普通になんかなれません、
ピンクにベージュに茶に黒。灰色だっている。そんなカラフルなかたまり。
「あの噂って本当な訳?」
「ありえないって」
「だよねぇ」
廊下で女子生徒が何かについて騒いでいる。その姿を遠目で恵那は見た。彼女たちに話しかけることもなく、広げた雑誌に視線を戻してもあまりにも大きな声なものだから、いやでも耳に入ってくる。
肌寒くなってきたこのごろは、女子も男子も制服にカーディガンを合わせていた。
その結果、彼女たちの集団はとても華やかなものになっていた。
皆競う様に人気のブランドのものばかりを着ていて、色もパステルカラーの柔らかなものが多い。
それが、学校指定の白いシャツとこげ茶色の服によく映える。
それをちらちらと覗き見ているのが田中恵那だ。
自己主張を表に出さない性格が彼女の黒のカーディガンににじみ出ている。
趣味がはみ出ているのは、アンティークな金色のボタンがリメイクで縫い付けてある事ぐらいだ。
「だって、いかにもな人が迎えに来たってぇー」
「えー、嘘ぉ」
「本当だったらショックすぎんだけど」
(……要点を飛ばして会話してるもんだから。何の話してるかさえ分からなくて逆に気になるよ)
ひたすらに雑誌とにらめっこして気にしないふりをしてもどうしても耳が傾いていく。
かといって、彼女らの中に割って入って何の話をしているのかを尋ねる勇気などない。
もう中学に入学して二年目に入って半分近く経つというのに未だ小学校からの持ちあがりの友人しかいない。
一人、例外のクラス委員長がいるぐらい。正直彼女の場合は役柄的にしょうがないんじゃないかとさえ疑いたくなるほど、だれとでも気さくに話し打ち解けていく人類みな平等を巣で行く子なのだ。
うらやましい性格だとは思う。けれどもあこがれているだけで行動に移せないのが現実。失敗してさらに居づらくなるのが怖い。
ただでさえ家は片親でいっぱいいっぱいなのに、これ以上負担を家庭に持ち込みたくないからだ。
お金が必要だからとバイトの掛け持ちだってやってるような母親に、個人的相談などできない。
「絶対アレヤクザだって!! 派手ーな服着て、顔傷だらけでごつい感じの!!」
「車はやっぱり黒いの?」
「ボッコボコだった」
「えー……コワッ。でもないないない、あの池田だよ? キャラじゃないって」
「そりゃあ隠すよそんな事実。むしろ表向きは猫かぶってないとやってらんないしね、あんな職業」
(……物騒な話なのは大体分かってきたけど、話題の主は誰なんだろ……あ、このコスメかわいい)
恵那は手帳を取り出すとペンで気に入ったコスメのブランドを書き留めた。後でどこで取り扱ってるか調べようという魂胆だ。化粧品は好きだ。けれど、飾っているだけでほぼ満足してしまう。アイシャドウなどは結構持つしケースや固形状態に模様が入っていたり鑑賞するだけでも幸せになると恵那は思う。
似合わない色のリップでも、手元に置いておきたいからという理由で購入してしまったことが幾度となくある。
それは、ブラシで撮って混ぜて使ったりして楽しんでいる。
……と、話がそれたがそんな事をしているうちに騒いでる女子たちの声は徐々にエスカレートしていった。
通行する無関係の生徒さえ、けげんな顔をして彼女らを振り返る。
「ありえないから、本当」
「でもそこに乗ってったよー? 普通に談笑してたし、絶対知りあいだって」
「本人もその道たどんのかなぁ……」
「じゃない? 髪の毛だって黄色いし、ピアスも学校だから樹脂でわかんないけど結構あいてると思う。さすがに耳なんてじっと見ないけど……三,四個はあいてると思う。軟骨にも結構でかい穴があったよ」
「鼻は?」
「さすがに樹脂でもテカるよ、そこは。バレるバレる」
「ですよねー……」
けらけらと一人の女子が笑う。ピアスぐらい、普通の生徒でもあけているけれど、たいがいは両耳にひとつづつでホールだって小さい。
あまりに大きな穴は高校受験に不利だし、何よりも目立つ。
「ファッションじゃん? 男物のイアリングなんて売ってるの見たことないし」
