学校に行く日は、意外とあっさりとやってきた。
初日から、小枝子は冷や汗をかいていた。これでいいのだろうか。
この髪色で。眉毛はマスカラを塗ること前提で剃ってあってすっぴんでは薄い。

「眉なしは人相悪く見えるよねえ……あたしツリ目だもん……あーどうしようどうしよう」
 柄にもなく焦ってみる。赤い淵の大きな全身鏡をにらんでみては、うなだれる。ため息をついて、ギュッとそでを握りしめる。
 スカートの丈は、スパッツがあるので自由だというけれど、一応ひざ下。
でも、顔から順番に視線を落としていくと違和感を感じる。

(顔が浮いてる……後胸)
 よりにもよってどうしようもない部分。

 派手な顔立ちは、薄い顔立ちよりこういうときに困る。
まつ毛をきるのはさすがに嫌だし……ああもう、濠を深く見えないようにするのはどうすればいいのか。
いくら頭をひねっても、答えは出ない。

 胸をさらしでなんてまいたら、夏場の今は暑くて蒸れるに違いない。

「姉さん! 姉さん!! みろ!! 小枝子超かわいいだろ? なっ?」
(いつの間にかほのかさん連れこんで千鶴がいるし。中には入ってないけどドア開けてるし)
 目がきらきらしてる。
「あーはいはい、朝食だからと呼んできてと頼んだはずですがあなた話聞いて行きましたよね? 
馬鹿ですか? まあ馬鹿なところがかわいいんですけど」
(ほのかさんも駄目だろそれ!!)
「ブーツを長めにしてミニにしてもいけるなあ、でもなあ……校内でブーツはなあ……夏だし」
「千鶴さん、落ち着いて下さい」
「髪の毛を二つで束ねてまいてもかわいいなあ」
「あたしは落ち着きたいんだけど、いろんな意味で」
 テンションが壊れた千鶴は腕を組んでわーわー小声ではしゃいでいる。

「あたしを着せ替え人形にしてもいいから、まずは学校に合わせた服を教えてよ、
もう、こう……転校生感あふれる話しかけやすいような」
「今のままじゃダメなのか?」
「派手でしょ」
 金髪の中1転入生だなんて。外人ならとにかく。
「普通だよなあ?」
 千鶴がほのかに尋ねる。

(千鶴の基準じゃあねえ)
「無問題ですね」
「え」
「えって何ですか。本当ですよ? だって芸能科がある学校で髪色規制してたら入学者減るでしょう。
仕事柄、奇抜な色に染める機会だってありますし……それが許されるから、選ぶ芸能人多いですよ」
「あー……そういう理由」
「ですから、別に周囲は見慣れてますしいまさら気にしませんよ」

(ならいいんだけど……金髪自体は似合うと思うんだけど、自分でも)
 元々、母親も昔から明るい色に髪を染めていた人だったし、それに似た自分が似合うのは別におかしなことじゃないし、むしろ誇りだ。
 大好きだった母に似ていることは、自分の唯一の愛せる部分。
他のパーツが誰に似たのか、小枝子は知らない。父の顔は、見ないようにしていた。
みたくなかった。見てしまえば、恨んでしまうから。
 大事な母を捨てた男。名前も、聞かないようにした。

 最初からそんな人いなかったのだ。
 母は、聖母マリアのように小枝子を生んだのだ。

 きっと、そう。
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「じゃあこのまんまで行く」
「今日のシュシュはこれな、パステルピンク!」
「はいはい」

 はしゃぐ千鶴からシュシュを受け取り、黒いゴムの上からつけた。

「似合うな! な?」
「ええ、パステルピンクは女の子をかわいらしい雰囲気でごまかしてくれますから、ぴったりです」
(ひどいこと言われたあああ!!)

