*君のいない楽園本編2章後の設定でお送りしています。
よろしければ、そちらをお読みになってからご覧になることをお勧めします。








 夏場だから、当然怪談特集の番組がテレビで頻繁に流れるわけで。
 暇なので、小枝子は自室のテレビをつけてぼんやりそれを始まるのを待った。
広げっぱなしのノートには、明日提出分の宿題はすべて終えてある。暇なので、自習も済ませておいた。

 それでいても、やっぱりすることはなくて。
 暇を持て余した結果、携帯で友人との適当な雑談を終えた後テレビの電源を入れたのだ。
それから適当なチャンネルを渡り歩き今にいたる。

 先ほどほのかに何かつまめるものを、と頼んでジュースとマシュマロをもらってきたところだ。
後でクッキーを焼いて持っていきますとも言っていた。

「さーえこ」
 こんこん、良いうノックの音とともに千鶴の声がした。
「クッキー、姉さんが届けろって」
「あけていいよー、ありがとうね」
 頭だけ振り返って、千鶴の顔を小枝子は見た。嬉しそうないつもの微笑。
フリルのついたパジャマなのは、いつも通りというか……
夏場でも、相変わらず長袖で、キャミワンピ(一応は千鶴の要望で白にピンクの小花模様ではあるものの、そっけないほど何もついていない)
の小枝子から見ると正直厚くないのかと問い詰めたいぐらいだ。

「千鶴もテレビ一緒に見る?」
「何を見てるんだ?」
「んー? なんか怪談やるんだってさ」

「……かい……だん?」
 千鶴の眉根がピクリとひきつった。
「……見る」
「苦手なら、いいんだけど。別にどうしても見たいって番組じゃないし、好きなの一緒に見ようよ。
クッキーもあるんだしね?」
「平気だ。むしろ得意で大好きだ」
「なら、いいんだけど……」

 千鶴はトレーをテーブルの上に置いて、小枝子の隣にクッションを手繰り寄せて敷いてから座った。さりげなく小枝子の手を、ギュッと握りしめた。
少し手が震えてるように感じるし、目がうるんでいるのを、小枝子は気が付いていたけれど、
ここら辺は男ごころをくみ取って黙っていることにした。



 しばらくして、テレビが始まった。
どうってことない、投稿内容の紹介VTRだとか、心霊写真の解析だとか、そんなものなのだけれど、千鶴はそわそわした感じで画面を見ている。
 ので、小枝子はとりあえず「こわいー!!」と口だけ叫んで千鶴に抱きつくように抱きしめた。

「平気だ、小枝子俺がいる」
(……その言葉まんまあんたに返したいよ千鶴……)
 苦手なのに、自分のために耐えてる姿がかわいいもんだから、小枝子は笑いを含んだ笑顔をつい浮かべてしまう。

「うわっ」
「どうしたの?」
 わかっていて、つい聞いて困らせたくなる。

「……驚いただけだっ」
「おびえた顔してたけどなあ」
「痛そうだったから……」
「確かに血だらけだもんね」
 テレビに映るのは、死んだ兵隊だとかそんなんで当然エグイ状況になっている。
続きは気になるのだけれど、このままだと千鶴がさすがにかわいそうだとおもったので、テレビの電源を落とした。

「小枝子?」
「もう無理。こわい。寝るー!! 千鶴も寝よ!」
「あ、ああ」
 小さなため息を、小枝子は聞き逃さなかった。
ぺたんと座りこんでいるその様子から、腰を抜かしているのだろうと推測して、手を引っ張ってベッドに誘い込む。千鶴の泣き顔は、たまにさらにから買ってみたいという欲望を小枝子に抱かせるけれど、
それよりもまず母性のほうを刺激するのだった。

 声変り前の甘ったるい声に、容姿、かわいらしいもの好きで少女趣味。
一般的な男性像とはちょっとずれるけれど、そんな希少価値差が小枝子のお気に入りなところだから別にいい。
たまに強がって、カッコつけたりするところもたまらなく愛しいのだ。

 ベッドに入ると小枝子の背中に千鶴はぺったりと張り付いてくる。
「怖くないからな」
 それは、どちらに向けて言ってるのかすらわからない。
それぐらい、声は震えてどもっていた。
今にも泣きだしそうで、小枝子は声を出さずに笑った。

「ありがとう、頼りになるわ」
(……かわいすぎる……!!)