「ほぼピアスだよねー。 第一安いし?」
(ケアめんどうだけど一度固定されると結構ほっといてもいいしね……)
「あーそうそう、駅中にすっごいかわいいアクセ店あるっしょー?」
「あーあアコ」
(私もよく行く……海外輸入ブランドとかあってすごい好きなの)
口に出して輪に飛び込んでいく勇気のなさが空しい。
恵那は軽くため息をついてたてた雑誌で顔を隠しうつ伏した。
華やかな世界すぎて、目に痛い。化粧しなくても可愛い子ばかり。
運動もできて、勉強もそこそこ。行動力は並以上。先輩にだって好かれてて、すでにレギュラーだったり運動部のマネージャーだったり……。
人前に出ることが苦手な恵那にはそれがちょっぴり妬ましい。どうしてこうも違うのか。どこで道を間違えたのか……。
(……カードたまったから商品券になるんだよ、それ私持ってるからあげるっていえたら良いのに)
「在庫一斉するんだって。ンでだいたい半額で買えんの」
(話が脱線していってる……)
「鹿野欲しがってたポーチなんて七〇%だよ」
「えー!」
「在庫一個だったけどね」
「意味ないじゃん! 売り切れてるよもう……ほしかったのに……お金貯めてたんだよっ……」
「ってなると思ったので買ってきましたぁ」
一人の女子がずっと持っていった紙袋からラッピングされたポーチを取り出した、なんでポーチとわかったかというと、半透明のピンクのラメの袋に入っていたから、見えたのだ。
金色のリボンも、派手だけどよく似合っている。
「うおー!!」
「いいなぁかわいい」
「よかったじゃん」
きゃいきゃいとはしゃぐ彼女らの声は少し耳ざわりだった。
うれしそうにポーチを掲げてはしゃぐ女子に勢いあまって抱き疲つかれている女子。うらやましい気もするけれど、正直廊下の真ん中であんなに集まっては邪魔だと思う。五人いるし。
彼女らがクラスの中心女子グループ。恵那の天敵。というか、苦手なタイプ。
仲良くなりたいけれど、なったところで友情を維持することはできないと確信できる。
(いつも明るく元気になんて、私には無理。暗いって言われるのはなれてるし……いいんだ別に。好きな服を勝手に楽しんでるだけで)
だから、羨ましくなんてない。寝てましくなんかない。
勇気がないからじゃないのだと、恵那は自分に念仏のように心で唱えた。
今に満足してるのだから、手を出さないだけ。怖いからじゃない。
だから、羨ましがってこの光景を眺めている必要などないのだ。
ごまかすように、携帯を開いて何予定もないのにネットにつないで差もt炉もだちとメールしています、というようにふるまった。
全然、羨ましくなんてないのだ。
……本当に。
いつものように授業が終わり、そのたびに別のクラスに顔を出し雑談をして帰ってくる。
それが恵那の昼休みの過ごし方。お弁当は大体夕飯のこりとコンビニのおにぎり。朝から炊いたら少なすぎてぱさぱさになるから、お米は食べる前に炊き上げる。
「なーにしょぼくれてんの」
一人の少女が恵那のおでこをツン、と指でつついた。
しょぼくれているというか、現実を見てしまったというか。
引っ込み思案な癖に派手目の服装が好きなもんで、なかなか趣味に合った服を着れないでいる。家には大量の「衣装」が無駄にある。
普段はシャギーボブにエクステを左右に三本程度つけて細いみつあみに仕上げている。前髪はぱっつん。<br>
エクステすらストレートロングの黒というのがなんとも自分らしいと思う。<br>
(メッシュなんて似合わないから)
それでもたまに、遠出をするときは思いっきり趣味に走った格好で闊歩する。いとこが東京にいるものだから頻繁に泊めてもらっては遊んでいる。いとこがコスプレ趣味のあるせいで、叔母は服装に関してはとても寛大だ。露出度の激しいものはだめらしいが、派手な分にはOKらしい。
自分で考えたデザインの服をいとこに縫ってもらったこともある。
「お菓子あげるから。ね?」
「お菓子……イチゴ味がいい」
「チョコ味とセットのブロックチョコでよろし?」
「ん」
真っ白い教室には、まるで色がついたかのように活気があった。
