「昌彦、大丈夫かー? また怪我作って。いじめられた?」
「違う、大丈夫。僕はのろまだから邪魔なだけで」
「だーかーらー、そういうのがいじめなんだよ。
昌彦は自分なりに頑張ってるんだからそれを笑う権利、あいつらにあるか? ないと思うけど、俺は」

「……京ちゃん」
 京ちゃんと僕とは、生まれながらに違っていた。

 違う、きっと僕が皆と違ったのだろう。
 人とかかわることが苦手で、いつも勉強に没頭していて。
 気が付いたら、遠巻きに頭が良いと持ち上げて、頼ってくる人は居ても「友達」と呼べる人は幼馴染だった京ちゃんだけだった。


 その枠を、僕は自ら壊してしまった。
 あの頃母は動転した様子で刑事の受け答えに応じていて、僕はぼんやりそれを眺めつつ担架の上で涙を流した。
 自分がいかに京ちゃんに依存していたのかと思うと笑うことすら、できなかった。
 それでも僕の目に最後に「居た」京ちゃんは笑っていて。

 つらそうに、涙をためながら僕に礼を述べた。
 視線で、僕に追いかけてくるなよと語りかけながら。

 そんな想いよりも、京ちゃんの時間がほしかった。
一緒に笑って、何気なく季節を感じて。

 けれども世間は病を拒絶した。
 己の命を守るために。
 もし早めに動いていれば、何人の命が救われたか。
 それは仕方ないことなのかもしれない。けれど僕はどうしても納得がいかなかった。
 背中の傷はあまりにも深く、僕は全身麻酔に掛けられた。
麻酔の副作用も相まって、僕は一時期身も心も相当やつれていたと思う。

 そんなぼんやりとした意識の中、京ちゃんの遺体は遠くに埋められると聞いた。
 その姿さえ、見てはいけないと言われたけれど骨だけは何とか手に入れる事が出来た。
もう、こんな惨劇を繰り返さないように、僕は京ちゃんのかかった病気について熱心に研究した。

「昌彦先生、何してるんですか?」
 研究員の初老の女性が空に向かって拝む僕を不思議がって話しかけてきた。

「……大好きな人に、気持ちが伝わるように、ってお願いかな?」
 自分でも気恥かしい言葉だとは思う。
けれどもこの行動を短直に、かつ正確に説明できる言葉はこれ以上になかった。
 京ちゃんがかかった病気に関わりたいと、研究したいと思う人は当然少なかった。
 けれど僕は自分の名を高め、稼ぐことで人を引き寄せることを目指した。
悲しいけれど、この方法が一番手っ取り早かった。
 懸命に勉強したし、見た目を磨いて軽い金稼ぎもした。
 もちろん、合法の……自分で言うのは恥ずかしいけれどモデルだとか。

 研究室は次第ににぎやかになった。
中には僕と同じ境遇の人もいた。すべてがすべて、損得でやってきた人ではないことに僕はうれし涙を流した。

「へぇ、遠距離恋愛ですか?」
「……うん、まだ会いに行けないけれど、がんばったらきっと笑顔で……」

 その距離は、あまりにも遠く、そしてあまりにも近い。
伸ばそうと思えば届くのに、それを振り払うのも簡単で。
 背中に残した傷は、まるであの世へ行く羽をもぎ取った後のようにさえ感じる。

「片思い、なんだけどね。……好きって最後まで、言ってもらえなかったし」
「嫌いって言われたんですか?」
「それは、違うけど」

 いっそ嫌われてしまったほうがよかったのかもしれない。
最初の拒絶を受け入れれば、未練もなくおさまっただろうし。

 けれども気持ちは正直で、治す薬もどこにもなくて。

「……せん、せ?」
 伝う涙はいつまでも澄んでいるのに、この瞳が正しいというのなら、どうして。
「京ちゃん……」
 僕には、京ちゃんを見せてくれない?
 そばに居ると信じたいのに、居てくれると願いたいのに。
 どこにもその爪痕さえ……。

 神様とか、そんなもの信じていなかった。
けれど、天使だとか守護霊を信じないと命というものは僕はあまりにも重すぎて。
 どんな姿でもいい、いっそ呪われてしまっても良い。今だ、未練がましくそう思っている僕はやっぱり根暗なのだ。
 骨を加工して作ったペンダントは、いつも肌身離さず持ち歩いている。

「京子さんって云うのですか?」
「……うん」
 本当の名前すら、言えない。
言ってしまえば京ちゃんを穢してしまうから。
「泣かないでください、先生。大丈夫ですよ、彼女はきっと……先生みたいに優しい人に愛されて幸せです」
「僕は、自己中な甘ったれだよ」
「ちがいますよ、私知ってますから……」

