壊れたオルゴール



STORY0 信じ行くもの


  「お茶、お持ちしました」
「ああ……ありがとうチヅル」
 彼女は差し出されたアンティークのカップを手に取ってほほ笑む。
 その笑いは、何処か乾いたものだった。
 小首を傾げてチヅルと呼ばれた無機質な表情をした『ソレ』は赤子のように彼女の頬笑みをまねた。
 そうすることで、彼女が喜ぶと知っていたからだ。
「いかがしましたか?」
「ううん、何でもないの。ねえ『千鶴』、昔みたいに小枝子って読んで」
 小枝子は彼に誰かを重ねてそう呼んだ。彼は無垢な笑顔で答える。
「小枝子様」
 彼のまるで蝋人形のように白い肌は鏡のように小枝子を映してしまうのではないかという透明感で、
 ファンデーションのCMの女優よりも美しく、そしてはかなさを兼ね揃えていた。
「……チヅルは、ずっと歳をとらないのね」
 呼ばれた名前を気にも留めないように、むしろ空しささえ覚えているのか視線をどこかへ投げやって、紅茶を小枝子は啜った。
 同じようで違う。そう、何度となく思うのに諦めきれずに問うてはうなだれる。
もしかしたら、あの頃のように戻れるのではないかと夢見てしまう。なまじ見た目が完ぺきである分。
「それが、あの方の願いでしたから。自分の代わりに私が永遠を生きることが」
「元は、大人の外見に赤ん坊のような言葉だったのに……」
 彼女は自分の歳老いた外見を鏡に移し、ため息をついた。
 年の割には肌もきれいだし、皺だってほとんどないがもう世間的には若いとはどう頑張っても言えない年齢になった。
 それでもまだ、小枝子は一心に『千鶴』を想っていた。
 子育ても終え、念願の「自由」な時間が手に入ったというのに、することすら浮かばず、ただ洋書を読んでみたりしてさみしさを紛らわしながら離れで暮らす毎日。
 別に、友人がいないわけでもないし、必要とされている実感はあるのだけれどもやはり、それだけじゃ駄目なのだ。
 また“あの人”に求められて見たいと、思う。そのそのあの人そっくりのチヅルを見て小枝子は苦笑した。
「私ももう老人だし、いつポックリ行くか。あなたを残していくのは寂しいわ、チヅル」
「私も残念です、小枝子様」
 機械的に返答する声。
それは確かにあの人のもので。
「まあ。一人じゃないからいいけど」
「息子様がいますからね」
「“あなた”とのね」
 思い出してふっと笑うと、小枝子は悲しげに瞼を伏せた。長いまつげが哀愁を誘う。
 そのうちチヅルは一人時を彷徨う。
それが、本当に幸せなのだろうか。
 死は、ある意味救いではないのだろうか。
 終わりのないスタートは、辛いだけではないのだろうか。
 そう考えて、小枝子はチヅルをそっと撫でた。
温かい人体そのものなのに、その中に通った血は彼ではなく別の人のもので。
 腐ることを知らない体は永遠に綺麗なままだ。
 チヅルは己にさしのばされた手をとり身を甘えるように彼女に寄せた。
「私が私だった時には、まだ知らなかったと思うと不思議なものです」
「そうね、見せてあげたかったわ。でも、あなたも『千鶴』で間違いないのよね」
「……ご子息様に、私なんかをお父さんと呼んで頂いて宜しいのですかね……気が引けます
 すくすく育って、今は津野田の後継ぎをしている。
 子も授けて、もう小枝子はおばあちゃんだ。
 孫はかわいい。しかし、純粋ゆえにチヅルの存在を不思議がり、不気味がる。何時になってもあの時以上の年齢は重ねることはない。
 置き去りにされたまま、生きていく。もう彼の母もとうに亡くなっている。
 外からカーカーとカラスが鳴く声が聞こえる
「……あの人かしら」
「でしょうかね」
「そうよ、あなたは彼が見てるじゃない。彼は、一緒よ?
 ずっと……たとえ、姿形が違うとしても貴方の……あたしと違って、ずっと……」
「……悲しい顔をしないでください。私も、悲しいです。それに、本当の私はあちらの世界にいるのですから、
この世に別れを告げることは苦しいかもしれませんが……」
「気休め言わないで頂戴。千鶴は、消えたのよ。もう、いないの。それに……この、年老いた姿でまた愛してもらえる自信……ないわ」
 たとえ、あの世界に存在で来ていたとしても千鶴は、チヅルの姿のままだろうに。自分だけ老婆で……。
「……うまく、言葉にできなくて申し訳ないです。私は小枝子様は美しいと思います。それに、大丈夫ですよ、ちゃんと……」
「何を根拠にそんなことが言えるの!? あたしは……もう、ずっと待っているというのに……どうせなら……“貴方”が近くにいなければ忘れられたかもしれないのに……」
「ご飯、出してきますね」
 頬を、一筋の涙が伝うのを感じて、チヅルは悟られないようにその場を早々と後にした。



「……私じゃ、やはり代用にさえならないのですね」
 パンをちぎるとチヅルは庭にばらまいた。木々の匂いのする風に乗ってそれはちらばる。
すると一羽の赤い瞳をしたカラスはそれをつつき、そっとチヅルの肩に乗った。
「おいしいですか?」
 カー、と返ってくる返事にフフと笑うとチヅルはそっとカラスをなでた。
「私は、貴方が望んだ記憶はありません。
でも、いつか神様が私に記憶を与えてくれると信じていますから。
小枝子さんだって、生まれ変わります。その時、私にはきっとわかる気がします……だから」
「カー」
「信じましょう? 私の心は紛いものかもしれませんが、そのうち技術だってあがります。
私たちを救ってくれる魔法使いや神サマも現れるかもしれません。まだ、あきらめるには早すぎますよ」
 日が落ちて、程よい風が吹く。それにチヅルの長い髪が流れるように揺れた。
「カー」
 チヅルの発言は、一見独り言にしか聞こえない。
だけど彼とカラスは通じあってるように思えた。
そして、震えた蚊の鳴くような小さな声でチヅルは呟いた。
「信じましょう……」
 それは、縋り付く様な思いを込めた、願いだった。




 あとがき

 携帯サイトで連載していた壊れたオルゴールの軽い手直し入りの0話です。
 小枝子の八つ当たりのような言葉と、チヅルの微妙に空気読めてない返事はわかっててやってます。
 服装描写がないのは一応これは本編の未来の部分なので服装の想像がつかなかったので……。
 多分小枝子は人前に出るときだけお洒落してるんだと思います。一応自分の家の金じゃないので……。
 チヅルも小枝子も個人的にクラシカルな服着ててほしいですが。


2009/10/30 花野リボ