こじ開けないでほしい。
そんなものは、見たくもないし知りたくないから。
知らないことで、保たれてる現実だから。
「小枝子」
千鶴がご機嫌に小枝子に抱きついてきた。
なんだなんだと、小枝子がきょとんとしながら彼の頭をぐしゃりとつかむ。
「……どした?」
いつものこと、と言えばそれまでだけれども、今日の千鶴はなんかハイな気がする。
フリル上昇中小花大量発生中というか。
(今日のパジャマはいつも以上におとめチック……フランス貴族みたい)
小枝子は前の学校ジャージである。
パジャマはもらっているし普段はそれを使っているのだけれど、昨日は習字の課題をしたまま寝てしまったのだ。
前の学校に戻る気はもうさらさらないし、汚してしまってもいいやと思って着替えたら、
意外と綺麗な姿のまま作品は完成してしまった。
……そんな事はどうでもいいとして。
「千鶴機嫌いいね」
「あのなっ今日お弁当上手にできたんだ!」
「そうなの。どんなの作ったの?」
千鶴が手をパタパタさせて目を輝かせる。
「えっとなー、チーズ入りのビーフロールカツ作ってみたんだ! 絶対おいしいぞ!」
待ってましたとばかりに早口でしゃべると、ずいっと頭を小枝子につきだす。
「そっかあ、ありがとうね、千鶴」
そっと千鶴の頭を小枝子がなでてあげる。
小枝子の言葉に、千鶴がものすごく満足げな顔をした。
「でも別に学食でいいのに」
「……俺のお弁当、迷惑か? たべたいメニューがあるのか?」
「そうじゃなくて、千鶴寝てないでしょ」
「え」
千鶴、超動揺する。軽く口元がひくついている。
「このテンションの高さは徹夜明けとみた」
「……そんな事は、ない」
あげく今度は目が泳いでる。
(じゃあどうして戸惑ってるの)
大方小枝子に喜んでもらいたくて試行錯誤したのだろう。
廊下に立ってる今も、いいにおいがぷーんと漂っている。ほのかの料理もいつも香ってはいるけれども、
それは千鶴がつけたまんまのエプロンから発生しているらしかった。
「だって……」
「いい子だから今日は学校休んで寝てなさい」
「……やだ」
「どうして」
「今日は小枝子、球技大会だろ?」
「そりゃそうだけど、あれ学年別で千鶴関係ないじゃない」
「……だけど」
応援に行きたい、と小さな声で千鶴がつぶやく。そんな事だろうと思った。
「だーめ。千鶴は人ごみに弱いでしょ? しかも男女混合あるんだよ?」
「だからいやなんだっ」
「安心して。何も起こらないから」
(よっぽどの馬鹿じゃないとあたしに何かする人は出ないっての)
「やーだっ」
「何をそんなに……」
球技大会なんて、そんな大げさにはしゃぐようなものじゃないだろうに。
自分が出る側の小枝子だって、特に気にしてもなかったイベントだ。
そりゃあ、体育の授業は対外その話題で持ちきりだったけれども、クラス対抗だったから、
どれに出る出ないはバレーかバスケかどっちか選ぶだけ。
つまりは半々。深く気にせず小枝子はどっちでもいい、と答えた。
……ら、人数合わせで両方に組み込まれてしまった、けれども。
小枝子的には別に特に負担でもない。
元々こういうのは得意だし、なじむきっかけになるかなーと、ちょっとした欲もあるし。
なんだかんだで、小枝子は助っ人に離れているし部活にも入っていないのだから暇な人としてクラス内では認識されているだろうし、
一部に助っ人経験を知られてるから仕方がないと思った。
(別に苦じゃないしね)
だけど、千鶴がそんなに執着するのはわけがわからない。
「何、ブルマじゃないでしょ、こっち」
「何の話をしてるんだ小枝子……」
真顔で不思議がられてしまった。
何だ、下心はないのか。
まあ千鶴だし、おかしくないけど。
「運動会じゃないんだから」
「だって俺運動会強制的に室内待機だし」
「……そっか」
「1年の時、日射病で倒れたから……」
あまりにも容易にその光景が浮かぶ。
「体育館も暑いよ? ボール出てかないように締め切るし」
「……でも」
しゅん、と千鶴が悲しげな顔になる。
うるみ始めたその瞳を見てるとすごい罪悪感。
「千鶴さん、小枝子さんおはようございます」
そこにほのか参上。
強制的に千鶴を抱きかかえる。
「ねえさっ……!! おろ……」
「駄目ですよ、千鶴さん。あなたまた熱でてきてるじゃないですか。メッ」