お弁当を広げて談笑する生徒に、雑誌を広げたり音楽を共有している生徒。
ぺちゃくちゃと動く口の中の咀嚼しかけの物体が見えているのは少しいただけない。
「さゆちゃんもう一個―」
「これだいぶカロリーあるんだけど」
「いい、太ってもいい……甘いしあわせください」
「百五十二センチしかないんだからだぁめ」
「成長……するもん!」
どうせストレスたまれば痩せて行くんだから、ということは言わない。
「小五から伸びてないよね?」
「……う」
そうなのだ。恵那はいわゆる小柄な部類で、背も小さければ出るとこも出てない。
完全なる幼児体型。母親にいたっては一五〇センチしかないので、きっとそっちの血色濃く受け継いだのだろう。
別に身長に不満はないがマキシ丈のスカートがまるで人魚姫の尻尾のようにずるずると引きずる形になったのは泣けた。
「まあ。伸びなくていいと思うよ? 顔に見合ってるもん」
「……童顔って言いたいの」
顔立ちは、ある種のコンプレックスだ。つぶらで丸い瞳とあひる口に丸顔なものだから、いまだに小学生に間違えられる。
挙句の果てには中学生料金を払って入場した施設で、間違ってるよお嬢ちゃんと苦笑して料金を突き返されたりもする。
(お化粧だってしてるのに……制服にあうようにって選ぶから、あんまり大人びて見えないんだけど……)
一度は女の子なら憧れる真っ赤なルージュを引いてみたりもした。でも結局恵那にあったのは淡いピンクで。
「ん? 言ってないよー?」
むふふとさゆは笑う。彼女の手机には弁当の影はなく、大量のお菓子の山が積まれていた。いつもそうだ。彼女はお菓子でできている。
それでも体系もすらっとして、ニキビのない肌を保っているのだから尊敬ものだ。
(ずるいよ……私より背丈六ンチも大きくて……いや、さゆちゃんも一般的に大きな身長とは言えないんだろうけど)
その唇には、挑発的な色がきっと良く似合う。
この前赤いグロスを試していた時の彼女は、うっとりするほど妖艶であった。
「何でみんな別クラスに分かれちゃうかなぁ……へこむよ」
体育がさゆのクラスとの合同なのは、本当に神のなさけというか、救いというか。
「鼻の穴に●ッキー突っ込むよ?」
「それはやめて」
「じゃあなかないの
」
「泣いてないもん」
「みゃーって聞こえたよ?」
「言ってない言ってない。第一それは鳴くのほうでしょ」
「きっと似合うよ」
そんな満面の笑みで微笑まれても……。
「……うれしくないよ……」
「ってわけで、恵那はカロリーの低いコレで」
さゆからぽんっと昆布飴が恵那の手の上に贈呈された。
「……なんで昆布」
「おばあちゃんからもらったんだけど、なんでか三袋も入っててね。なんだったらもっとあげるけど?」
「5個で充分です」
これだけあれば、味わうには事足りる。第一全部同じスタンダードな昆布味。大量にもらっても飽きるだろう。
恵那はポケットにそれを詰め込むとお弁当包みを広げ誰も主のいない椅子を持ってきて座った。
了承を取ろうにも誰もいないし、こんな大量に人がいる中から持ち主を探していたらお昼時間が終わってしまう。
「じゃ、食べよっか」
「さゆちゃんまだ食べるの?」
「とーぜん。あんたと違ってまだまだ伸びんのよ」
彼女の机の横にあるコンビニの袋の中の大量のゴミを見ているとそれだけで胃もたれしそうになってくる。
「あ、このパスタ美味しそう! チョーダイ」
「…………」
(え……まだ食べるの……)
「んー。オイシッ! 幸せって感じ……!」
「なんならまた今度お母さんに頼んでみるけど」
「良いの? やったぁ!!」
「お世話になってるしね。いつも私のためにほかの人とのお昼断わってるんでしょ?」
知っている。本当は彼女は自分以外にもたくさん友達がいて、他の出身校が同じ友達も大体はそちらとの関係を優先して彼女らと食事をとっている。
クラスのグループを優先すのは別におかしなことではない。むしろそれが普通だ。
だからこそ、彼女の好物をお弁当に混ぜて、毎回償いのようにそれを渡しているのだということを、彼女はきっと知らない。
