××は泣いていた。
誰のためかは分からない。
悔しさからか、惨めさからか、痛みからか。
それすらわからないまま涙の粒を、ただひたすら頬につたわせた。
そんなとき、ささやきが聞こえたから。
――あの時の選択が間違っていたのかもしれない。今はそう思う。
けれども、それに気が付くまで、どれだけ迷っただろう。
鳥も出せなかったものは、たくさんあった。
それでも、気が付けてよかった。そんなことは、誰にでもあることだ。
小枝子の携帯に鈴音からのメールが来たのは、数日後だった。
どこで知ったのか、と尋ねてみれば啓人の病室から出てきた千鶴から聞いたのだという。
(……千鶴警戒心ゆるいなあ……まあ、それはあたしとの関係を築くまでに分かってたけど)
まあ、隣の病室の患者の孫に、そこまで警戒は誰もしないだろう。
どこのだれか、丸わかりなのだから。しかも相手は小学生のおとなしそうな女の子。
それでも、あえてほのかでなく千鶴を選んだあたり、鈴音も考えたと思う。
千鶴はたぶん、普通に女子からアドレスを聞かれても、自分のなら教えてしまうだろう。
強く嫌がる様子が想像できない。
鈴音からのメールは、今日病室へ伺ってもいいですか、という単純なものだった。
無断ででも顔を出すことができただろうに、まじめな性格なのだろう。
元々毛糸が怪我するとそばにいて、付き添っているのが鈴音だった。
大けがの場合はいつもは出さない声を張り上げて小枝子たち呼んでくれた。
泣きそうな顔をしながら、大丈夫だよと啓人に何度も何度も言っていた。
そのころから、天使のような子供だとは、周囲に何度も言われていた。
巻き毛に、色白さに……容姿に。小枝子たちも、顔がいいとは言われていたけれど、鈴音の扱いのほうが正直大きかったし、それに対して2人は特に何も感じていなかった。
芸能界へ入りたいとか、そういう願望はなかったから。
あっさり引退した小枝子の母。
彼女はけして芸能生活の苦痛を語りはしなかったけれど、執着もないようだった。
いい思い出だった、と何度も当時のことをつぶやいてはいたけれど。
鈴音の母との出会いだとか、レコード大賞を受賞した喜びだとか……。
母はルックスもそれ場きれいではあったけれど、歌唱力がずば抜けていたから、子守歌はものすごく心地よいものだった。
何で歌手に転向しなかったの? と小枝子が尋ねると苦笑して、小枝子ができたから答えた。
歌よりも小枝子が大事だったのよ、と。
啓人が目覚めるまで、何度か自分が生まれたから、彼女は夢をあきらめたのかと考えたことがある。
けれど、たとえそれが小枝子でなくても、彼女はきっと子供を優先しただろう。
母は、2人をとても大事にしてくれた。
綺麗な顔を、ほとんどすっぴんで過ごしていた。
お化粧していたら小枝子たちが汚れちゃうじゃない、ほっぺにキスもできないもの、というのが彼女の口癖だった。
けれども、保育園に遊びに来るときだけは、きれいな身なりをしてきてくれた。
シンプルなシャツにジーンズがお決まりだったけど、スタイルが良いから華やいで見えた。
鈴音は、保育園でなく私立の幼稚園に通っていた。
英才教育がうたい文句らしく、私服ではなくしっかりとした紺の制服に、髪の毛を二つに束ねた鈴音よく見かけた。
あの頃から、鈴音は遠慮がちにしか笑わなかった。
そんな鈴音が、自主的に動いてるのだから小枝子もきっと止められないだろう。口でかなう気がしない。
(……正直感情的になっちゃうだけな気がする)
暫くして、いつもより大人びたお嬢系のセットアップワンピースを着て鈴音は病院にやってきた。
元々年の割にはお洒落で、あか抜けていたいたけれども、メイクまでバッチリしてあるものだから、迫力がある。
確かにこれなら、小学生には見えない。高校生以上に見える。
私服もいつも品がいい感じのものだったけれども、多分これは一着10万近い、小学生が自腹で買えないのが普通なブランドのものだ。
まあ、鈴音はモデルが仕事らしいから、収入源はあるのだろうけれど。
(それに、あのお母さんなら服に関してはいくらでも出してくれそうだし……)
人目を気にする人だから。
鈴音が転んで泣いても、恥ずかしいから泣かないの、と言って早く立ち上がりなさいと催促するタイプの性格だった。
普段の態度と、鈴音達の前では2重人格のようだな、と小枝子は思って見ていた。
「こんにちは、お母様」
「……こんにちは」
一対の目で、じっと鈴音は小枝子を見つめた。
すんだ瞳の眼力に、小枝子はちょっとたじろいだ。
「音羽鈴音の従姉妹の真理亜と言います」
「……こんにちは」
(鈴音ちゃん役者みたい……声音まで違うんだけど……やっぱそっちの仕事の英才教育されてるだけあるよ……)