「小枝子の応援するー……」
「途中でぶっ倒れられても迷惑です」
もっともだけれども、ちょっときつい。
予想通り、千鶴が半泣きになっているし。
「千鶴、お弁当だけで十分だから、休んで? ね?」
「へぇきぃ」
千鶴の声がすでにほわほわしている。
口元はふにゃんふにゃん。
呆れたほのかはそのまま千鶴を抱きかかえ、額に手を当てた。
「……熱上がってますね」
「すみません、なんか」
「小枝子さんは気にしなくていいんですよ。千鶴さんこういう人なんで……
当事者でもないのに大はしゃぎして……馬鹿なんです」
馬鹿と言いつつ顔は笑ってるほのかだった。
当然のように千鶴は留守番することになった。
本人は不満を丸出しの表情をして小枝子を見つめていたが、
どんどん顔色が赤くなっていくのを鏡で見せてみたら、意外とすんなりあきらめた。
というわけで、今回はヘリは操縦士さんと二人きりでのった。
学校に着いてすぐに、純が寄ってきた。
「遅い」
「千鶴が熱出しちゃって」
「……相変わらずですね、あの人……」
「ええ、まあ。何? 知り合いみたいな」
「知り合いですから」
さらりと純。
「一時期僕、彼と一緒の施設に居たんですよ、って知りませんでした?」
「……知らないよ。そんなの」
「……もしかして僕、余計な口ききました?」
「過去を詮索するなとは言われてるけど……」
「……じゃあ、これ以上はいいません。あ、少年院とかじゃないんで。
千鶴さんはあなたと違って非行には一切は知ってないのでそこは安心しておいていいですよ?」
嫌みなやつだ。小枝子だって別に非行に走っていない。
嫌、援助交際は非行だろうけれど、別に少年院に入るような大犯罪を自主的に行おうとは思わない。
そんなの、めんどくさいとさえ思う。
(時間がもったいないじゃん、そんなことしても)
そのうち鈴木たちもやってきて、とりあえず着替えた。
1年が使う第2体育館へ向かう。2年生は第1体育館。
教室から近いほうをお互い使っているだけで深い意味はないらしい。
3年は、受験のためにこのイベント自体が存在しない。
とはいっても、外部を受験する人など、ごく少数の私立エスカレーター校なのだけれども。
「安藤さんすごいよねー……二つも」
「そんなことないよ」
「練習大活躍だったじゃん?」
「ねー」
こんな感じの会話を、たくさんのクラスメイトと繰り返した。
ふと、千鶴の様子が気になった。
……さびしがってるんだろうなあ。
きっと、一人布団に丸まって携帯を見つめたりするしかできないんだろうな。
それとも、ほのかが付き添って、リンゴをすりつぶしてあげているのだろうか。
――心配だ。
ホイッスルが鳴る。集合の合図。
クラスごとにかたまって座って、説明を聞いても足がむずむずして落ち着いてはくれなかった。
「きゃああああああ!!!安藤さんすごいいい!!!」
「なんだあれ……」
「さっきからゴール決めまくりじゃん。ダンクまできめて……」
「かあっこいいいー!! 無所属だけど、助っ人経験あるのって本当だったんだ……ああ、だから千鶴さんの相手なのね」
(ほめすぎだっての……)
そりゃあ、チームの得点は小枝子が一番入れているけれども。
……正直、拍子ぬけるほどすいすい点が入ったから、小枝子はびっくりした。
男子の目もないし、思いっきりやれるはずなのに、どうもバスケ部は強制的にバレーに回され、
逆もしかりというルールのせいで一番の実力者は形式上は無所属の経験者小枝子にしぼられてしまったのだ。
(多分、本当の部員混ぜたら大した力じゃないんだろうけど……)
一応は選抜レギュラーと対等に戦える力があるわけだから、
普通の女子を相手にしてまえば確かに小枝子はずば抜けて強いのだ。
あまりにもあっさりしすぎて逆につまらないな、と小枝子は思った。
手を抜こうか。でも、今小枝子に期待している人たちががっかりするだろう。
一応は卑怯な手は使ってないし、敵チームもお祭り程度にしか思ってないせいかピリピリとした雰囲気は漂ってない。
ただ呆気にとられて一緒にすごいすごいと騒いでいる。
小枝子のいた中学とは大違いだと思う。
きっと、あの学校ならずるいよね、と陰口をたたかれただろうに。
純粋に尊敬の目で見られて、少し小枝子は照れた。
そして、決勝前。
小枝子は最高の待遇でお昼を迎えた。
