる!?)
「嘘……」
 思わず心の声が漏れる。だって、信じられるわけがない。後ろにいる憂佳の顔
をチェックしてもニコニコしてみているだけで助けに入ってはくれなかった。

「本当だって。あたしのメイク参考にしてくれてるの?」
「……はい」
「結構アレンジしてるね。似合ってる似合ってる。可愛いよ」
「真里さんのほうがいつもオシャレで……お人形見たい」
「そんなことないよ、気やせしてるだけ。ごまかしごまかし」
「いえ、すっごく可愛いです。私、生まれ変わったら真里さんになりたいです……」

(真里ちゃんと会話してる……私が、真里ちゃんに褒められてる……夢じゃないよね? 現実だよね……?)

「これまた熱狂的なファンだねぇ」
 髭面のヒョロリとした男性が恵那をみて苦笑した。
「いんじゃないですか?」
 コレは彼の隣にいる若い青年。大判チェックのモノクロパンツがオシャレな、美容関係の匂いを漂わせた彼は、孫うことなく美形。
(……知ってる、この二人……! 編集さんとスタイリストさんだ……っ!!)
 興奮が抑えきれず、恵那は目を思わず見開く。
「小枝子ちゃんは売りさばいてて」
「真里さん、いくら私が助っ人だからってひどいですよ……」
 見知らぬ少女が不満そうにつぶやいた。モデルでないだろう彼女も、整った顔立ちをしている。
他の読者モデルは何やらイベントへと回ったらしく、この前の特集で後悔していた持ち物が裏のスペースに散らかっていた。
 ……食べ終わったであろう差し入れのお菓子のからも。
そこは夢を売るんだから、隠してほしいと思いつつ彼女らも普通の女の子なのだと思うと少し嬉しい自分が居る事に恵那は驚いた。

「今日の服かわいいねー。いつもどこで買ってるの? 竹下通りとか、古着屋?」
「えっと、基本的には地元でお気に入りのお店があって……それか古着屋かネットで買ってます。通販も……たまに簡単なリメイクしたり」
「このボタンピアスは手作り?」
「はい、古着のを取って作ってみました……」
 ほめられすぎて恥ずかしい。
「綺麗なスミレ色だー。パーカーといい感じにあってるよ、セットアップみたい。……ピアスとセットの服……ってのはあんまり聞いたことないけど」
「あ、ありがとうございます……!」
「ミニ丈のジーンズスカートはリメイクっぽいね。クマのパステルイエローモノクロ転写Tも可愛い……ミニに黒七部スパッツといい……うん、凄い私好みのファッション」
「おそれ多いです……! 真里ちゃん……じゃない、真里さんのほうが」
「私中学生のころめっちゃ芋かったよ?」

 今の真里の姿からは、想像できない。
何がきっかけでこんなにお洒落になったのかは分からないけれど、短時間にこれだけ極めれたのなら逆にそれはそれですごいのでは。
そう聞いてしまうと、さらに尊敬の気持ちが強くなる。
 その言葉はまるで努力は実を結ぶよと言われているような気持ちを恵那に与えた

「とりあえず化粧直して撮影しよ?」
 真里が立ちあがると、やわらかそうな髪が風になびく。
「え、あはい」
「真里さん、あたしだけで売り子しろと?」
 先ほどの少女がめんどくさそうに真里を見た。
ぐったりと肩を落とす彼女の手に、真里は千円札を乗せた。

「これで」
「……わかりました」
 ため息をついて金髪をなでると彼女は渋々売り子を承諾した。
「その代わり、あたしのも何か作ってくださいよー?」
「わかったって。じゃ、行ってきます」

 真里に笑顔で手招きされて慌てて憂佳を確認する。
 彼女は手を丸くしてOKサインを作っていた。
顔が任せておけという自信を物語っている。
けれど、携帯でお父さんをを呼び出してる声が背後から聞こえたもんだから、申し訳ない気持ちを背負うはめになった。

「そうだ、たくさんもらったサンプルあげるね」
「サンプル……?」
 恵那はコスメを買う時にもらう、試供品を想像した。

「ん、発売前のアクセサリーとかあるんだけど、正直多すぎて……同じアクセを何度も撮影で使う事も少ないから、
今持ってるものあげる」
「……えっ……でも」
「スポンサーの宣伝のためのようなものだし。好きなブランドだからって色違い全部持ってたらかさばっちゃう」
「……確かに、同じデザインで何種類もあるのは量たまりますね……」
「でしょ? だから気兼ねしないで。私が持ってきてるのはコスメぐらいだし、編集さんが家まで送ってくれると思うよ、服は」