「気にしないの。あたしが好きで選んでる選択肢なんだから」
「本当に?」
「ん。あたしは嘘つきません。5分前後のみ!」
「短っ」
「じゃ、一分増やしてもいいよ」
「少ないって」
こうやって仲良しの子とゆっくり過ごしているのはとても心が安らぐ。自然に笑ってる自分が、恵那は幸せだった。
それも、クラスに入れば終わってしまうけれども……。
「他にも黒飴としょうゆ煎餅あるけど」
「どんだけおばあちゃんお菓子送ってくれたの……っていうかあれ? 二日前にもらったって言ってなかった?」
「電話相談三十秒百円也」
「ぼったくりじゃない……? ソレ」
「もちろん無料通話です」
「酷……」
「ふーん、いい商売じゃん」
二人の間ににゅっと手が伸びて、その人はたこ焼きを机に置いた。
暖かな熱気からそれができたてであることが分かる。
「……池田」
怪訝そうな声でさゆは嘆くようにその人名を呼んだ。
「よ」
「よ、じゃないって」
「だって此処おれの席だし? いいじゃん、ね」
「え、あ……は」
(派手な金髪……むしろ黄色に近い感じ……しかもさっきちらっとみえたけどシルバーつけてた……)
上下関係にうるさい中学校で、こんな見た目でいられるというのは正直うらやましい。
恵那は人目を気にして、そんな風にはできないから。
目の前でニコニコ笑うのは、同じ学校の同じ年ごろの男子生徒。勢いあまって恵那は椅子ごとひっくり返った。
いやだって、彼は思い切り恵那の顔に近いところから声を上げたから。
「……えっと、大丈夫?」
「あ、は、い」
「怯えてるおびえてる。池田、この子はあたしみたいに気さくなタイプじゃないんだから」
「自分で言うか」
(……耳元で……びっくりした……!)
声変わり寸前の少年らしい声。低くはないのだが、逆にそれが耳に響いた。
背丈は恵那より10センチ以上高い。明らかに、160はある。年を考えれば彼も十分小柄なのかもしれないが年端の近い男友達や親せきがいない恵那にはいまいちピンとこなかった。
近所に住んでるのは、高校生か小学生かで比べる対象にするにはあまりふさわしくない。
笑い声を止めて、池田は申し訳なさそうにあー、と情けない声を上げた。
「……アレ、もしやおびえられてる?」
「でしょ」
(いやだっていきなり背後から気配なしに……!)
急に予想外のところから手が伸びてくれば誰だって怖いはずだ。……たぶん。
「安心して、怖くないから。あたしのクラスが偶然一緒でしゃべったことある無害な人だから」
「……せめてクラスメイトとか友達とかそういう表現使ってほしかったなぁ……」
「ほら、名乗れィ」
「ごめんねびっくりさせて……ハイハイ」
どうやら本当に二人は面識があるようだ。関係は不明だとしても、冗談を言い合えるのなら安全なのは事実なのだろう。
さゆの性格上、嫌いならかかわりもしないはずだから。
「池田です、さゆちゃんと同じ二年三組の住人です」
「さゆちゃんいうなきしょい」
「さゆたんなら可?」
「なんでそうなるの」
「なんかテレビで芸能人がそう呼ばれてたから」
「●ょこたんか!」
「いや、牛タン」
「……何、その芸能人なんでそんなあだ名になったの」
「牛タン命の焼き肉マスターを目指してる芸人だから」
「まあおいしいけど、牛タン」
こういう些細な会話でさえ、口をはさめないのがもどかしい。
相槌すら、打たないまま二人を交互に見やるしかなかった。
ふと教室を見渡してみると先ほど廊下で騒いでいた女子がこちらを見て何かひそひそと話している。
(……あ)
分かってしまった、その理由が。
それでますます、会話に加わる勇気が失せた。それでも、時計の針を見てしまっては黙っているわけにはいけない。
「……じゅ、授業始まるから……っ」
「え、戻るの?」
「じゃあねー恵那さん」
(……なんで池田君は私の名前知ってるんだろう……?)
ぼんやりとそんなことを考えながら、逃げるように恵那は自分の教室に戻った。
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