 そのうち背後から小さな寝息が聞こえたので、小枝子も本格的に睡眠への準備に入った。



 泣きじゃくる声。何事かと小枝子は目を覚ました。
 布団からはい出てくると、隣で千鶴が泣いていた。
小枝子に気が付くと、顔を真っ赤にして逃げようとした。
しかし、千鶴はそのままベッドから転落する勢いだったので、小枝子はそれを抱き寄せる羽目になった。

「……何、どうしたの?」
「…………」
 答えはない。
代わりに、抱きしめた千鶴からひんやりとしたべっとりとした服の張り付きを感じた。
「……ああ、そういうこと」

「…………」
 あえて何が起こったかを、小枝子は口にしなかった。
とりあえずはと、千鶴をなだめるようになでた。
きっと泣いてる顔は見られたくないだろうからと、顔をついでに胸にうずめておいた。

(……いかにも、そっちの類苦手そうなのに強がってまあ……いや、そういうところがかわいいんだけど……)
 何でだろう。不思議とこんな姿さえほほえましく思える。
 たいていの人は粗相を笑ったり、からかうけれど理由が自分のためで、
なおかつ相手が千鶴だから、そうい対象にならないのかもしれないけれど。

 小枝子は千鶴の嗚咽が収まったのを見計らって、体をゆっくりとはがした。
「千鶴、シャワー浴びに行こうか?」
「…………」
 千鶴は黙って頷いた。
「ごめんな、あの」
「謝んなくていいから、千鶴は悪くないでしょ」
「でも……」
 自分のせいで、と言いたげな千鶴。
 彼は自分の非力さを痛い脅理解しているし、わかっていてたまに暴走する節がある。
今回も、意地を張らなければよかったと後悔しているのだろう。

「あたしに気を使って、そばに居てくれたんだね。ごめん、起こしてくれれば一緒に動いたのに……あたしが怖がりだから」
「……小枝子……」
「ほら、また泣かない。行くよー? どれぐらいで上がる? シーツの後始末適当に済ませて、今度は千鶴の部屋に行こうね」
「……そうだな」
 もじもじしながら、小枝子の様子をうかがう千鶴に思わず苦笑しながら先へ先へと歩いて行った。
千鶴の足が遅いのはもう慣れたので、ペース自体はそんなに早くはないのだけれども。

「小枝子」
「んー?」
「……ありがとうな」
「何のこと?」
 くすくすと笑い、シャワールームに千鶴を押しこんだ。

「すぐに戻ってくるから、ゆっくり浴びててね。服も適当に持ってくるから」
 こんなことをしていると、小さなあのころを思い出す。
 啓人が泥だらけになって、それを一緒に洗ったり、転んだ彼を泣きやませたり……
同じ情は情でも、全く違うものを感じてはいるものの……。
(保護欲がわくんだよなあ……千鶴は)
 その、啓人を自分に返してくれたのは、千鶴たちで。
 自分のことでいっぱいいっぱいな小枝子に、チャンスをくれた。
その後、千鶴だって余裕なんてないことに気がついて、尚にありがたく思った。

 小枝子は千鶴の部屋へと向かい、中に入った。
相変わらず少女趣味な部屋。
そこでふと見つけた、フォトフレーム。
いたってどうってことない普通の木目のシンプルなもの……だったらしい。
プリクラを周りに張ってあって、今一元のデザインがわからない。
 そこには、小枝子と啓人とほのかとの、4人で撮った写真。
まだあの頃は啓人たちは秘密を隠していたけれど、それでもその写真の中では笑っていた。