 貰うものを想像し、瞳輝く恵那。
好きな雑誌に紹介されるものを先にもらえるとなれば、期待しないほうがおかしい。しかも大好きな真里から……。
「お手洗い混んでるねー」
「ですね……」
「公園のベンチでする? メイクっ立って直す程度だから見られても良いよね。爪に至ってはくっつけるだけだし」
「チップ持ち歩いてるんですか?」
「本当は売るつもりだったんだけど、迷ってて……恵那ちゃんにあげるね。きっと大切にしてくれそうだから」
「大切にします!!」

 興奮気味に恵那が叫ぶと真里はげらげらと笑いだした。
「かーわいい」
「え」
「……私も初めはこうだったなぁ。憧れのモデルに会いたいが一心で企画に応募して……イメチェンして世界が変わった。恵那ちゃんは私よりかわいいし、若いから羨ましいなぁ……」
 幾らなんでも褒めすぎだ。
 けれども、その言葉を発する真里は穏やかな笑顔。
馬鹿にしているわけでもなく、本心から言ってるようにさえ思えて、恵那はかなりどぎまぎした。
 それを知ってか知らずか真里はコスメポーチをベンチに置いて手招きしてくる。

「ここでササっとやっちゃお?」
「……目立ちません?」
「どうせ雑誌に載るんだし、一緒一緒。香り物は使わないしね。つけまつげを治すぐらなら迷惑にならないない範囲でしょ」
 バンビがかかれたかわいい鏡を差し出すと真里はヘアクリップを取り出し、恵那の化粧を直していく。
汗で流れ描けた眉毛を描き足し、薄くなりかけていたアイシャドウにラメをたしてつけまつげを追加。
そしてかわいらしいオレンジのリップを筆にとりえ名の唇に引いていく。
「きれいでしょう? この色。限定色なんだけど、発色いいから混ぜて使うといいよ」
「……すごく、素敵な色です」
「うんうん、似合ってるもん。ってわけで次は私。って言ってもさっき直したばっかりだからつけまつげの糊の補強だけね。後グロス多めにたしとこ。写真撮るときは特別つけちゃう。
普段はあんまりつけないんだけどね。飲み物にくっついちゃうし」

 甘い香りに心まで踊る。ゆっくりと口を広げると、グロスの効果が感触で感じられる。
少しねばりのあるとしたやわらかさ。

「最近、プロのモデルやんないかって言われて」
「えっ」
「……嬉しかったけど、私は認めてもらうのが好きなんじゃない、好きなものを認めてもらいたくて頑張ってきたんだと思うとちょっとね。
最初から磨かれた宝石をまとうより、ただの石ころを好きな形に整えたいわけ」
 それは少し絵何もわかる考え方だった。
ただの布切れが、自分のデザインにしたがって方が身となり、最終的には衣服となって出来上がる。達成感は、既製品をうまく着こなしたと時より大きいし、突き詰めて行けばもっと極上の喜びと満足が手に入る。
 この世界にいるちっぽけな自分が、自分だけが作れる。そんな幸せな気持ち。

「だから、私は手ごろな位置で良いっていうか……普通に過ごしていく姿を、無理せず評価されるような生き方をしたい」
「……カッコイイです」
「口で言うのは簡単だしね。理屈がわかってればうまくいく、ふるまえるならな確かにすごい。だけどそれじゃあロボットみたいじゃん」
「真里さん……」
「……自分への言い聞かせでもあるんだけどね。思い通りにいかないのは、みんなが人間で考えて、その時の感覚と感情で動いているからで……
誰かが特別悪いんじゃないんだよって思いたいだけなのかもしれない、でも思いこみでもそうだったら、少しは気分が楽じゃない。誰かと一緒に居るのも、話すのも」 「たしかに。楽観視しすぎて前へ進むたびに衝突を起こすのも問題けれども、悩みすぎても煮詰まるし……それもすべては今だから出来る判断かもしれないし、衝突する事で逆に道が広まる事もある……」
「……それは、恵那ちゃんの言い聞かせ? そっちのがカッコよく聞こえるけど」
「…………実行には、移せないんですけどね。こうすればうまくいくはず、とか頭の中では浮かぶんですけど……実際と理想の自分は違うから食い違っちゃうんで」
「……理想に、近づけれない、そんなものもあるしね。他に視点変えてみたり補う事を考えたり……ってもう観世の洒落の話ししてないね。ごめんね。
……なんかね、恵那ちゃん見てると煮詰まって過去の自分見てるみたいで。別に家庭の事情とか、悩みごとを聞かれたわけでもないのに自分にあこがれてくれてるってだけで調子乗ってペラペラしゃべっちゃった。幻滅したかな?」
「え、そんなことないです 」

