「おかえり、恵那」
 母親の言葉を背にしてすぐに自室へ行くと、恵那はひたすら眠った。
 別に屋な事があったわけじゃないのに、食事を取る気になれなくてただひたすらベッドに横になっているうちに、夢に落ちた。
 当然のように朝がきて、夢すら見なかったことに驚きながらぼんやりと昨日のことを想った。

 はっきりと彼らは恵那の名前を口にしたし、池田の下の名前であるマサトという名も言っていた。
よくある名前だとしても、その後に続いたのが自身の名であり、なおかつ本人を目の前にして呼んだのだから、間違ないなく彼レは以前から自分の存在を知っている。
 マサトなんてよくある名前ではあるけれど、恵那と会話するような中の男性陣では、池田しかその名をもった者はいなかった。
知らないうちに知れ渡るとしても、地元でさえあり得ないのに、异の学校はましてや他県。

(雑誌に載ったとはいえ、そこに池田君は同伴してなかったし……どういう事なんだろう)
 誰のことを指しているのかさえ、はっきりとわからない。
 悶々とした気分のまま、恵那は洗面所に向かい、盛大に顔を洗った。
冷水をあびても、保保のほてりが収まらないのは、何故か。
 どこか期待をしているのだろうか。あの場所で、池田を見かけた気がしたからこそ、特に後を引いて仕方がない。
あのばで、じぶんのいない時に彼が自分のはなしをしていたら、なんて考えてしまうと、興奮してしまってしょうがないのだ。

「どっか行こうかな……」
 鏡を見ながらぼんやりつぶやく。
普段三つ編みにしているせいで緩い癖が付いたエクステをなでて、買いもの出ることに決めた。
財政は厳しいので、大したものは買えないだろうけれど、気分転換ぐらいにはなるだろう。
アイスクレームぐらいは買えるから、甘いものも買おう。
 入り浸った場所に行ってもも新鮮味はない。
同伴者が近場なら、交通費を浮かしてでも遊びたいけれど、気紛れに徘徊するだけなのだから、見ていて満足でっ切る店が並んだ街でいいのだ。
 だれを誘うでもなく、気紛れに。あえて名前を付けるなら散歩。
 バッグポケットに入れっぱなしだったキャンディを、一包みほどいて口にほおりこんだ。
甘いストロベリー味のクリーミーな味わい。
 緩めのカラフルなボーダーワンピースの上に着た、茶皮のベストのなかに、その包み紙を突っ込んだ。 

 ガタンゴトンと、揺れる車内。
ぼんやりと耳にイヤホンを指して、空席にもたれ込む。
休日なだけあって、そこそこ込んでいるもののなんとか場所をを見つけ座る事が出来た。
次第にどんどん人はあふれ、目の前は人と人で埋め尽くされた。

「……ここどうぞ」
「有難うございます」
 多分そんな感じの、若者とお年寄りらしき声が音楽に交じって聞こえたので、仕方なく顔を上げてipotの音量を上げた。
 ら。
「……えっ」
 手に掛けたヘッドフォンのひもを、恵那は床に落としてしまった。
当然、大きな歌声が車内に響き、慌てて電源を切った。」
「……え? ……あ」
 恵那の声で気が付いたのか、振り返った、その姿。
 なんかもう、どこへ行っても遭遇している気がする。

別にその場にいても珍しくない、電車の中ではあるものの、あまりにも学校を休んでいるものだから、その普通な雰囲気をまとった「彼」に驚いてしまった。
 具合が悪い雰囲気もなく、荒れた様子もない。正直前と変わらない、ラグランTシャツにジーンズを合わせたスタイルは、まだ学校に登校していたころの池田正人そのまんま。
やつれるどころか、なんか筋肉が付いた気さえする、健康そうな全身。