 ショックを受けていると、ぐう、とおなかがなった。
そして、時計を見て、叫び声をあげそうになった。

「やばい! ごはん! 時間!」
「時間はまあとにかく、転校生ですから遅れてもいいとして……ごはん、冷めちゃいましたよ、もう……」
「ごめんなさいっ」
「最初から冷やしたスープだったのに、姉さん小枝子をいじめるな」
「ばらさないでください! はずかしいじゃないですか、もう」
「小枝子が落ち着くようにって言ってたのに何で隠さなきゃいけないんだ?」
「……ああもう、ですから小枝子さん、早くっ」

 ほのかは二人の視線を振り切るように早口でまくしたてると、先に行ってしまった。

「照れてるんだな、姉さん」
「今行くから待って、一人じゃ迷う」
「俺も迷った、1カ月ぐらい」
「……いくらなんでも長くない?」
「今日は、ソラマメのスープと、コラーゲンたっぷりな粥にフリードリンク」
「フリードリンク……」
「好きなもの指定していいんだぞ?」

 意味は分かるけれど、まるでお店の飲み放題のようだ。
ほのかはなんだかんだで、小枝子に気を使っている。
前から世話を焼いてくれたけれど、口で言うほど、小枝子をモノとして見ていないように感じられる。

「ありがとう」
「ミックス系だって、作ってくれるし。今日はシェフはいないけど、姉さんはバー経営してたこともあるから」
(何者なの、ほのかさん……)
 本当、正体不明すぎる。小枝子はスカートを手でなでてから部屋を出た。
黙って歩きだした千鶴の後を、おなかを鳴らしながらついて行った。



 二人の言葉通り、小枝子取り立て目立つこともなく学園の門を通り抜けた。
全体的に茶色で統一された建物たちは、ひびなど見られず立てたばかりかと思ってしまうほどだった。
 生徒たちの外見も様々で、制服さえ着ていれば自由だというのは事実らしい。
でっかいリボンを付けた人、性別と服が間逆な人、タイツに穴をあけてピアスをあけまくっている人、どこかで見たような美人……多分芸能人らしき人など。そっちの知識に疎い小枝子には断言はできないけれど
……一般人ではないな、といろんな意味で思わせる人がいた。
 胴着を着て走り回る生徒もいたし、恐竜校と言っちゃっていいだろう、それも大型の。
マンモスじゃ、絶対足りない。

 ヘリから降りてから、千鶴は芸能人のように愛想よく声をかけられるたび手をひらひらやっている。
理事長の子息だからなのか、性格故か。

「千鶴さんおはようござーす!」
「元気だったか? 田村」
「はいー、差し入れおいしかったです!」
「あ、私もー」
「鈴木はジャムクッキー好きだっていったもんな」

 気さくに小枝子と同じ年齢ぐらいの女子生徒とも会話しているし。

「その子、誰ですか?」
(……ようやく聞かれた)
 みな当たり前のように千鶴にだけあいさつをして去っていったから、もう誰にも聞かれないかと思っていた。
ここなら、転入生も多そうだし。

「かわいいだろう?」
「ちょっ」
 何を言い出すのか、まったく。
「ちづ……」
「俺の彼女だ、よろしくな」
「……ああもう……」

(普通そこは名前とかを教えるもんじゃないの?)
 女子二人は「へーそーなんですかー」と笑顔で返して「よろしくね」と手をさしの絵べてくれた。
警戒しつつ握ったけれど、前の学校みたいに思いっきり力を込められるなんてことはなかった。
 緊張してほほが釣ったけれど、小枝子も笑顔を作り名前を名乗った。
 好意を前面に出されると、逆に不安になってしまう。

千鶴たちと違って、彼女には小枝子と仲良くする利益はないだろうし……。

「お前ら同じクラスだったよな? D組。普通科の」
「そうですよー、安藤さんD組?」
「……みたいで」
 小枝子も初耳だ。
「千鶴さん、そういうのは真っ先に本人に伝えましょうよ」
「え。言ってなかったか?」
「うん、言われてない」
「そっかあ」