そこに居るのはもう音羽鈴音という小学5年生ではなかった。
なんとか真理亜。そんな名前の別の人。
そんな錯覚にさえ、小枝子は見舞われてきた。
上品な笑みで、菓子箱の入った紙袋を突きつけられる。
「これ、粗末なものですが……啓人君がお好きだと聞いて、クッキーを」
「……ありがとうございます」
「チョコチップクッキーが絶品なんですよ、ここのお店」
(鈴音ちゃん、扉をあける前から別人スイッチで行く気だ……)
本気だ、この子は。そうまでして啓人に合いたいのだ。
「……後、羊羹も入ってます」
「どうも」
「……室内に入ってよろしいでしょうか?」
「はい……」
(……押されてる、あたし超押されてる)
ゆっくりと扉をあける。啓人と千鶴がまた、絵本を読んでいた。
今日は千鶴は学校を休んだ。微熱だったから、強制的に啓人の世話に回された。
ほのかは別の書物に夢中。だったけれど、やはりこの中で一番顔を先に挙げ、会釈したのは彼女だった。
「こんにちは、どなたですか?」
「啓人君の幼馴染の親類の音羽真理亜です。突然押し掛けてすみません」
「……ほのかです」
(相変わらず苗字は名乗らないんだ……ほのかさん)
ほのかに対しても、鈴音は真理亜を演じ続けた。
地元は、金沢だということで、兼六園の話だとかでお茶を濁していた。
何でこの年齢でそんな簡単にそういう嘘を作れるのかと感心してしまうほどに、自然な経歴を作って述べて見せた。
私立の高校の演劇部に入っていて、OBの有名俳優がこちらで芝居をするのでそれを鑑賞しに来たついでに
、多忙な鈴音の代わりに顔を出したという。鈴音体という手紙も、啓人に渡した。
鈴音を見て、啓人は目をぱちくりした。
そりゃあ、当然なのだけれども、いつ正体がばれないか小枝子は内心ドキドキしていた。
「真理亜……さん?」
「ええ、こんにちは啓人君。お初にお目にかかります」
啓人、その後数分無言。仕方がなしに動いたのは、千鶴。
「はじめまして、何かお飲みになりますか?」
(……あ、ちょっと片言だ)
なぜか安堵。
千鶴がペラペラ敬語しゃべっていたら、たぶん驚いただろう。
一応お客様相手という対応だけれども、何か察しているのかちょっと表情が硬い。
浮かんでいたのはいつも甘ったるい笑顔ではなかった。
「いえ、のどは乾いてないんで、結構です。お気遣いありがとうございます」
鈴音の敬語のほうが、どう考えても流暢である。千鶴がちょっとかわいそうになった。
「啓人君、はじめまして」
「……はじめ……」
「ましてじゃないよね啓人君」
「!?」
鈴音が笑顔のまま思い切り声音を変えた。
それは素の時とも先ほどまでの真理亜でもなく……。
「何してんのかな? 啓人君」
「……鈴音ちゃん……」
(あれ、意外とすんなり会話つながった)
「知ってるよ。啓人君がどうしてたか。嘘吐き。最低。見損なった」
「り……鈴音ちゃん??」
戸惑いながら、小枝子は二人に寄って行った。
千鶴は動じていない。
むしろ、両手を合わせ申し訳なさそうにこっちを見ている。
「この茶番、やめなよ」
「ちゃば……」
(たしかに母親って嘘ついてたけど、てか鈴音ちゃん性格違う……)
と、重い顔の序の顔を見たら、泣いていた。
表情も紹鴎然したような口調とは違って、思い切り化粧を崩して、ぐちゃぐちゃだった。
彼女は今感情のままに動いているのだろう。
感情を抑え込むたちの鈴音は、たぶん啓人の前に出るまでは嘘をつきとおすつもりでいた。
けれども、目の前にして我慢できなくなり、自分でもわけがわからなくなっている様子だ。
「知ってるんだよ! ずっとおばあちゃんの世話してた人から、隣の部屋の子秘密聞いてたの。
ずっと前に目が覚めてたのに、お姉ちゃんに嫌われるのが怖いからって眠ってるふりしてたって……なんでそんなことしたの!?」
秘密厳守とか、そういうものも本来はあるのだろうけれど、
正直数年も患者を意識不明という本来はしていけない嘘で描くしておけるわけがない。
何度か、もめたりするのは当然だ。
裏で何があったかは知らないけれど、啓人がその意思を一度は誰かに告げたのだ。
食事だって、用意して……そのトレーの上の患者名でばれたのかもしれない。
なんだかんだで、病棟は一つつなぎだ。
会話だって、鈴音がまた聞きしていてもおかしくない。
啓人君のご飯持ってて、ぐらいのものでは、黙っているわけにもいかないだろう。不便すぎる。
「ねえ……小枝子さんあんなに変わった。髪の毛まで金髪になって……
おばあちゃんが何度か見たときもやつれて立って、ボロボロだったって……なのになんで嘘ついてられるの!? わかんないよ!! 私理解できない。啓人君なんて嫌い!!!