 寧ろ親しみを感じたほどだ。
写真に写された綺麗な世界の中に居る人も、悩み、躓きそこにいる。
その素敵な一瞬を映した、ただそれだけの事。その一瞬のために、努力していった……。

「ほら、小枝子ちゃん待たせちゃってるし、スナップもだいぶたまっただろうから行こう」
「あ、はい。行きましょう!」
 慌てて荷物をバッグに詰め込んでそれを宙にブランコのように上下させ恵那はかけて行く。
真里はどうどうと長い手足を動かし前へ前と歩いて行く。
「大丈夫? 私も荷物持とうか?」
 笑顔で振り向いた彼女から伸ばされた手は、まるで未来への道しるべのように輝いて見えた。



「売れた売れた」
 憂佳が歌うように言いながら、売上金を封筒に移した。
財布に入れればいいといつも恵那は言うのだけれど、彼女いわく封筒にまとめた方が収入という感じがしていいのだという。
封筒越しの札束を赤子のように抱きかかえながら、憂佳はご機嫌だった。

「……って恵那は携帯抱きしめて何してるん……」
「え、抱きしめ……あ」

 気がつけば、自分だって同じようなポーズをしていた。
 あわてて恵那は携帯をしまいこみ、焦りながらうつむいた。
高潮した気持ちが収まりきれなくて、いつもは憂佳の一歩後ろに付いて行くように歩いているのに、今日は隣に並んでいることに、我ながらびっくりした。
 恵那はあまり足が速くないから、上機嫌ゆえなのだろうけれど、はしゃいでるのがばればれでなんだか恥ずかしい。
(……実際テンションあがってるんだけど)
 だって、あこがれの人と隣に座って話してしまったのだから。遠い世界が、隣に並んでしまえば、だれだって気分がたまるだろう。> 「無意識……ね。そんなに真里ちゃんのアドレスが大事ですかぁ……」
「……だって、夢みたいで」
「まあ、わかんなくもないけど。恵那、ほかの芸能人よりも憧れてたもんね、彼女に」
「……うん、メイクも全部自分でやるって、本当だった。目の前でやって見せてくれたんだ……神業だった。
素顔も肌綺麗で……写真も一生の宝ものにする。A5サイズの送ってくれるって……いってくれたから、すごくうれしい」
「うち放置ではしゃいでたもんねー」
「あ、えっとその……ごめんね」
「別にぃ? 後押ししたのは内ですからぁー。それよりも別の事言うべきじゃない?」
「……ありがとう」
「宜しい」 
 満足そうに憂佳は鼻を鳴らし、札を指で果たして恵那に渡してきた。カッコつけすぎである。

「これは、恵那の分。まあ、恵那の好きなもの結構高いのばっかだから……古着でも安い大量輸入系のじゃないし……たまにアンティークレースとか買いこんでるし」
「…………」
 言い返せない。恵那は一点ものに弱い。
かと言って家庭の事情ゆえにアンティーク品だとか、本当の調度品は買い漁れない。
だからこそ、ボタンやレースという部分的なもの、欠損品を買ってはリメイクするという行動に走るようになったのだけれど……。

「でもよかったじゃん? コレをきっかけに進学についていろいろ聞けるし」
「進学?」
「専門関係。普通のなら、塾でどうのこうのすむだろうけど……専門職に就きたいなら別の知識いるだろうし、うちは作れてもデザインの仕方までは教えれないし」
「そんなんじゃないよ。ただ、少しでもかかわれて、それが相手にとって好意的に受け取られる。それだけでうれしいの、私は」
「利用は嫌、かぁ。恵那らしいね。でも自分の得憂いん分野を教えるbのは結構楽しいもんだよぉ? おさらい、みたいな。基礎を振り返って損することはないしね。
前に進んで、技術が付いたからこそ新しいところに気が付ける場合だってめずらしくないしねぇ、うちはよくある。そういう事」