(そっかあ、じゃなくて)
 マイペースに千鶴は笑っている。
ほのかはただ空気のように後ろについて回るだけ。誰も彼女にはあいさつもしないし、彼女もしない。

「じゃあ、説明とかも頼めるか? 田村、鈴木」
「かまいませんよー、ただし差し入れ多めで!」
「それぐらいなら、かまわないが単位は優遇しないぞ? テストも」
「わかってますって」

 高い声で少女二人は笑う。

「安藤さん、行こう?」
「え、あーうん」
 ぼーっと突っ立ってた足を上げ、二人のほうに駆け寄った。

 普通の女子といういでたちの二人は、少し小枝子には怖く思えた。
普通は逆なんだろうけれど、自分と別の世界の子のように思えた。
 受け入れてもらえる自信がなくて、すべての言葉にひきつり笑いで返答した。
田村が下で結んだ二つの髪を揺らして先を歩き、小枝子の隣をショートカットの鈴木が歩いた。
彼女は二人ともバレー部の仲間らしく、どちらもすらりとして長身で、当然のように化粧っ毛がなかった。
 好奇心旺盛そうな瞳は、屈託なく三日月形になり、時々口元もおわん形に曲がる。

「大丈夫? 緊張してる?」
「……えっと」
「しょうがないよねー……知らない学校に一人だもん。あがるって」
「うんうん、入学式終えてしばらく経つと入りにくいもんだし
……でも逆にだからこそ覚えてもらえやすいし、安藤さん美人だから人気出るよ、男には相手にされないだろうけど」
「千鶴さんの彼女じゃねーえ……そんな怖いことできないよ」
「傲慢なタイプじゃないけど、やっぱ理事長の子息の意見は絶対になっちゃうだろうし、退学とかありえそうだし? 
そんな自殺行為しないって」
「うん……」

 ある意味、それが保険となってみんなが優しく接してくれるかもしれない。
だからあえて、千鶴は先に彼女だと伝えたのだろうか。
(……そこまで頭回るかなあ)

「ついたよ、ここが1年生たちが使う4階。なんで一番上? って感じだよねー。
受験生に楽させるため、なんだってさ。でもここ私立だし一緒じゃんねー?」
「うん……」
 さすが体育会系ともいえるのか、二人はとてもハイテンションだ。
「まだ学校ついてる人少ないから、クラスもガラガラだあ……」
(あれで? 人ごみすごかったんだけど)
「しゃーないね、とりあえず席は昨日のうちに一セット増えてるはずだから……あったあった一番後ろに増えてる」
「安藤さん、視力悪い? 悪かったら私前のほうだから変わるけど?」
「あ、大丈夫。視力はどっちもAだから」
 ようやくちゃんとした返事を返せたと思う。
それぐらい、小枝子はドキドキしていた。教室には5人ほどの生徒が教科書や本を広げて静かに座っていた。廊下にも数人、談話している。
小枝子のほうをちらりと見て、すぐに視線を戻した子もいた。

「席順表は後ろに貼り出されてるから、そこ見てね」
「うん」
「で、安藤さんは部活どこに入る?」
「バレーやろー??」
「んー、千鶴と居たいから」

 最強の言い逃れの言葉。
 本当は爪をきりたくないだけだ。後、面倒。
運動は好きだけど、部活に入るのは上下関係とかそっちの面でつかれてしまいそうだったから。

「あー……残念」
「安藤さんって、大会経験あるよね? 前県大でみたもん」
(ああ、あの助っ人アルバイト……あの後バスケもやったっけ)
 数こなしすぎて覚えてもいない。髪の色の関係で、印象に子った人も多かっただろう。
黒髪スプレーは、汗をかく競技では服が黒く染まってしまうから、なるべく使わないようにしているし、それを周囲も立場上了承していたから。

「一応」
「もったいなーい……」
「けど、まあ千鶴さん優先だよね。わざわざ転入してくるぐらいラブしちゃってんだから」
「いいよねえー……」
「あ……はは」
 力なく笑うしかない。
 暫くして、生徒がどんどん増えてきたので、教室の中に移動することにした。
入口付近に突っ立っていたので、邪魔になってきたから。
 そこで、二人に教科書はどこまで進んでいるか再確認させてもらった。
どれも、何とか授業は聞けるレベル。理解はたぶん、頑張れば何とか。