 もし、背景が病室でなければ普通の楽しげな写真だっただろう。

(だからってあたしとのプリクラでデコるにもほどがあるだろー……)
 小枝子にいたっては、手帳をほのかに進められてそれに一応自分の分を思い立ったときにまとめて張っているぐらいで、
ひどい時は財布に入れたまま切り分けもせずに放置している。
一応、携帯の待ち受けは千鶴と一緒に撮ったプリクラにはしてあるけれども……というか待ち受け作成がプリクラのおまけで付いてきたので、それをそのまま使っている。

「えーと、確かこのあたり」
 小枝子は押入れをあさる。そしてメンズらしい服がないことに苦笑した。
 とりあえずパジャマらしき水色の上下を選んで、それと下着は上にあるものを選び、パジャマの中に押し込んだ。
なんとなく気恥ずかしいからだ。
(……ひらがなで名前書いてあったんだけど……あれはきっと、ほのかさんの仕業……)
 小学生じゃないんだから。なんかウサギのマークもついてたような。
 気にしないようにしつつ、自室からシーツをベッドから引きはがした後、シャワー室に向かった。

「千鶴―ここ置いとくね」
 小枝子はそっと着替えを置いてあった籠の中に入れた。
そしてガラス戸越しに自分の姿が見えるように背を向けて座った。
きっとそのほうが千鶴が落ち着くと思ったから。
さすがに直で見ているわけにもいかないし……。

 まだ少し、眠いけれど……千鶴かわいさにちょっと無理をしてみたりして。
 きっと千鶴だってそうだったのだろう。
少しの無理をしてでもそばに居たい、笑顔を見たい、よく見られたい……好きだからこその欲求だ。

 小枝子だって、しとやかにふるまおうかと迷ったことがあった。
そのほうが釣り合うと考えて、一人もんもんやったり。
 結果、千鶴は今の小枝子が大好きなことが判明し、磨きはしても削る必要はないんだと悟った。

「小枝子―……」
「んー?」
「空けていいか?」
「あ、うん。退くよ。タオルは籠に入ってるから……ってうわ」
 突然、ドアが開いた。
そしてそのまま千鶴がどさっと倒れ込んできた。
(……めっちゃ体中熱いんだけど、千鶴……)

「のぼせるほどシャワー浴びたの……? 千鶴」
 ため息をつきつつタオルに水を少々含ませほほを拭ってやった。
「んー……」
「シャワーでのぼせるってどんだけよ……」
「……すまない……ぼーっとしてた」
「それはいつものこと」
「…………」
 ふと、冷静に自分の状況を考えてみる。
あわてて小枝子はタオルを千鶴に押し付け、身を放した。
普通の男女なら、もっとお騒ぎになる状況なのだろうけれど、
ある意味手慣れている小枝子とそんな余裕もない千鶴では何も起きなかった。
 さすがに恥ずかしい、とかそういう感情はあるけれど……小枝子はハンドタオルで自分の濡れた部分をごしごしやった。

 鏡越しに、千鶴の裸体が少し見える。
細くて、白くて、傷跡だらけの体。
濡れて重くなったであろう長い黒髪。ふさぎがちな瞼から、きれいに伸びるまつげ……。
それに対して、小枝子は……ふざけて腕を折り曲げると、筋肉がぽっこりと膨らむ。
ある意味釣り合いのとれた組み合わせだと小枝子も自覚している。

「うわ」
 急に頭をタオルで拭われ小枝子は悲鳴を上げた。体も少しのけぞった。
「千鶴、何!?」
「さっきおれを支えてくれた時、頭も濡れてしまったみたいだから……ごめんな」
「……ああ、それならついてるって言ってくれれば拭いたのに」
「俺が拭きたかったんだ」
「え」
「自分が汚してしまったものの後始末は……本当は自分でしたかった。何でも、だから」
「気にしてないよ?」
「……それでも、情けない」
「あたしのため、でしょ?」
「…………」
「しゅん、としないの。千鶴が悲しそうなのあたしだって嫌だよ? ほら、さっさと千鶴の部屋行こう? 
じゃないと夜が終わっちゃうよ。寝不足で明日学校行くの? いやでしょ?」
「……ああ」
 小枝子の笑顔に引導されるように、千鶴ははにかんだ。
そのまま二人はシャワー室を後にして千鶴に自室で朝まで熟睡した。
 ……まではいいのだが。


