少年の甲高い声が聞こえる。
それは、まるで悲鳴のようであわてて宇美はその声の先を目指した。
一瞬で消えたその苦しそうな声。真っ先に浮かぶ光景は、何度も海も遭遇した悪魔の処刑。
(……きっと、アイツがまたやらかした!)
夏場だというのに、海の額に流れるのは冷や汗。
あの事は、完全なる秘密だというのに。ヤツは簡単に武器として使う。むしろ使いやがる。
それを相手の弱みにして、女王面してふるまう材料にするのだ。
恥ずかしすぎる事実を隠すため、少年たちはみなやつに尽くす。
尽くすしかない。そしてやつは図に乗っていく。逆ハーレムを作って女子に羨ましがられてはいるが、実際はそんなもんじゃない。
腹の中まで真っ黒くて、そもそも女王になるためには大事なものが欠けているのだ。
そして、余計なものがツイている。
アイツは、ツイてる女の子。
ツイてる女の子
「好きです!付き合ってください!」
蒸し暑い、まさに真夏日。太陽にさんさんと照らされる中、突如中学校の校庭の銀杏の木の下で起こった。
秋だったらひどく臭うその場所で、軽く裏返った少年の声が響いた。
どこにでもあるTシャツにズボンを着た至って普通の少年で、髪の毛は少しばかり色素が薄いだろうか。
肌は健康的に日焼けをしており、筋肉もある程度ついているのが服越しにもわかる。
そんな少年の手はひどく緊張からか震えていた。
その手には真白な封筒が握られており、いつの時代かと突っ込みたいぐらい定番の赤いハートのシールが真ん中に張られたそれは明らかに“アレ”だった。
その目の前に立つ人物はクリームベージュの長髪を持ち白雪姫のような玉の肌を持った上に、長い手足はすらりと伸び儚い雰囲気はまるで一輪の華のごとく……。
まあ、一言でいえば美形。きゅっと結ばれた、少し勝ち気そうな口元はどこか誇らしげにさえ見えた。
その人にとっては、こんなことは日常劇で。退屈そうに、小さくため息をついて怪訝そうに相手を見た。早く終わらせてくれと表情が物語っている。
……が、相手の少年はそんな様子に気がつくほど、心に余裕はないようだった。
「あの……コレ、受け取ってください!」
少年にとっては、募る思いを込めた告白。
心臓の音は定期的に鼓動を打ち己の緊張をさらに強めていた。ごくりと生唾を飲み真剣な面持ちで返事を今か今かと待っている。そんな少年は無残にも、目の前で彼女のとっておきの笑顔を見た。
だから、つい脈があるのかと思って目を煌めかせた……が、しかしそれは悪夢の幕開けでしかなかった。
ラブレターを受け取るどころかそれを開くこともせず、彼女は破り捨てたのだ。
寧ろ、誇らしげに高笑いを浮かべている。先ほどまでの少年の心中は、すべて雪菜はお見通しだ。
だからこそ、あえてこういう行動に出るのが雪菜なのである。残酷である。
「雪菜ァ、あなたみたいな人好みじゃないのォ」
猫なで声で意中の「彼女」、雪菜は言った。
「ごめんねェー」
この如何にもなぶりっ子声を出してしゃべる彼女こそがこの話の主人公、月下雪菜。現在十二歳。春生まれの麗しき中学一年生。
イギリス人の祖父を持つクウォーター。髪の色は地毛である。
彼女は間違いなく学年一の美貌の持ち主だった。もしかしたら学校一かもしれない。雪菜が入学してきたときは全学年から見学者が現れたぐらいなのだから。雪菜自体はこういう扱いはもう慣れてしまったが正直言うとうんざりしていた。
それ故に告白を振る時は怪訝そうに、露骨にいやな対応を心掛けているというのに求愛者は一向にたえない。
「付き合うならもっとォ華奢で華やかなほうがいいなァ」
今回は気を使っているほうなのだ。だって、相手が同じクラスの男子だから、当たり障りないようにしたいではないか。
しかし、彼もそう簡単には引き下がらなかった。
「俺は、アッシーくんにもミツグくんにもなります!」
「今は平成なんだけど……」
「執事でもしもべでも雄豚でもかまいませんから!」
家業
なんという執着心。雪菜もさすがに嫌気がさして表情をこわばらせる。
まあ、こんなこと珍しくもないのだけれど……こういうときはいつも、“あの手”を使って切りぬける。出来る限り使いたくなかったけれど仕方がない。
「“オレ”はソッチの趣味はねーの。さっさとうせろ」
先ほどとは打って変わった低い声でそうつぶやくと覚悟を決めてツカツカと少年の前へと歩み寄った。
そしてぐいっっと少年の顔をつかむと自分の股間に押し付けた。
「わかるゥ? 雪菜の事」
「……雪菜ちゃんに……雪菜ちゃんに……なんかツイてるゥ」
少年は盛大にシャウトした後、気を失った。雪菜はため息をつくと一枚のメモを彼のポケットに入れた。
そこにはこう書かれていた。
「秘密ばらしたら殺すぞ 雪菜ヨリ」
語尾にハートマークをつけて可愛くは装ってるがかなりおっかない。
あまりのショックで少年は泡を吹きながら倒れている。
無理もない、恋焦がれた美少女が“男”だったのだから。雪菜はうふふと笑って少年を軽く担いだ。
「先生―! 保健室一匹収容お願いします」
窓越しに保健室に声をかけた。夏だから、網戸なのだ。
「雪菜ちゃん、罪作り!」
そう言って苦笑する養護教諭は、校内で雪菜の正体を知ってる一部の人間だ。
もともと遠い親類で、此処に入学する許可が下りたのは彼女がいたからと言っても過言ではない。
そのまま彼女に少年を渡すと雪菜はスキップをしてその場を去っていた。
混乱する読者のために解説を始めよう。雪菜は男である。
男なのに女の子として学校に通っているのは雪菜の家が理事長と知り合いだからだ。
絶対にまねはしてはいけない。違法だ。
「……あいつ以外に求愛されたって承諾しないってのっ」
いら立つ気持ちを落ちていた小石にぶつけ、雪菜はパン、と両手を払うようにたたいた。
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