「色々ありがとう」
「んーん、別肉じゃないし気にしないで。ここ、転入生自体珍しくないから」
「普通科はそこまで出入り激しくないけど、芸能科とかは事務所に入ったばっかの子とか来るよ。
近場じゃ活動に支障が出るぐらいになったりするとね」
「あー……」

(よくわかんないけど)
 母親は物心つくころには芸能界から足を洗っていたし、幼馴染の親の、彼女の相方とは最近連絡が途絶えている。
テレビに出ているかどうかは、まず小枝子がチェックしないので知りもしない。
「安藤さん、最初芸能科の子かと思ったよ」
「わたしもー!!」
「かわいいしねえ」
「なんか昔すっごく似た芸能人活躍してなかった?」
(げっ)
 ばれたくは、ない。
「気のせいだと思う」
「そういえば、安藤って名前じゃなかったなあ」
 それは芸名だからだ、都はあえて言わないでおく。
 本名で活動すると、ストーカー被害になど合うかもしれいと事務所が芸名を進めたのだ。
だから、母親の名前は非公開のまま引退となった形になる。

「なんかツインボーカルでやってたよーな」
「最近はピンでやってるよね、片方」
「ああ、あの年齢不詳の天使みたいな」

(……元気にしてるんだ)
 ほっとする一方どうして連絡をくれなかったのかとへこんでしまう。
やっぱり、故意に遠ざけたのだろう。
子供ながらに、親友でありライバルな二人が大好きだったのに。
 何度も何度も見た、ライブの映像。ビデオのテープが伸びるまで、繰り返し見た。
輝く舞台で声を張り上げて笑う、元気な葉はの若き日々。

 それが唯一彼女と会える方法だったから。
 DVDが支流になって、ビデオデッキが壊れてからは、大事に取っておいてはあるけれど、ラベルの文字は何度描き直したか覚えていない。
 中には擦り切れて、ボロボロになっているものもある。
「すごいよねー、子持ちでしょ? あれで」
「私のお母さんもあんなんだったらなあ……あこがれるな、アイドルだったお母さん」
「そう?」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。忙しくてかまってもらえなさそうだなーって」

(いけないいけない……本音が)
 事実を隠さなきゃいけない、何としても。
   前の学校は当然のように噂になっていたけれど、なるべくここでは知られたくない。
芸能科がある学園で、有名人のむs目という事実をしられるとややこしくなるから。

「あ、担任来たー」
「安藤さん、自己紹介とかあるからあいさつも兼ねて一度咳たったほうがいいよ」
「あ、うん」

 二人に促される形で、初老の男性教師のほうへ歩いて行った。
軽く頭を下げて、自分の名前を告げる。
すると、当然事情は知っているので、クラス全員に席に着くように促し、小枝子を教卓の横に立たせた。
 定番だけれども、名前をチョークで黒板に書かれて少し恥ずかしいと思ったり。

「安藤小枝子です、よろしく……」
 頭を下げながらこっそり生徒の顔を見る。
 誰もが好意的か、無関心な表情を浮かべていた。
小枝子に対してモロに不快さを感じている様子を見せた人は一人しかいない。

(なんか一人めっちゃ睨んでるんだけど……)
 明るい茶髪の、丸めの童顔の美少年。髪はぎりぎりボブにいたらない感じの、中性的な感じ。
 見覚えのない顔だけれど、直接的じゃない理由で小枝子の顔を知っているのかもしれない。
とりあえずは、こっちからはだんまりで行こう。むやみにつついてもめたくないし。

「みんな仲良くやれよー? まあ、もう友達はできてるようだが」
 先ほどの二人との光景を見ていたからだろう、担任はそれ以上何も云わず席に戻るよう勧めた。
 そのまま授業が始まって、何人かに自己紹介をされ規則的に時間は過ぎていった。
隣の席の男子とは仲良くやれそうだったし、前の女子も好印象。深入りするつもりは最初からないので、それぐらいでいい。