「小枝子さんあなたまた千鶴さん連れこんで……いやこの場合はむしろ千鶴さんの部屋に乱入!? 
しかもベッドシーツが汚れたってなんかやらかしたんですか!? 小枝子さん、答えてください!!!」
(……ほのかさん、先走りすぎ……というか本当千鶴がかかわると性格が変わるよね……
普段は仏頂面が愛想笑いしかしないのに)

 般若の顔で怒鳴るほのかに、耳をふさぎつつおびえる千鶴。
それを見つけたほのかが、千鶴のほうを見てあわてて表情を作りかえる。

「ああもう……千鶴さんがかわいくてかわいくてかわいいからって駄目ですからね!! まだ早いんです!!」
(むしろほのかさんの創造が速すぎと思うんだけど……千鶴にそんな発想はないと思うし)
 小枝子にいたってはうんざりしていてもう当分そういう関係をつくろとは思わないし。
今のピュアピュアな恋愛で十分幸せだし。逆に新鮮で、愛情を感じるぐらいだというのに。

「姉さん……? 何の話をしているんだ……? あれは……えっと」
「顔を赤らめて……あああああ!!!! やっぱり小枝子さんあなたっ……!!」
「何もしてませんってばあ……!!」
「じゃあどうして千鶴さんが恥じらうんです! なんでですか!!」
「いや、あれはその……あたしと千鶴でテレビ見てたらジュースひっくり返してねれなくなったんで、
テレビの続きも見たいから千鶴の部屋で一緒に……で、そのままあたしが寝ちゃって、千鶴は追い出すわけにもいかないんで一緒に寝てくれて……」

(ってことにしておこう……)
「そうなんですか? 千鶴さん」
「えっと……」

 小枝子のほうを、千鶴がおずおずと見る。
いいのか? と無言で尋ねるように。だから、小枝子は小さくうなずいた。

「……だって寒いだろう? それに俺に運ぶだけの力はないし……姉さんを呼ぶのもなんだし、
そもそも小枝子を起こしたくなかったから……」
 千鶴の表情は、すごく申し訳なさげだった。
「千鶴ってば優しいから」
「さえっ……」
「あらまあ、そうだったんですか。早とちりしてしまいすみません。千鶴さん、立派ですよ」
「…………」
 千鶴は何か言いたげにしつつ、黙り込む。

「千鶴と一緒に居れて、寝れてテレビ見れて楽しかったよ?」
 だから、そっと小枝子は耳元で千鶴に囁いた。
そうすると、多少もやもやが晴れたのか安心したように軽く笑った。
 見えないように手を後ろに回し、千鶴をなでながら、機嫌のよくなったほのかが「では、朝ごはんを用意してきますね」と去っていくのを見届けた。

「小枝子」
「何? ……お願いだから謝らないでね」
「…………」
「あたしが、求めてるのは完ぺきな男らしさとかじゃないんだから」
 千鶴が、小枝子に女の子らしい、上品さを求めているわけではないように。

「千鶴のそういうかわいいところが好きなんだから」
「かわ……」
「たまにカッコいいところも」
「……逆がいいんだけれどな、本当は……」
「無理したら、あたし怒るよ?」
「それは嫌だっ!」
 即答する千鶴に、いとおしさがあふれて小枝子はがばりと抱きついた。
 一瞬もがこうとした千鶴も、黙ってされるがままにしている。

 そこに温かいスープをほのかが運んできたために惨事は起きた。
「先にスープをどうぞ……って小枝子さんんん!!!!! 
なああにしてるんで……すかああ…ああああーーーーーーーーーー!!」
「!?」
「小枝子危ない! 姉さん熱い!!」

 とっさに千鶴が叫んだものの、もうすでにスープは2人の頭上にかかっていて……
結局2人は、昨日から数えて3回目のシャワーを浴びる羽目になったのだった。
 ちなみに、最終的にはなぜか千鶴にほのかが怒られていた。
時々力関係がわからなくなる二人だな、と小枝子は思った。