私うそつき大嫌いだもん!! ママとおんなじうそつきは嫌いなの!!!」
鈴音の言葉遣いが次第に年相応のものになっていく。
泣きじゃくりだして、体の重点がぶれたのか、倒れかけたのを千鶴が拾おうとして下敷きになった。
そんな鈴音を茫然と毛糸は見る。そして小枝子と目があって、逸らす。
屹度その場から逃げたいのだろうけれど、入り口には小枝子がいるし、窓は閉め切られている。
ほのかが千鶴を起こして、泣きじゃくる鈴音をあやした。
「ちがうもん啓人君そんなことしないって……信じてたんだよぉ……」
子供特有の甘えた泣き方で、鈴音は言った。
ぽかんとしながら小枝子はその場にいるしかない。
「私たちも、知っていました」
後方から淡々とした声がした。
「……ほのかさん」
「言い出さなかったのは悪かったと思います。こちらのわがままも、入り混じった結果です」
千鶴も、小枝子を見て怒られる前の子供のようにおびえていた。
「……啓人さんと、同じようなものです。
つなぎとめるための理由がなくなってしまえば、小枝子さんはどこへ行くかわからなかった。
啓人さんも不安定で、無駄にいじりたくなかった。そんなところです」
「そんな」
みんな、グルだったなんて。
「罪悪感はありました。でも、小枝子さんは無償でのお世話など、
させてくれるタイプではないとわかっていましたから、言い出せずにいました」
今度は千鶴までぐずるように泣き出した。
「小枝子、やっぱりもうどっか行くのか? 一緒に住んでくれないか?
学校出て行っちゃうのか?? ……嫌いになったか??」
たたみかけるような千鶴の言葉が、ほのかが心配した理由すべてだろう。
パッと、返答する言葉が浮かばない。
その間にも、ほのか以外のほかの3人は暗い雰囲気だし、
ほのかはほのかで鈴音と千鶴をあやすしながら啓人を見張るのでいっぱいいっぱいだ。
「嫌だ……小枝子がいなくなるのもういやだ……、そんなの嫌だっ。啓人もそうだと思ったから、気持ちわかったから」
「もういい」
「小枝子っ」
ごたごた話してる場合じゃない。一度この場をほのかに任せて考えさせてもらおう。
そう思いたちあがった瞬間。
千鶴が小枝子の服を引っ張る。
泣きじゃくりすぎて、過呼吸になりかけていた。
「千鶴っ」
「……っ……」
「ほのかさん、千鶴が……ちづ……キャ」
千鶴がぐったりし始める。
体が熱い。そう言えば、彼は今日微熱で学校を休んだのだ。熱が上がってしまったらしい。
過呼吸と嘔吐対策に、輪廻からもらった土産袋を千鶴の口に押し当てた。
「千鶴、落ち着いて、ね?」
「……は……っ……うう」
最初は、啓人が安定したら学校は公立に戻ろうと思っていた。
洋館という宿は、多少の間は借りるつもりだったけれど、千鶴の予想通り一定期間が過ぎたら安い家を借りようと思っていた。
許嫁のふりの報酬があれば、きっと寮の1部屋は借りれると思っていたし。
千鶴を好きだとは、思った。
それでも、だからこそ利用してるような形への抵抗感が増した。そばから離れる。そういうことを考えなかったわけじゃないけれど、消えようとは思ってなかった。
付き合いましょうと宣言したわけじゃないし、自分から言い出す勇気もなかった。
けれども、千鶴がここまで思いつめるほど、自分を好いてくれるのなら、
一緒に居ることを望んでもわがままとは言わないのではないのだろうか。
「千鶴、あたし千鶴好きだよ? 知ってるでしょ? ……だから、一緒に居よう?