「え……?」
 研究員の柔らかな笑みに思わず涙が止まった。
「私は、京くんの、担当でしたから」
「……は」
「なにも、できませんでしたけどね……回りに止められて……でも、さすがに最後は周りを振り切って看取ろうとしたの。
マスクをつけて、完全防備だったけれど」

「……本当の話ですか?」
「ええ。彼本当、泣きながら昌彦が優しすぎる、自分なんかのために……もう俺は苦しめるしかできない、そう繰り返しながら……」
「…………」
「恥ずかしいと思っていたら、とっさのとき
そんな言葉なんて出ませんよ?」

 止まっていたはずの、涙が再びあふれ出て、僕は震える手でネックレスを握り締めた。
 最期をみとるのは自分でありたかったというわがままな自分と、素直に喜んでいる自分。

 どっちもおかしいと思いつつ、その感情は消えてはくれなかった。
 孤独なまま、戦ってるつもりだった。けれど、何が僕を突き動かした?
「……あり、がとう……ございます」
「貴方に見えないのはねきっとどこかで歳をとってるからかもしれないし、違う誰かになっているのかもしれない。
そんなことはわかんないけれど、気持ちは変わっていくものだけど……
残ったものは、自分でどうにでも扱えるんだよ、大切に受け取ってあげてね」

 すすり泣く僕を、彼女はそっと支えてくれた。
 母親を振り切って目指した道は、間違ってなかったか、何度振り返ろうとしたか。
 そしてその陰に京ちゃんを見た。それは、一種の負担でもあった。
 けれども、それは過去の京ちゃんがずっと僕を見ていて、一緒に居てくれたからこそあるべき姿で。

「京ちゃん……僕、がんばる、よ」
「うん、それがいいね」

 二人沈黙のまま時が過ぎていく。
野に咲く花でさえ、鮮やかに見える。

「先生!!」
 突然男性研究員が駆けてくる。何事か、と振り向くと彼は何やら報告書を持っていた。
手には携帯電話が握られている。
「……何事?」
「きっと、聞いたらびっくりします。腰抜かさないでくださいね」
「……?」

 コホン、とわざとらしく咳をすることできっと己のテンションを落ち着かせたかったのだろう。
 男性研究員は僕に報告書を賞状授与のように差し出した。

「……え」
「とうとう、ワクチンができました! 一緒に対処方法も」
「……っ」
 駄目だ、今日はいくら泣いたのだろう。涙をどれだけ流しても流したりない。
よく体が干からびないものだ。

「本当に? 嘘じゃなくて?」
「嘘ついてどうするんですか」
 報告書の紙が濡れ、両端は少しよれた。でも、仕方がないことだと思う。 「腐っちゃった部分の修復も、移植も確実になりましたし……流石に、脳みそだけは本人のじゃないと駄目でしたけど」

「でした?」
「あ、先生は知らないんですか? 第一号の治癒者。なんでしたっけ……先生の知り合いみたいで意識あるまま体を切っていい、
早く誰かを救ってくれって……それで諦めていた担当医が脳みそ、保存していたんです。
それで皮膚や目玉の臓器への対応もわかりましたし……」


 まさか、まさか……。

「名前は……?」

 そんな事はない、だって。

「京家幸助……だったはず」
 間違いもなく、京ちゃんの名前だった。

「体は……? 体はどうしたんですか? てか、さっき京ちゃんが死んだみたいな言い方……」
「看取ろうとした、とは言いましたけど一度も死んだなんて言ってませんよ、私は」
 女性研究員は胸を張って言った。
「移植できる臓器以外は人工だけれど……先生が持ってた写真を見て整形はしましたよ。先生と、
そんなに歳は変わらないです。20代でこれだけ能力がある人なんてめったにいませんよ」
「あは……本当に、京ちゃん? 本当に……?」
「大丈夫です。ショックを与えないように知能や記憶に問題がないかたしかめましたから……はじめて話した言葉は『昌彦』でしたし。
まださすがに体のほうは慣れないようでしたけれど」
 笑い泣く姿はきっと不気味だったに違いない。
でも僕には、そんな感情表現しかできなかったのだ。
 渡せなかった言葉も、プレゼントも沢山ある。
 京ちゃんの好きだったシリーズの新作ゲームだとか、居ない間に開発されたおいしい食べ物。

 誕生日のたびに添えた恥ずかしい手紙。
 もう、直接触れる事もできる。たとえ、京ちゃんが世間から遅れを取った存在だとしても僕はすべて責任を取ろう。

 急いで病院へ行こう。着替えなんて、いらない。


 もう、見た目を着飾る必要なんてないのだから。 後日談fin  花野リボ

素材はここでお借りしました。ありがとうございました。