 千鶴歳優先。

(……そう言えば何で千鶴は直接案内しなかったんだろう? この学園に詳しいはずなのに
……部活があったのか、目立つからなのか……)

 それならば、登下校のほうが目立つだろうし……どこかひっかかる。

「安藤さん」
「あ、はい」
 名前を呼んでたのは、3年の制服を着た女子生徒。
 手には、どこかの黒色のショップバック。
「これ、千鶴ちゃんからご飯。食堂もあるけれど、3年優先だから入りづらいだろうから当分は弁当だって」
「あ、わかりました」

(……なんで、直接来ないの?)
 ガサガサと包みをほどいて、付属のタンブラーと一緒に机に置いた。
さっきの二人と女子数人がやってきて、机を寄せてお弁当を分け合い食べた。

(来ても、いいはずじゃん……?)
 やっぱり、好きなそぶりをするのは疲れるのだろうか。
 だから、今は普段通りに過ごしていて、家では母が来るのを恐れての過剰演技? それとも練習?
(……ご飯に集中できない、会話も知らない名前ばっかでてきていちいち説明してもらわなきゃできないし……)
 一緒に、食べたかったのだろうか、自分は。小枝子を自問自答のように思った。
箸の先をコツン、と唇に押し当てて、答えを考えた。



「安藤さんですよね?」
「ですけど」
 帰宅準備をしていたところに、例の男子が話しかけてきた。
まるかった目はつりあがり、不機嫌さをはっきり現わしていた。
「前の学校どこでした? 学区は?」
「え」
「……××ですよね?」

(やっぱりあたしのこと知ってるんだ……)

「えっと……その、今忙しいから」
「ああ、帰るんですもんね。へー、浮気……本当、遺産目当てですか? 
千鶴さんをあえて狙うなんて、そうとしか思えない。男として、魅力のあるタイプではないでしょう」

(なっ)

 むかっときた。

「あのねえ、好きかって言わせておけば……別に千鶴は魅力なくないし!! 自由じゃないのっ……!!」
「ならあの人とどうして付き合ってたんですか!!!」

 彼の目には、しっかりと涙の粒がたまっていた。
生徒たちは目線をやっては、気にとめてなげにふるまいそそくさと去っていく。

「どうして、って言われても」
(誤解されている相手が誰だかすら判断できない……え、なに、どういうこと??)
 とりあえず相手を落ち着かせることを優先したほうがいいだろう。
 小枝子は、彼の腕をつかみ強引に近くの席に座らせた。
「とにかく、千鶴以外に本命はいないから!」

「本当か? それはうれしいな」
 本人がいた。

「千鶴!? え、何で居るの?」
「迎えに」
「どうした? この男子は」
「え、っと」
「安藤さんと付き合ってるって本当ですか!!」
 男子の興奮はいまだ収まっていないようで。
まくしたてるように彼は叫んだ。千鶴はそれに対してゆったりと目を見開きして、ゆるく笑った。

「そうだが? 一緒に暮らしてるんだ、今」
「じゃあ、もうあの人とは」
「何がどうなってるか知らないが、小枝子は俺の彼女で、俺は小枝子の彼氏だ。それが事実だ。
とりあえず、操縦士を待たせている。またにしてくれないか?」
「……わかりました」
 千鶴はさすがは学園最高権威の持ち主というか、笑顔でことを絞めてくれた。
男子はばつが悪そうにその場から去り、自分の席から教科書を取り出し鞄に詰め始めた。
千鶴がいくぞ、とつぶやくので小枝子も鞄をあわてて席に撮りに行くと彼の隣を歩いた。

(……どんなとこに行っても、事実は消えない、かあ……)
 過去は、消せない。たとえ小枝子には仕事でお金がほしくて行為を重ねた相手でも、本気で接してきた「客」だって多数いた。
表向きは彼女のふりをした経験もある。
二股がばれるたびに、上客のほうに乗り換えた。

