(気になる、さっきの美青年!)
その理由は千鶴に顔が似ていて好みだからとかそんなものではない。
何かどうも引っかかるのだ。
芽衣と千鶴に向けた視線が、申し訳なさと言うよりもさみしさからくる悲しげなものだった気がしたから。
絶対、他人なんかじゃないはずだ。
これ、小枝子の直感。
確か、この変を歩いていったはずだと、消えた方向に向かって駆け出して、なるべく人取りにのないところを目指した。
芸能人なら、大通りは避けるだろう、ということで。
で、寂れた商店街で、彼を見つけた。
手にはなぜかあんまんをもっていた。
夏場なのに、ホッカホカの湯気が出ている。
「あのっ」
「……? 僕ですか?」
振り向いた美青年は、やっぱり千鶴そっくりで。
髪の長さも同じぐらいではあるものの、センターわけなので印象は違う。
眉毛も薄く短く、はかなげな印象は近いものの、眼力が倍ぐらいある。
うるんだ感じではなく、しっかりと小枝子をじっと見つめる黒い眼。
「……何か?」
「えっと、その」
「先ほどの……女の子ですよね? すみません、巻き添えにしてしまって……」
「それはどうでもよくて」
「では、どうして僕を追いかけて」
「あなた、整形したって嘘でしょう?」
「え?」
目をまんまるに見開いて、美青年は小枝子を見た。
「……まあ、公式では隠しててますけど……してますよ、整形。小さいころから定期的にメンテナンス」
「それは嘘ですね」
「何でそう思うんですか?」
「だって、見覚えあるんです、この顔に」
「それはさっきの男の子ではなく?」
「母が、芸能人だったもので……あなたが子役として活動してた時に、そう言えば見たことがあったなあと」
「人違いでしょう」
さらり、と美青年は言った。
めんどくさそうに、あんパンを紙袋にしまいながら。
「あなたみたいな顔がたくさんいるわけないでしょう。
むしろもともとそういう顔の人がいたらそっちの人のほうが売れてると思うんですけど」
「替え玉とかは考えないんですか?」
「演技はすぐ身につくものじゃないと思うんですけど。特に子役は、そう簡単にマネれるものでしょうか。声質までも」
「…………」
美青年は、手を顎にあてて考え込むように小枝子を見た。
「勘違いですよ」
それでも、意見を変えようとはしない。
役者だけあって、表情も変わらないので、気持ちが読めない。
「でも、あの視線は……他人に向けられたものじゃなかったですよ」
「……そんな事はありませんよ?」
「本当のことを話してくれませんか。じゃないとコネを使って調べ上げます。
そしてそれを雑誌に売りますよ? あたしはお金がほしいんです。だから、そのためなら何でもします」
(そんなコネとっくに消えてるけど)
勢いでついたウソだったのだけれど、それには以外と美青年は動揺したようで、ピクリと眉が動いたのを小枝子は見逃さなかった。
「……絶対に、2人には言わないね?」
「いいません。あたしのなかのもやもやが解決すればいいだけのわがまま何で。
……だって、そうじゃないと……すっきりしないんです」
「それはわがままだねえ」
「わかってます。でも……ああもう、少しでも千鶴のことが知りたいんです。それじゃあだめですか!? 理由」
「そんなので十分だと思うよ。僕だって、感情に流されて、理性が吹っ飛んでああなったんだから」
美青年は歩きだす。ので、小枝子はそれを追っかける。
商店街はシャッターが閉まってる店のほうが多いので、人通りも少なく、今時の芸能人に興味のなさそうな年配の人々しか歩いていない。若い女は小枝子ぐらいだ。
祖母らしき老婆と手をつなぐ幼稚園児ぐらいならいるけれども。
長い脚を持っているだけあって、美青年の一歩はでかかった。
多分、千鶴達より背が高い。
すらりとしたモデル体型で、昔の洋画の美少年のような優雅さと華を感じた。
芸能人の中でも、片手に入るぐらいの美しさだと思う。
……小枝子は芸能人詳しくはないのだけれども、ギリシア彫刻のようだと思った。会合
それに対して千鶴は甘い感じの印象を受けるけれども、基本的なパーツはやっぱり見れば見るほどそっくりだ。
長いまつげに、華奢な身体。そりゃあ千鶴のほうが線が細いけれど。
声だって、どう考えても美青年のほうが低いのだけれども。
(千鶴が成長したら、こんな感じになるのかなあ……)
そんな考えが、頭によぎるぐらいにじっと彼を見つめる小枝子。
それに気がついて、彼はクスクスと笑う。
「何かついてる?」
「いえ」
「……嫌なぐらい似ちゃったよね、あの子は」
淡々とした、小さな声だった。
「芽衣のほうは隔世遺伝でうまくごまかせたけど……千鶴はね、もう僕の子供時代を見ているようで……やんなるよ」
「…………」
「僕は最低だから、親を名乗る資格ないし、親でないと思ってもらいたい。特に芽衣は恨んでるようだから。僕は親になる資格もないし」
「話が見えないんですが、あまり」
「……双子の本当の父親は、遺伝子上は僕だよ。それは嘘じゃない。でも、僕の年齢と立場を考えてみてよ?