……学校一緒に言って、働いて……まあ、夢みたいな話だけど本当に許嫁になろうよ」
「……さえ……こ……」
ようやく千鶴の息遣いが安定してきた。
「どこにも……行かないか?」
「……言い切れないけど」
無駄に期待を持たせたくない。
「でもきっとあの事を知ったら」
「千鶴のそばに、なるべく行くわ」
千鶴の言葉に小枝子の言葉が重なり、千鶴はその言葉の続きを飲み込んだ。
「……うん」
千鶴は、そのごまかすようにして、笑ってしまった。
啓人は、黙り込んだままこぶしを握りしめて、震えていた。
「啓人」
「…………」
「ごめんね」
気を使わせて。
自分が、啓人の命を目的に生きていたのが伝わってしまったから、こうなったのだ。
自分を責める気持ちがお互いにある。
こんな場合は謝っておいたほうが楽になる。
啓人だって、小枝子が嫌いじゃなかったからこういう行為に出たのだろうし……。
それよりも、元気になってくれたことが、うれしい。
「おねえちゃあああん……っ」
啓人の瞳には、しっかりと「小枝子」が写っていた。
「やっと、その名前で呼んでくれた……」
ずっと望んでた夢。
ぐちゃぐちゃな顔で、啓人は泣きじゃくり、小枝子もつられて涙を流した。
この部屋で冷静なのはほのかだけだ。
鈴音は申し訳なさげにこちらを見ているけれども、化粧崩れで顔面がやばいのでほのかが無理やり修復作業中だ。
なので、啓人には見えないところに居る。
「小枝子さん、私からもお願いします。どうか、最後……いえ、あと数年だけでいいんです。一緒にくらしていてくれませんか?」
「……それは、かまいませんが」
ただ一つ、気にかかっていたことがある。
「……啓人はどこに行ってしまうんですか? 施設ですか?」
「啓人さん一人ぐらい、追加で養えるぐらいの広さが洋館にはあるってご存知でしょう?」
軽い口調でほのかそう言った。
つまりは、啓人も一緒においでということだ。
「啓人君、もうお家帰るの?」
そうほのかに尋ねる鈴音の声が、部屋の隅っこから聞こえた。
「はい、ですからいつだって遊べますよ。
小学校へ行ったって、たぶんまだ学力が付いていかないでしょうから、スパルタで教育します。
中等部をまたぐ頃には周囲について行けるように」
肝心の話題の中心の啓人は、まだ何も口にしない。
ぼんやりと、自分の手を宙に浮かせてため息をついていた。
「もっと早くいえば、ついて行けたのかな。みんなの後ろでも一緒に行けたのかな……」
ぼそぼそと、小さく啓人は言った。
「もうずっと後ろに居なきゃいけないのかな……」
「啓人さん、大丈夫ですよ。私の家庭教師能力ははんぱないですから」
ほのかが余裕の笑みを見せた。
「それは俺も保証する」
そこに千鶴が同意。
多分、それに関しては千鶴は経験者なのだろう。
「まあ、別室登校って手もありますが……啓人さんだとどうせ遊んでるだけでしょう、同世代の子供に混ざっても」
(……その通りですほのかさん……)
千鶴と一緒に病室に居ても、勉強をしていた様子は一切なかった。
相手をしてくれる人がいれば、彼は絶対遊ぼうとするのだ。そういう性格なのだ。
「……啓人」
「…………ごめんなさあい……」
「ううん、ありがとう、ごめんね」
小枝子の態度を見て、素直に事実を自分で述べれただけでも、相当啓人は恐怖と闘ったはずだ。
多分小枝子には言えない。
知らなかったふりをして、そのうち偶然気が付いたことにして、自分の罪はごまかすだろう。
いつ目覚めたかは分からないけれど、啓人の精神年齢は低いはずだ。
長い間、狭い部屋に立った独りで。
子供の心のまま、一生懸命彼なりに必死に考えた案。
小枝子への戸惑いも、その未発達な心ではそうすることでしか消化できなかった。
うっすらと、小枝子が望んでいたことをくみ取ってしまったのだろう。
あの頃に戻りたい。家業
また、一緒にお母さんと……。
自分じゃ足りないと思った。それは、啓人と小枝子共通の感情だろう。
「気づいてあげれなくてごめん……ね……」
ぽろぽろと涙があふれ出た。