 恵那だって、自分の好みを認めてもらって、頼りされるのはあこがれはする。
けれど……真里みたいな人気者では本人がいの方から嫉妬されそうな気がする……と、そこまで考えて血の気が引いた。

(……あの写真雑誌に載るんだ……)

 つまりは無数の人にそれを見られるという事。
当然、学校の中でも購読している人が居てもおかしくない。嫉妬に狂った時、人は予想外の行動を取る。
しかも、こんな人づきあいが下手な恵那がモデルと一緒に目立ってしまえば……。
(…………まずい、すごくまずい)
「……恵那?」
「……」
「……何、人ゴミにでも酔ったの? 顔青いんだけど……」
「どうしよう、ういちゃん……」
 半泣きの恵那に困惑組の憂佳。困ったようにほほをかいて、彼女は苦笑した。
「大丈夫だって。逆にこびてくるよぉ、きっと」
「……でも」
「自分が好きな事して好きな雑誌に載った。ただそれだけの事。
嘘をついて取り上げられたわけでもないんだから、恵那が認められただけじゃん」

 言葉にまとめてしまえば簡潔な事実。
そういえば軽い事に聞こえるけれども、その雑誌載りたい人は数万単位でいる。その中に恵那もいて、恵那はあっさり看板読モと仲良くなった。
しかもそれが露骨にわかる写真が載ってしまえば……。

(……やっぱり怖い)
 真里に電話なりメールして断れば済むとわかってはいるのだけれど、あの楽しかった時間を穢すような真似はできなかった。

 目立つのが怖い。好きにやりたい。
「大丈夫だから、ね? そんな悩ましげな顔しないの。鶴の一声のごとく真里ちゃんに何か言ってもらえば収まるって」
「……それはそれでなんか真里ちゃんが……」
「もっと押せ押せな態度とってもいいと思うけどねぇー恵那は。遠慮しすぎ」
「それで相手にガマンさせたら嫌だもん」
「まあ、大丈夫だって」

(憂ちゃんは明るいから……上手く立ちまわれるんだよ、なんて言えない。私がぐずぐずした性格なのは自覚あるもん)
 興味があるのなら、伸ばされた手を逃してはいけない。それしかチャンスがないのだから。
蟻地獄のように、自我を無視して吸い込まれていくとしてもー―。
 ほかの子のように、自分の「すき」を堂々と表現できる世界……。
 それを認めてもらえれば、自分に自信がつくかもしれない。


(私が、憧れていた世界なんだから……)
 間違えてなんか、いない。きっと。



「……え」
「付きあってください、田中さん」
「…………ええ?」

 目の前に立ってる男子は間違いなくこの前話しかけてきた彼、池田である。
正直あれが初めての会話だし、接点なんてないもんだから恵那は間抜けな声を漏らした。
一目ぼれされるような容姿だとは到底思えない、はっきり言って一緒に居るさゆちゃんのほうが可愛いと思う。

「……何でって顔してる」
「……えあ」

 じゃり、っと足もとの砂が恵那の足元から音を立てる。
放課後の人影のない図書館から行ける奥にある庭園。安全なようで安全じゃない場所に、先程呼び出されて恵那は居た。

「ほら、さゆちゃんから色々聞いてて、見た目見たらどーんと」
「…………どーん」
(……三つ編みが好きな人なのかな……)
 黒髪に三つ編みって定番だし。
 池田は強引に迫ることなくにこやかに立っている。
威圧感もなしに髪を揺らしているもんだから、恵那ですらぼんやりと理由を探していられる。

「噂、聞いてると思うんだけど……」
「……え」
 そう言われて思い出すのは例のヤバイ噂で。
 コレは、断ったらまずいんじゃないのか。家が襲撃でもされるんではないか……それは困る。
「大丈夫、一緒に居るだけで良いから」
「……?」
 脅すような言葉を言ったかと思えば、緩い条件でまとめようとする。彼の本心がわからない。無理にでも付き合わずともただそばにいるぐらいなら、友人になってという形で丸く収まるのではないだろうか。
そもそもさゆとは仲が悪そうに見えなかったから、そこから伝って、ゆっくり様子を見たほうが明らかに安全なルートだろうに。