白い目で見られるのは母親と、子供のほうだ。僕が白い目で見られる分にはどうでもいいよ。僕はまだ24。子供が15。どう考えてもおかしなことだろう? 周りはみんな年上である二人の母をたたくだろうし……すべては僕の過ちであっても、知名度の差で僕の見方が多いだろし、攻撃的なファンもいる。
知られたら終わりなんだ」
かすれるような声で美青年は続ける。
「僕は彼女に依存してた。そして、彼女は僕を哀れに思って抱いた。そういうこと。全部僕のわがまま。親に見捨てられたかわいそうな子供のためにされたボランティアでできた子供なのさ、2人は」
「ボラ……?」
「愛してなんかなかった。きっと抱いたのは、僕に対しての同情」
「でも、産んだってことは」
愛情があるってことじゃないのか、と小枝子は続けようとして、美青年の悲しげな表情を見てやめた。
千鶴と同じ、あの顔だ。
「……そんなもんじゃないんだよ、おろすことは。精神的に結構来るんだよ、あれ。僕は女の子じゃないけど……芸能界はそんな事結構あるから、泣いてる子をいっぱい見た。仕事のために、命を捨てた子を」
「…………それでも。2人を、お母さんは愛して」
「そうだね、2人のことはね。だけどどうかな? 僕のことは、恨んでるんじゃないかな。
せっかく劇団に入れて、調子が良かったのに、僕の世話係になっちゃったばっかりに……夢も何もかも……僕が奪っちゃって」
美青年ののど元が震えている。
平然を装っても、やっぱり精神的に話すだけできつい内容らしい。
手元が、黒髪を何度もいじる。まるで不安をごまかすように。
ごろごろと、雷が鳴り始めた。
「天気が、悪くなってきたね」
美青年が言う。
「……風邪を、引いちゃうから帰ったほうがいいよ」
「貴方は?」
「僕は、大丈夫。丈夫だから。それよりも弱いあの子を守ってやってよ」
目元が、ふにゃんと揺れる。
絶対、この人は千鶴のことを想っている。
芽衣にだって、そのお母さんにだって。愛がある。
小枝子でさえ、わかるほどに……。それなのに、それを隠そうとするのは、どうしてか。
それが愛からくるものなのだろうか。
(……あたしには難しすぎる)
好きなら、結婚する。子供を産む。一緒に育てて暮らす。
それは、誰もが望むことで、それが相手がこの世に居るのならば、何としてでも手に入れたいと思うことじゃないのだろうか。
それが「幸せ」ならば。
(――しあわせに、なれないから? そうしてしまえば不幸になるから?)