啓人はずっと耳を澄ませていた。
目をつぶって、息を殺して、小枝子のひとりごとを、報告を、愚痴を……。
小枝子をずっと……。
毎日毎日、自分を望む声がする。
それは、やはり重圧だったに違いない。
「……愛してたのに……ひどいことした……」
「お姉ちゃん……」
「もっとすぐ、誰かに頼って笑ってお見舞いくればよかったね。
目覚めたって、言おうと思った理由も……わかってるよ……」
小枝子が、ようやく笑ったからだ。
啓人が見たかったのは小枝子のしあわせそうな姿。
それをかなえる考えが、偽物のお芝居しか浮かばなかっただけで。
かいぎょう
「僕お姉ちゃん好きだよ、大好きだよ、でも僕じゃなにもできないってわかってた。僕はバカだからわかんない」
「啓人はバカじゃないよ、浅はかだったのはあたし」
啓人の気持ちなんて、考えてやれなかった。
拒絶するだろうかとか、そんなことは考えたけれど……何を求めているか、わかってなかった。
啓人は、小枝子を好きでいてくれたのに。
小枝子をいらないものとカテゴリーしたのは、小枝子自身だ。
世間からも。
学校からも。
啓人や、千鶴達からも。
自分で勝手に要らないものだと、たずねもせずに隙間を作って。
(馬鹿だ……あたしのほうがずっと、啓人より馬鹿)
疑われるほうの気持ちも知らずに。それがどれだけ失礼かも気が付かずに。
「啓人は無理しなくていいよ……つらかったよね……こんな月並みなことしか言えなくてごめん……」
「つきなみ?」
「……気にしないで、とにかく、啓人今度一緒にお勉強しようか? 外、遊びに行こう?」
「僕と一緒でも恥ずかしくない?」
「そんなわけないでしょ? 啓人はあたしの大事な弟だもん」
でも、と小さな声で小枝子は呟く。
「……鈴音ちゃんだけには、あやまってね。ずっと、黙って、待ってたんだよ、鈴音ちゃんだって」
「……うん」
ほのかたちを責めようとは思わない。
それでも、もっと早く知りたかったとは思う。
でも、知っていて、嘘をつく立場も辛いだろう。
「啓人さん、そろそろ歩くのも苦痛じゃなくなりましたよね?」
ほのかが千鶴をなでながら言った。
千鶴は、罪悪感に打ちのめされたような表情をしている。
多分小枝子に居たいことは、まだ沢山あるのだろうけれど、空気を読んで黙っている感じだ。
「……うん」
ちょっと不安げに啓人。ちらりと小枝子のほうを見る。
小枝子は彼の手をぎゅっと握りしめた。
「ゲームセンターでも言ってきたらどうです?
プリクラとか、ガチャガチャとか……すっきりしますよ。多分。
割と近場にありましたし……今回は、特別です500円ずつお小遣い差し上げます」
(普段はもっとすごいもの渡してるんだけどね、ほのかさん……)
これもまた、気遣いだろう。
啓人がぱっとうれしそうな顔をする。
「ゲーム、僕大好き!!」
「鈴音さんも一緒に。多分、この中で一番その手に詳しいはずです」
(……ほのかさんがいくとは思えないしね……千鶴もたぶん苦手そう)
啓人が遊びまわってるわけはないし、小枝子だってプリクラなんて付き合いでさ追われることすらなく、
存在だけは知っていても撮ったことはない。
モデルたちがやたらととり方講座をやってたりするのを、この前学校で見せてもらった雑誌で見たので、
鈴音なら確かにプリクラに詳しいだろう。
「……げーむ……?」
寝ぼけた様子で千鶴が言った。
「千鶴さんは休んでなさい。熱上がりますから……小枝子さんとは、またお話ししましょう?」
「でもプリクラって……小枝子と写真……」
「今度一緒に言ってくればいいでしょう? どうせカップルで撮ったほうがいいでしょう、二人きりで」
「今日撮ってきたの……もらう」
「はいはい」
ちょっと強めにぽんぽんと千鶴の頭をほのかはやった。
暫くして、鈴音が顔を出した。メイクが治っている。というか、年相応の淡いものになっている。
元々年齢を考えたらすっぴんでもいいんだろうけれども、一応服装が服装なので、
それだとちょっと不釣り合いになってしまうのだ。