「安藤さんお疲れ―!!」
「ありがとう―!!!」
「超助かった!!」
「おー女子すごかったんだって? 安藤」
「……ありがとう」
嬉しいけれども、囲まれてしまっては恥ずかしくて仕方がない。
「ってわけで差し入れで―す!!」
「って言ってもただのスポドリなんだけど」
あはははと笑いが起こる。
そして小枝子の周りをみんなが円陣を作るように囲って、嬉しそうにお弁当の包みを広げ始めた。
小枝子も、もってきたお弁当を広げた。
千鶴が作ってくれたお弁当。
色々なものが入っていて、すごく食欲をそそる。
ニンジンはかわいくお花の形にきってある。
いわゆるデコ弁仕様で、ご飯は食べやすいように三食おにぎり。
梅で作ったピンクに、わかめのみどりに、普通の白。
中は明太子にいくらが入っていた。豪華豪華。
(んー……このうさぎちゃんリンゴおいしい)
シャクシャクと音を立て咀嚼しながらふと千鶴のことを思い出す。
具合は大丈夫だろうか。……気になってきた。
「ねえ、ちょっと抜けていいかな」
「え。どうかした?」
「もうすぐ準備始まるよ?」
「ちょっと……電話かけたいだけだから」
「ここでいいのに」
「……それは」
もにょもにょと、考え込んでいるとそこに純が割って入ってきた。
「同居人が体調崩してるんだよ、連絡ぐらい二人きりでさせろ」
「同居人って……千鶴さん?」
「えー……」
ざわざわしつつも、発言者が純なもんだからみんななかなか文句を言えないでいた。
「さっさと行ってください」
純が小枝子の背を押したので、「ごめん、ありがとう」と言い逃げるようにその場を去った。
本当、純はかかわりたくないと思われてるんだなあと感じた。
理由はいまいちわからないけれど。
走りながらメールを打った。早打ちも慣れたものだ。家業
調子はどう? と。
暫くしても返答はない。眠っているのだろうか。
電話をかけても迷惑はかけないだろうか。
ああ。
(具合悪かったらどっちにしろ応答できないじゃん……)
だからと言って帰るわけにもいかないし。
交通手段はなくもないことはないし、一応お小遣いはお財布にチャージされている。でも、結構時間がかかる。いつもヘリだし、洋館あたりへの道のりはいつだって携帯での地図任せ。今だ覚えられない。
しかも地図に洋館が表示されることはない。記憶が頼りなのだ。
携帯が鳴る。あわてて小枝子はそれを開く。
「千鶴!?」
「……さえこー」
(よかった、いつもの千鶴だ……)
ふにゃんふにゃんした甘い声。
「大丈夫? 具合悪くない??」
「眠い……」
「ああ、そうならいいの。眠るのが具合悪いときの一番の対処法だから。
帰りに本とかいろいろ買ってくから、静かに寝てて?」
「んー……」
声がよわよわしい。
「さえこー……」
「何?」
「勝ってるか?」
「うん、調子はいいよ?」
「ならいいんだ。優勝してみんなと打ち解けて来い、な? 俺よりも」
「千鶴?」
「じゃあ、またあとで電話するから……多分放課後に」
「わかった。がんばるね」
どうってこともない会話。
それができるだけでほっとして、小枝子は言われるがままに携帯を閉じた。
体育館では、純が腕を組んで待っていた。
「遅いですよ」
そういいながらも、微妙に顔はニヤついているように感じられた。
「ラブコールお疲れ様」
「……もういいかえすのも面倒だわ」
「どうぞ持続してください」
「まあ……そのほうがあんたにとってはいいもんねー……」
「佐久弥様があなたに揺れるとは思いませんが、世間体がね……」
「まだ考えてるんだ?」
「そりゃあ、佐久弥様が後ろ指さされるのなんて僕は望んでないし」
「それでも」と純はごもる。
「僕は無理やり気持ちを変えようとは思わないしできないほど膨れ上がってるんで、この感情は」
「ふうん」
純の言葉は、じわじわくる。
「ずっと千鶴さんを好きでいてくださいね。まあ、告白もしてないみたいですけど、どっちも。
婚約者にはなってるようですが」
「あんたどっから情報を」
「ほのかさん」
「……ほのかさん……」
いつのまに。
そりゃあ、純を味方につけておけば色々と利点はあるだろうけれども。
小枝子は純が持ってたボールを奪いながら、バスケの最終試合に挑んだ。
純は、また口元だけ笑って去っていった。
2へ(まだ工事中)→
素材はここでお借りしました。