小枝子の中に浮かんだ結論は、あまりにも悲しい現実で。
ああそうだ。そう簡単にはいかないのだ、現実は。
生きたいから生きる。それすらも、自由にいかないのだ。
望まれた人が生き残れる世界なら、なんて考えたことも小枝子だってある。
思った以上に自由が利かない世界なのだ、「現実」は。
だから、みんな逃避先を求めて旅をする。それが夢だったり、仕事だったり愛だったり。「現実」に自分を縛り付けれる何かを。
ただ生きているだけじゃ、苦痛だけど、死んでしまうのも苦痛だから。
どうにかして、生きていたいと思う理由を探す。
そしてその答えを見つけても、現実でそれを実行するには一人じゃできないものがほとんどで。
メジャーリーガーになりたい。
そんな夢を持ったとしても、ボールが買えなければ、チームの枠がなければ、才能と時間と健康な身体がなければ……運だって……たとえでさえ、きりがない。
そんな特殊な夢じゃなくても、恋愛だってそうなのだ。色々なものが交差して、現実は動いている。「心」が絡まって恋が生まれる。
いくつもの、いくつもの。そしてそれは見えない。
そしてそれはちぎれる。そしてそれは絡まる。
「そんな悲しい顔をしないで」
美青年が諭すように小枝子をなでた。優しい、温かな掌。
「一応君には連絡先を教えてあげる。……できれば、普段の写真も見せてほしいな。……千鶴たちもさりげなく映して」
「やっぱり」
「え?」
「やっぱり、気にかけてるんじゃないんですか……っ」
千鶴のことも。芽衣のことも。
「……気にはなるよ」
でも、と美青年は口ごもる。
「僕が両手を広げて会いに行く権利は、ないんだ……」
何かが小枝子の頬に振れる。冷たい。
「あ……」
「雨、降ってきたね。ほら、早く帰って。これ、名刺だから」
「あの」
「ほら早く……」
にっこり、彼は笑顔を浮かべてはいたけれど。
(……顔びしょびしょだった。あれも……雨粒なの?)
「……早く来いよ、千鶴達まってる」
「芽衣」
芽衣が、代表してか傘を両手に持って立っていた。
「芽衣、びしょぬれだよ。いつからいたの。意味ないじゃん、傘の」
「……車が、はねたんだよ」
「目に入ったの? それで」
からかうようにして、笑い飛ばしたけれど。
芽衣の目元は真っ赤で、きっと千鶴もそばに居たのだろう。
忘れものとみられる千鶴の赤い小銭入れが、そこに落ちていた。
「……みんな、雨だからびしょぬれなんだよ。……お前もな」
「そうだね」
小枝子も、小銭入れを拾って傘を受け取り、ひらいた。
あれから。
小枝子は美青年の名前を知った。
楓という芸名で活動する涼という人間だということを。
メールでだけど、2人の親になった経緯も改めて教えてもらた。
小さいころから売れっ子だった彼は、2人の母に惚れた。
そして、大事にしてもらい、情けで抱いてもらった。
実際はどうだか知らないけれど、彼の視点から見ればそういう関係らしい。
一応は千鶴達に支援として、給料の一部を送ってはいるけれど、それだけじゃ足りないのはわかってる。
けれども、目の前に立つことは、やっぱりできないと。
小枝子は泣いた。泣くしかなかった。
芽衣から、写真のことを聞いていたから。
きっと、2人は両思いだ。
でも、顔をまた合わせることが「崩壊」につながるのだ。
たとえ愛し合ってても、この世界はその二人が再び結ばれることを許さないだろう。
亜衣行
漫画のように、悲恋だともてはやしてはくれない。白い目を向けられるだけで。
子供の小枝子でも、話を聞いているうちに情けない気分になって苦しくなった。
当事者でもないのに、どうしてだろう。このやるせなさは。
どうにかしたいのに、できないこともあるのだと、知った。
「小枝子」
「千鶴? どしたの?」
「たくさん、クッキーやいたんだ。余ったから、クラスの友達にでも分けてくれないか?」
「え、いいけど。喜ぶだろうし」
(……あ)
小枝子の中に、一つのアイデアが浮かんだ。
「……渡しておくね。きっとみんな喜ぶよ」
(あの人も、喜ぶ)
涼に、こっそりこれを渡しておこう。
どう考えても、大量すぎるクッキー。ひとつだけ、でっかなハート型がピンクで作られたものを見つけたから。
小枝子には、同じものをラッピングせずに贈呈されたので、きっと渡しても大丈夫なはずだ。
きっと、喜ぶ。
千鶴も、彼も。
好きでいることだけは、誰にだって許される権利だと思うのだ。
親でも、子供でも、恋人でも、誰だって。
だから、せめてこのハートをあの人に。
4章に続く
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