「あなたが本命なのよ」とつぶやいて甘えれば、男は満足げににやけ。もっと上等なものを小枝子に与えた。
 そんな生活を、数年の間続けていたのだから、仕方がない。この狭い県内で、どれだけの数をこなしたか。

「小枝子」
「……」
「俺は、お前の過去は気にしない」
 千鶴は、小さな声で言った。
「だから、俺についても聞かないでほしい」
「……うん」

 それがある種の対等だと、小枝子も理解できた。
 その後二人は会話を交えることなく、ほのかと合流しヘリに乗った。

「どうでした? 初登校」
 沈黙を破ったのはほのかだった。
「え、別もどうもなく」
「ならいいのですが」
 口元が、少し右側だけ上がっているのは、何を言いたいのか。
 そのままほのかは空の風景を楽しむように窓を見つめていた。
小枝子は彼女に朝もらった音源の入った音楽機器を使い、はやりの歌を聞いた。
少しでも周りになじめるように、と最新の曲や定番の曲を彼女が詰め合わせてくれたのだ。

 千鶴は載ったとたんすうすうと眠ってしまい、まだ夢の中だ。
空をさまよう感覚がゆりかごのように睡魔を覚ますのかもしれない。
単に疲労からかもしれないけれども。

 小枝子はぼんやりとした意識の中、音楽に気を集中させようとした。
そして流れだした音楽に、その感情を高ぶらせるしかなかった。

「小枝子さん?」
「……これ」
「これ? ……これとは?」
「この曲……」

 すい、とほのかが小枝子の耳のヘッドホンを抜いて、自分の片耳にだけさした。

「LOVEyou……パラソルタイムが歌う、カバー曲ですね」
「原曲は」
「Is。……ああ」

 ほのかはしっかりほほ笑んだ。
「小枝子さんのー……」
(どうして、不意打ちに)
 動じるな。冷静になれ。小枝子は、ギュッと服の裾をを握りしめた。
 これは、母の声じゃない。よく似ているけれど、別の歌手が歌っていて、もうあの声はない。
今を彼女は生きていない。

 泣きそうになった小枝子を見て、ほのかがその機械をいじった。

「この曲は、今はあなたにはいらないですね」
 そう言って、カチカチと音を立てて、データを削除した。
「あ……」
「おあわせてなさらずとも、音源は私が所持しています。本体があれば、問題ないのですから、興味を持てるようになったらまた……」
「はい、えっと」
「千鶴さんには内密に、と?」
「はい……」
「大丈夫ですよ、彼はあの時代なんて知りませんもの。
今の流行歌なら、多少知っていますでしょうけれど、あくまで知っているのは歌詞のフレーズだけ、そんな浅い知識ですから深く悩まなくていいんですよ。
連鎖的にイメージするのは、ある程度世間を生きている人の身ですから、彼は無関係です」
まるで千鶴がそうでないという言い方だ。

 確かにほのかに比べれば、確実にそうだろうけれど。
 軽い衝動を得て、ヘリは洋館の前に降りた。ほのかは千鶴を起こし、三人で無言で洋館に入って、それぞれ自室へと向かった。
特に千鶴は、おぼつかない足取りで壁に寄りかかりながら歩いて行った。

 ほのかは小枝子に夕食前に呼びますとだけ告げた。
 小枝子は勉強のまとめをしたいと思っていたから、自主的にベッドの上で教科書を開いた。
純粋に勉強ができることがうれしくて、1時間ぐらいあっさりと過ぎていった。
お弁当のタンブラーに入っていたお茶はまだはいっていたから、のどが乾けばそれを飲んだ。

 白いふかふかの布団は、力を抜いていくほどに柔らかく気持ちのいいものだであったから、小枝子はリラックスした気持ちでペンを走らせた。
時々教科書のコラムを読んでみたり、真面目すぎるだろうかと自分で不安になるほど知識を頭に詰め込んだ。
 今までが必死だったから、それでいい。
勉強ができることは悪いことじゃないし、後先を考えたら今のうちにしておくことだろう。
遊びまわることへのあこがれもあるけれど、まだそんな余裕は小枝子にはなかった。 