「表向きカレカノで、関係は友達ってこと……ですか?」
「まあ、わかりやすく行っちゃえばそうなるかな……」
「……なんでまた私なんかを」
「なんか強引にアタックしてくる子がいて、断る理由欲しさと、単純に田中さんと仲良くなりたいから」
(すごく……本音っぽい…………)

 派手目な子やモテる女子より、きっと自分のようなタイプの方が「好みじゃないから」とか、本気らしさがますのだろう。
そう考えれば、納得がいく。
 適当な女の子をを選ぶだけなら、仲が良い女子に頼めばいいだけの事。
きっとそのよってくる女子が友達的な立ち位置か、それにから無関係なのか……池田に詳しくない恵那には、正直そんな理由ぐらいしかうかばなかった。

「……駄目?」
 断るほどに嫌いなわけでもなく、他に好きな人もいない。
 これをきっかけに、人ともっと積極的に付き合っていくべきなのかもしれない。
「学校に居るときだけでいいから」
 その一言が決め手となった。
誰かの目が届く場所では、変な展開には行きつかないだろう。
「好きな人は、そばにいられるだけでうれしいものだし……」
 言ってる事が二転三転してはいるものの、一緒に居てほしいという箇所だけは譲らない。
理由はまあさておき、そばにいるだけなら了承したところで問題はない。……ハズ。


「……えと、じゃあ……よろしく、お願いします」
 深々と頭を下げる恵那の頭上から、軽い笑い声が聞こえた。
「そんな、同じ年なんだから敬語使わなくていいって、ね?」
「……あ」
「俺が先輩なら違和感ないんだろうけど、同級生で敬語使ってるカレカノってのも一件おかしいいじゃん? ね」
「……あ、そっか……」
「そうだよ、恵那」

 自分の名前を呼ばれて思わずドキリと心臓がとびはねた。
 よく考えてみれば、親戚以外の異性に下の名前で呼ばれた事など、ほぼないに等しいのだ。
そりゃドキリともする。

「俺が告白したって事にするから、そっちは好きに呼んでくれていいから」
「っと」
「フルネームでさえ同姓同名わんさかいる名前だからって、あだ名つけられても困るけれど……それじゃあ立場が逆に見えるし」
「……池田君……っ」

 君、なんて響すら懐かしい。
普段はたいてい名字にさん付けで男子を呼ぶ恵那にとっては精一杯の勇気。
絞り出すような声をあげたとたん、顔にボッと火がともる。

「……ん、何?」
「えっと、何って、えええと」
「一度こういう会話してみたかっただけ」
「……え」
「残念なことに俺付き合ったことないからねー」
「ええええ」
 コレは心から動揺してあげた声。

 流石に噂を丸のみにしてはいないものの、なんとなくすでに彼女が居た事があったのかと思っていた。
何と言うか、余裕があるというか、女の子と話す事にガッツイた感じがないからなのか……。
 かと言って挙動不審な印象も受けないし、そこら辺は素直にうらやましい。
恵那は男子だろうが女子だろうが、初対面は思いっきり人見知りするタイプだから。
 親類との幼いころの写真ですら、明らかに泣きそうな顔をしているし、笑っていても引きつっている。
もうすでに当時で性格が決まっていたのだ、きっと。隣に並ぶ憂佳はブイサインを決めていたりするし、、よく抱きついていたりもした。
ああ、金で買えるなら欲しきよ積極性……。

「目立つ分近づいてくる女の子居ないし、友人どまりだらけ、みたいな」
「異性の友人……」
「……恵那、何で遠い眼してるの」
「…………ちょっと現実に打ちのめされただけです」
「……こりゃ、頼むのもわかる……」

「え?」
 池田がボソリとこぼすように言った言葉に、思わず反射的に目を見開いた。
痛いして彼はしまったという様子もなしに、素知らぬふりして笑っていた。
 聞き間違え立ったのか、関係ない事を思わず口走ってしまったのか。
よくわからないけれど、ほんにんはきにしてないようだし、きっと重要なことではないのだろう。気にしだしたところで、恵那がかれに聞ける読経など持ち合わせているはずがない。
会ったらとっくにこの誘いだって蹴っている。