それに、彼女は一応は読者モデルなので人の目に気をつけなければいけないのだろう。
小枝子の母も、常にお洒落で居なきゃ現役時代は行けなくて、疲れたと言っていた。
「私は、いいですけど……」
鈴音がおずおずと言った。恥ずかしそうなのは、さっきの変貌ぶりを見られたからだろう。
「鈴音さんには100円多く差し上げますから」
「えっと、それはどうでもいいです」
「鈴音さんと啓人さん、啓人さんと小枝子さん、鈴音さんと小枝子さん、
三人で、プリクラ撮ればいいんですよ。ゲームセンターで遊ぶのもありですけど、せっかく久しぶりに素であえたんですから。
まあ、今日である必要はないですけどね、一気になんて」
「僕鈴音ちゃんとだけで全部撮りたい!」
「啓人……」
はしゃぎまくりの啓人に苦笑しつつ、小突く。
「だってカップルで―って、カップルって好きな人でしょ?」
「啓人、露骨な片思いだから」
(鈴音ちゃん恥ずかしがってんじゃん……顔赤くして困りながら笑ってるし)
「だって僕大きくなったら鈴音ちゃんと絶対結婚するもん! それにもうおおきいしいいいの!」
「相手の意向は無視かい」
「鈴音ちゃんも僕の事好きだよね?」
「えっ」
鈴音は、対応に困っておろおろしている。
「困ってるから、鈴音ちゃん」
もう一度啓人を小突く。そして、着替えてくると言って病室を出た。
トイレの中で着替えるというのもなんだけれども、一応千鶴がいるし。
恥じらいというか……寝泊まりしているときも大体そんな感じ。千鶴は千鶴で、そのまま病室で着替えるけれど、小枝子はあえて見ないようにしている。
本人も一応隠れるようにはしている。
(一応写真だからそれなりにかわいい恰好してかないとね)
そう思って、ほのかがくれた服の中から、赤いチェックのフリルキャミと、デニムのショートパンツを選んだ。
動きやすさも大事だから、下はサンダル。メイクは眉毛と、ビューラーとリップだけ。
本曰く、今はデカ目機能がプリクラについているらしいからナチュラルで。
あとなんかみんなは携帯とか、財布とかに張りまくったり交換したりて千表手帳まで作るらしい。
(自分の顔ならいつでも見れるけど、友達との一瞬だから記念になるんだろうな……)
まあ、詳しいことは鈴音に任せておけばいいだろう、と小枝子は鏡の前で服に乱れがないことを確認した。
「おねーちゃんっ、まだあ?」
外から啓人の呼び声が聞こえたので、パタパタとトイレを出る。
鈴音にほのかかからのお小遣いを代理で渡されて、そのまま病院を出た。
啓人がまぶしそうに、空を見上げて真っ先に歩き出した。
ゲーセンについてからは、ほぼ鈴音が前に立ち、さっさとプリクラ機をみつけてくれた。
機種も彼女が素早く選んで、府―レムだとか、背景、明るさもすべて選択。
小枝子は最初棒立ちでいたけれど、鈴音が笑顔を要求して着たり啓人が鈴音に抱きついたりと、なんだかんだでワイワイやった。
落書きは、2人しかできないので小枝子は横からのぞくことにした。
ほとんど、鈴音がてきぱきスタンプなどを張っていく。
(さすが読者モデル、手慣れてるなあ……)
普通の子もそうなのかもしれないけれど、鈴音は特にそうだと思う。
コラージュのような、華やかなものを次々に作っていく。
啓人はというと、一生懸命ぐちゃぐちゃな文字を書いてた。
(りんねちゃん、か)
なんとかそう読める。
スタンプは、シールをペタペタはりまくった状況のように、重なり合ってなんの絵がらだかわからなくなっている。
3人の顔だけがかろうじて、残ってる。そんな状況。
「できたーっ」
上機嫌に啓人が言った。
「あ、私もこれでいいです。完了にしますね。後で三等分に切りましょうー」
「みせてー……って……あ」
啓人の描いた、落書きを見て、小枝子は泣きそうになった。
そしてしばらくして満面の笑みを浮かべた。
だってそこには、大好きというへたくそな文字とともに、
小枝子の下にはちゃんと「おねえちゃん」という文字が書き込まれていたからだ。
第三章に続く
素材はここでお借りしました。