雪菜がもう一度念には念を入れてメイクを直してあげると、宇美は照れくさそうに「いってくるね」と去っていった。
ここでストーキングタイムである。抜き足差し足忍び足。気配を消して後を追う。
「先輩っ! 好きです!」
宇美の声に首を伸ばし相手を見る。そして、絶句した。
「ごめんね、私女の子はちょっと……」
「樹里先輩……」
(!? えええええ!? 何で相手ジュリ先輩なの!?)
さすがの雪菜もこの展開は予想外だった。
そう、相手は和哉ではなく樹里だったのだ。そういえば一度も和哉先輩とは言ってない。冬田先輩か、先輩とだけだ。
眩暈がするのをこらえつつ様子を伺う。
「ごめんなさい、気持ち悪いですよね」
宇美の声は震え、今にも泣き出さんばかりだった。
スカートをつかみ、うつむく。
樹里も困ったように空を見上げ、しばらくして宇美を抱きしめた。
「ううん、好きになってくれてありがとう。気持ちにこたえられなくてごめんね、宇美ちゃん」
「せんぱぁい……」
(出ていきにくい……!! すごく割り込みにくい……!! 出口雪菜のとこしかないんだけど! 完全一方通行なんだけど!!)
さっさと去っていけばいいのは分かっている。のに、雪菜の体は動いてくれない。
「じゃあ、これからもよろしくね」
宇美の頭に軽く手を置くと樹里は困ったように笑って屋上から出て行った。
当然、隠れていた雪菜と鉢合わせして彼女は雪菜を見て笑った。
「雪菜ちゃん、後はよろしく」
そんなこと言ったってどうすればいいのだろうか。
宇美は泣き出し始めるしこんな予想コレッぽちもしていなかったし。
「雪菜ぁ」
「…………」
(ここで告白するとか完全空気読めねぇやつじゃん……計画通りに進まない……あー)
男相手に降られるからこそ、フォローに回れるわけで。女相手の場合の対処法なんて、用意してはいなかった。
ぐすんぐすんと宇美は泣き続けるし、樹理は戻ってくる気配もない。
汚いものを見るような眼ではなかったし、これで海を嫌ったわけではなさそうだけれど、恋愛対象になることはないだろう。
「私、がんばったよねえ」
「……うん。宇美はえらいよ、ちゃんと気持ちが伝えられて」
(俺と違ってな……)
宇美を抱きしめながらそう答えるのが雪菜の精一杯だった。
彼女の気持ちがすっきりするまでは、告白だってお預けだ。そう言って、予定を遠ざけて逃げてるだけな気さえするけれど。
宇美はぶつかっていった。まっすぐに、正直に。
女が女に告白するところを目撃してしまった雪菜は妙な雰囲気のままクラスにもどり授業を受けた。
上の空であまり意味はなかったが、宇美が元気になったら今度こそは自分が告白しようと思っていた。
「雪菜ちゃん、冬田先輩呼んでるよ」
「どっち」
クラスメイトに思わず雪菜は詰め寄った。放課後にまで何のようだ。
宇美は帰宅準備を終えてクラスメイトと談笑しているし、雪菜もそれを待ち。
頬づえをついて雑誌をめくっていたところだ。
「? 和哉先輩だけど」
「わかった。先輩どうしたの?」
数分しかない休み時間の中、和哉が現れた理由が知りたくて応対する。
「ちょっと、月下に話があって」
「なんでしょうか」
「ここで言わなきゃ駄目か?」
和哉は何か含むところがあるかのように尋ねた。
たしかに学校一モテる雪菜とそこそこ人気の和哉の二人には視線が集中している。
一部の女子なんてこっちむいてひそひそやってる。何を話しているのだろうか。
「今日は宇美とケーキ屋さんに寄るんです。その計画を立てないと」
失恋した宇美を励ますためのバイキング。雪菜が思いついて宇美が喜んで同意した今日のちょっとした予定。
駅前にできた雑誌で見かけたケーキ屋さん。
甘め控えめの低カロリーな味付けで女の子に大好評。
食べるのが大好きな宇美にとって何よりも励みになるだろうと考えた。
今すぐじゃなくて良い。宇美がすっきりしてから告白しようと思っていた。
「用があるなら早く言ってください。どこかへ行くとかなら却下です。先着百名なんで」
「それじゃあ……月下、俺月下の事好きになってしまったみたいだ」
はっきりきっぱり好きっていった。聞き間違いではない。思わず耳をふさいだ。意味はない。
「はあ?」
眉間にしわを寄せて和哉をみた。本気なのだろうか。
「もちろんOKだろ?お前は俺の事好きなんだから」
「ちょ、先輩宇美の事好きなんじゃ……」
「とっくにフラれてるよ。ほかに好きな人が居るんだって」
「そう、樹里先輩が」
兄妹だし、伝わっていてもおかしくない情報だ。雪菜はあくまで小声でつぶやいた。
「嫌、ほかに居るんだとさ」
わけがわからない。そんなに簡単に好きな人がコロコロ変わっていいものか。
雪菜なんて初恋をずっと秘めているというのに。
「断りますっ」
(ぎゃああああああ!! 男とか無理!! 絶対いやだあああ!!)
「どうして。月下の事誤解してたよ、いいヤツだったんだな」
「雪菜はいいヤツです! 認めます! でも先輩は……」
おびえながら、雪菜後ずさり窓に頭をぶつける。
(ふざけんなあああああ……! いくら雪菜がかわいいからって無理!!)
泣きだしそうだ。逃げたい。腰が抜けて、無理だけども。
「ちょっとまってください」
割ってはいってきたのは宇美だった。
「うみっ……!}
(超女神!! 早くここから連れ出して……!!)
いたって真面目な形相で宇美は和哉を押しのける。
そして崩れ落ちるように座り込んだままの雪菜を抱きしめてさらにややこしくなる事実を告げた。
「雪菜の事は私も好きなんです」
「は?」
思わず雪菜は間の抜けた声を出してしまった。
「宇美ちゃん。君は女しか興味ないのか」
「あります! バイなんです!」
「男に恋してないじゃないか」
頭が痛い。宇美のもうひとり気になってる人がいるというのはどうやら自分のことらしいと雪菜は自覚して、顔を赤らめた。しかし、現在の姿を忘れていた。
、一見女と女。つまりレズ。
人目がつくところで告白なんてしたら、ややこしくなるにきまってる。
それプラス、そんな好奇心を刺激する要素まで付け足されちゃあ……。
教室中の視線どころか廊下までの視線を一身に浴びて雪菜は逃げ出したかった。
(確かに宇美が好きだけど……まさかこんなとこで告白されるとは思わなかったし、人前すぎて返事に困るし)
すべての人が雪菜の返事を待っている。
「あ……は」
しぼり出たのが、こんな情けない笑い声。
「雪菜、私がいいよね?」
「いーや、ここは男が」
「雪菜は……」
頭がビジー状態だ。もうどうしていいのかわからない。
「逃げるべしっ」
今までにないぐらい、力を込めて雪菜はその場から走りだした。
「こら、雪菜、答えなさい!」
「月下!俺の彼女になってくれ!」
雪菜は騒がしい教室を、皇帝から見渡した。窓からのぞき見る生徒に、近づく足音と、騒ぎ声。
これから、どうなってしまうのだろう。雪菜はため息をつくと叫んだ。
「ややこしいんじゃばかやろー!!」
これほどに、家の掟を恨んだ事はなかった。
雪菜が半泣きで逃げ出した後、誰に捕まってどうなったかは、誰もしらない。
FIN*
素材はここでお借りしました。ありがとうございました。