 池田は突如手を差し出した。差し出された先は明らかに恵那の方向。
 これは。
 まちがいなく、まちがない。
「……手、つなご?」
「ふえ」
 実思わず裏返った声をあげてリンゴのようにほほを染めた。
あわあわしていると雰囲気から恵那の気持ちをくみ取ったのか苦笑いを浮かべて、池田は言った。
「ゆっくりでいいよ」
「え」
「練習、しよう。初めは、背中合わせでゆっくりと振り返れば、恥ずかしくないハズ」
「あー……」
「顔、見えないから、ね」

 先に背を向けたのは池田だった。
そして腕だけが恵那の方を向いていた。それを緊張しながらそっと恵那は握り締めた。
少し恵那より大きな、男の子の手。
「振り返っても、見えないように恵那も自由に」
「……うん」
 心臓の音は徐々に強まっていった。ドキドキする。表情が見えないからこそ、尚に。
 池田は笑っているのだろうか、それとも恵那のように照れているのだろうか。
それともすまして、気にしていないでボーっと空を見ているのだろうか。蛇う行  そんな事をもんもんと考えていると、足がふらつき背中同士がどんとぶつかった。
制服から流れるように滑り込む感じで地面に座り込む。
流石に、池田が受け止めてくれるなんてロマンチックな事はなかったけれど、条件反射のようにお互いに手に力を思い切り込めていた。

「……大丈夫?」
「……ごめんなさい……」
 打ったのはお尻だけ。しかも、雑草のクッションもあるから、さほど痛くはなかった。
そして気が付いてしまった。
 ……池田の顔が赤い事に。
 それが、少し嬉しいような、照れくさいような気持ちを産んで、恵那の心を少し動かしたのは、気づかなくてよかった事なのだろうか。

 自分を彼女として、異性として、なおかつ欲望のまま走らずに大切に扱われる事が、こんなにもきゅんとくる事だったなんて今まで知らなかった。
一つ一つの行動が好きだよって言ってるように思えた。
 たとえ、それが偽りの契りであっても。
それでも彼が恵那を大切にしようとしている姿勢は本物に思えたから。

 恵那の鼓動は、跳ねるのをやめてくれないのだ。



 突然の恋人宣言。
 あれから幾日過ぎた。一緒に登下校も、流石に慣れた。
 初日は多少ざわつきがあったけれど、池田ともめるとまずいと思っている生徒達は、口出しなどしてはこない。
遠巻きに不満そうに見てくる女子もいたけれど、恵那に手を出せば池田に嫌われるのがわからないほど馬鹿ではないのだろう。
けしてこちらに声をかけてこようとはしないのだ。
 池田の読みが当たったのか、本気で付き合ってるとさゆすら思っている。
寧ろなぜか嬉しそうに祝福してくれたぐらいだ。祝いの品は、チュッパチャ○スだけれども。
それは池田と美味しくそのひにいただきましたけども。

 それよりも恵那が気がかりだった例の問題。

「ねぇ、これた田中じゃね?」
「あ、マジだ」

(……ほらやっぱり)
 思わず肩を震わせさゆに張り付く。彼女がそれを見てため息をついた後雑誌を持って騒ぐ女子たちからそれを取り上げた。
「ちょ、それうちらの……!」
 彼女らの制止する声など、さゆには届かないし届いたところで聞かない。
「……はあ〜ん……恵那読者スナップに載ったわけだ」
「さゆちゃん……声に出して言わないで……」
 涙が出そうだ。恥ずかしすぎる。誰か穴を掘ってほしい、永遠に出てこないから。

「恵那が可愛く映ってるからってなたむなよぉ〜」
 それどころかページを広げたままぐるりと回って見せびらかしている。
本当にやめてほしいと思いながら、誇らしげな表情を浮かべる彼女がうらやましかった。
純粋にすごいでしょ! と胸を張れる度胸に。

「真里ちゃんとW看板も夢じゃない、ってね」
「それはないよ」
「即答じゃん、恵那」
「……真里ちゃんとは違うもん」
「そうだねー恵那は恵那っぽい個性があるもんね」
「そうじゃなくて」
「何?」

(……何でこんなに後ろ向き後ろ向きに思考が行くんだろう、私)
 特にいじめられた過去もない。大きな失敗をしでかした事もない。それなのに、何故。
仲良かった子が、目立っていじめられて不登校になったという事はあるにはあった。けれど彼女はすぐに復活した。友人の手助けで。
 ……彼女みたいに強くなれたら。あのとき差し出した一本の手のはずだった恵那がどうして悩んでいるのか。
這いあがれる自信が、いざとなった時手を伸ばしてもらえる自信がないからなのか。理由はわからない。