 一人っきりで、集中して難しげなことを考えて、それの答えを出すことへの達成感を感じることを繰り返しているほうが、よっぽどすっきりする行為だった。
友達はほしいと思う。でも、今は学園生活を味わっておきたい。
 特別秀才にならなくてもいい。それなりで。
 体力自慢だけで就職できるほど、今の世の中甘くない。
携帯に時々来るクラスメイトからのメールには、そつなく返事をしていたしそれはそれでいいガス抜きになった。
今度プリクラ撮らない? なんてメールは、飛び上るほど嬉しかったし、お勧めのお店があるだとか部活の勧誘メールも苦じゃなかった。

 今がすごく自分にとって大切な時期で、それなりに充実しているという事実を増えていくノートの文字やメールを見るたび実感した。
 形がに残るものがすべてじゃないとしても、やはり形ある物で努力や好意を示されると「普通」はうれしい。
 過去のような、求めてない心からの好意をももぎとってきたときは、そんな満足感を感じることはなかった。
 女子が交換中だったプリクラを、休み時間に少し恵んでもらえたので(自己紹介ついで、らしい)手帳に張っていくと、顔がにやけた。
この輪に入れるかは別として、この人たちと仲良くなれるかもしれないのだ……。

 期待から、口元がぐにゃぐにゃする。
 携帯が鳴ったので、見てみるとほのかからの夕飯の誘いだった。
それでようやく小枝子は制服のままだったことに気が付き、部屋着にあわてて着替えた。

「小枝子―、今日のご飯は和風ハンバーグと冷ややっこだ。後ご飯。
付け合わせの野菜もあるし、おいしいぞ。この漬物や梅干しを冷ややっこに乗せると直美味しいんだ」
らオフピ  待ち構えていたかのように手をぶんぶんしながら、近寄ってくる小枝子に隣に座るよう催促する千鶴。
逆の手でこんこんと椅子をたたかずとも、一番近いのはその席だから座るつもりだったけど、好意を素直に受け入れてゆっくり腰を下ろした。

「大根おろしも美味しいんですよ」
 そう言いながら長い爪で大根をゆっくりおろしているほのかの図は少し奇妙。
ネイルアートもしっかり施されているけれど、いいのだろうかとちょっぴり思った。
「いただきます……」
「お風呂は一番湯をどうぞ、お取り寄せの温泉湯がありますから」
「いいなあ、一番」
「千鶴さんは今まで常に一番湯だったんですから譲りなさい」
「じゃあいっしょに入ればいいじゃないか」
「……おバカさんですね……」

 ほのかが大根を降ろす手を止めげんなりとした表情でつぶやいた。小枝子もそう思う。
それでも動じずに苦笑いで済むのも、自分でどうかと思う。
 男性と風呂に入ったことなんて数えるほどしかないけれど、いや、普通は親族や子供ぐらいとしかないのかもしれないけれど
……さすがにないと思った。恥ずかしいだろうし。

「とりあえず、小枝子さんが一番風呂なんです。千鶴さんは復習」
「……えー……勉強は学校だけでいいじゃないか」
「少しでも成績が落ちたら小枝子さんのせいにされますよ、小枝子さんと付き合ったからだ―って」
「それはいやだ、離れたくない」
「でしょう? ってわけでがんばりましょう」

(うまいなほのかさん)
 そこまで小枝子にこだわられる理由はさんざん悩んでもわからないけれど。

「小枝子さんもわからないところあれば気軽に聞いてくださいね。一応塾の講師の経験もあるので、私」
(どんなだけ仕事経験してるの……ほのかさん)
 そして3人は食事をゆっくり味わって食べた。
どの料理も、久しぶりに中学生らしい会話を交わしたせいかおなかが減っていて、何度も小枝子はお代わりした。




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素材はここでお借りしました。
NEO HIMEISM