「めっちゃほめられてるじゃん、恵那。甘さがほどよいオシャレの優等生スタイル、だってぇー……いいなぁ」
「……ほめられてる事が不満なんじゃなくて」
「んじゃあ何よ」
「……真里ちゃんと、その」
「顔の大きさが比べられて困るって? いいじゃんそんなの、恵那特別でかいわけじゃないんだし」
「……そういうわけじゃないんだけど、いやあるけど」
「どっち」

 恥ずかしい。それもあるけれど、雑誌掲載がきっかけで久々に話しかけてくれた友人との関係がなんだかぎくしゃくして困るのだ。
別に裏を読もうとしているわけではないけれど、雑誌に載ったと言うきっかけがなければ声すら掛けてくれなかったぐらいの浅い間柄だったのかと、勝手に落胆してる自分が居た。

「……大丈夫だって、恵那は可愛いよ?」
「そんな言葉を望んでたわけでもなくて」
「いんじゃない? 好きな雑誌に載るなんていい記念。表紙も飾ってるしね」
「表紙!?」

 慌てて雑誌を閉じてみる。
発売日以降怖くてコンビニの雑誌コーナーすら避けていた恵那は動揺しながらそれを見た。……ら。

 居た。
 真里から楽しみにしててねとか何とかメールは着たけれども、まさかすぎるにもほどがある。
小さくだけど、スナップ特集というロゴの下に恵那と真里の全身が切り取られて載っている。

「……もう街歩けない…………やだ、死ぬ」
「写メられるかもねー」
「やだあ……」

 頭ががんがんする。
そんな事態になったら、恵那はもう引きこもるしかないだろう。

「俺が守るから大丈夫だよなー」
 頭を抱えていた手をどけたのは例の人。
「池田君……」
「や」
 陽気な笑顔が今日もまぶしい。太陽のようだ。
もういっそこ周囲の視線も彼のせいだと思いたい。そうすれば少し楽になれる気がする。
ひょいっと雑誌を取っていくとフムフムとうなずきながらそれを流し見して、彼はそれを机に置いた。

「ファッション雑誌ねー」
「……池田、さすがにそれは言わずともわかるって」
「俺適当だからわかんねー……。付録で買うし」
「いっつもパーカーとかだもんね、アンタ。恵那とのデートんときぐらい色気のある恰好してよ? 時期看板読モの彼氏なんだから」
 さゆがちゃかすようにそう言ってにんまりした。
持ち上げてる言葉が、恵那の気分をどんどん下げて行く。
「んー……恵那、どんな服が好き? メンズで」
「えっ」
「一緒に並んで恥ずかしくないのがいいよなぁ」
「……べつにこれってのは……歩くときに音がじゃらじゃら鳴らないレベルならアクセもありだしワックスも香水も平気だし、
メイクだって服装にあってれば男の子でも行けるし」
「恵那落ち着いて、早口で聞こえないから」
「……んっとーに、恵那って服に関しては饒舌になるよね。普段とキャラ違いすぎ」
「え」

 からかうようなさゆの言葉に、恥ずかしくなってさらに俯く。
さっきからずっと普通の表情も、行動もしていない気がするけれど。
おろおろするか、顔色を隠すか、とにかく挙動不審に動きまわって落ち着きがない。

「まあ、それが恵那らしい事の一つだと思うけど。凡人より何かに厚くなれる事って、素敵じゃん? 恵那はそこんところ理解してない。
恥だと思ってる。しかもそれを良いものだと認められた上でね」
「……え」
「それじゃあ、認めてくれた人の事をはねのけるようなものだよ? あたしだって載りたいよ、こんな風に」
 そう語る彼女の眼は、どこかあきれるようなくすんだ色をしていた。

(……どうしよう、私がマイナス思考過ぎて知らない間に友達をそぎ落としてたのかな……嫌われる事してきたのかな……)
 考え出すとぐらぐらと視界がぶれてくる。

(……れ……あれれ?)

「……なんちゃって…………って、恵那ぁ!?」
「恵那!!」

 悲鳴に近い叫び声は、意識を失う寸前の恵那の脳裏に鐘の音のように響いた。


3→


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