「……何……してた……の?」
 戸惑いながらも尋ねてみた。
 池田はまいったな、といった感じで笑った。
「ちょっと……まあ、色々?」
「……色々……? 具合とか、悪かったわけじゃないんだよね? 元気……にみえる……けど……大丈夫なの?」
「寧ろ力が増したぐらい? ……どう考えても成績はやばいんだけど……いいかげん俺も学校行きたいけど」
「けど?」

 彼が望んでも、登校できない理由。
 凄く気にはなるけれど、オウム返しをするぐらいしか、恵那にはできない。
根掘り葉掘り聞いて、傷つけるのも嫌だし、そういう勇気を持ち合わせているタイプでもないのだ、恵那は。

「……えっと、……あー……うん」
 口の中に飴玉でも入っているかのようにもごもごやった後、池田はちょうど駅に着いたものだから、逃げるように去っていった。
「池田君!」
「ごめん、また今度」
 人ごみに紛れた中から、声だけが届いた。
(……何してたかさえ、言えないの?)
 事実を言えないほどに恵那の存在が小さいのか、それとも何をしてるか知られはまずいような状況に居るのか。
どちらにしても、気分がいいわけがない。

 そして電車が発車しだした時目に入ったその看板で、恵那はますます彼を疑う事になった。
(……ここ、真里ちゃんの学校へ行くときの乗り換え駅……)
 そこを使っていても、別の場所を目指しているのかもしれない。
それぐらいの思考も当然できるけれど、先程のような態度を見てしまえばすべてが怪しげな行動に見えてくるものだ。

(別に真里ちゃんの学校に居るとしても、それが問題なんじゃなくて……それを隠されるのは何故? 
スナップで真里ちゃんの存在は知ってるはずだし、言ってくれれば少しは一緒に入れる時間だって取れるのに……)

 別れの言葉を告げられたわけではない。だからこんなにも、引きずっているのかもしれない。
はっきり終わりを告げる機械だってなかったわけじゃない。それこそ、メール一通でできるような事だろうに。
 その一通はとても重いものになるだろうけれど……。

「次は~次は……」
 ふと、アナウンスで顔を上げる。
気が付けば目的てゃとっくにすぎていて、終点間近の、見知らぬ土地についていた。



 結局恵那は、どうせ此処まで来てしまったならとその街をぶらつき、駅の中にあった土産屋で母へのお弁当を買っていった。
恵那の土地にはあまりないような変わり種を、あえて選んだ。
 散歩中に見つけた潰れかけの古着屋さんは、おばあちゃんが経営していて、つい喋りこんでしまったのだけれど、もうどうせ畳んでしまうからと大量に可愛い服を譲ってもらった。
恵那がお金を差し出しても、突き返すばかりで、服は着てもらってこそ価値を見いだせるのだと彼女は言った。  また来ますとの言葉には、次はもう家ごと買い取られてるかもね、と悲しげにつぶやいた。
確かに店自体は客もおらず、看板もペンキ塗りのお手製でとてもじゃないけどはやっているようには思えない。
 それでも、たくさんの古着たちは懐かしさに満ちていて、できる事なら全部手に入れたいと感じた。
結果、手にはB4サイズの紙袋が6つもぶら下がっている。それが恵那のはこべる量の限界だった。
汗をかいた肌は、風に吹かれ冷えて行く。服を前にした瞬間に宿る熱情も、一人電車に揺られるうちに少しづつ落ち着いて行く。
目の前に映る人々の服装を眺めて、同じ旬のアイテムも、定番のデニムさえもそれぞれに着飾られ、個性を宿しているのを見て、おばあちゃんの言葉が、切なく胸に響く。

 人によっては、切れればいいのだろう。実用性を考える場合もあるのだろう。TPOだってあるのだから正解の服装もある。
多数が同じ印象を受ける色合いも、すでに存在している。
その中のパターンをどうやって新しく見せるのも、プロの仕事だろうけれど。
 そして、普通のものを魅力的に見せるのものプロの仕事であり、そのひとにより魅力に感じる場所さえも変えてしまう。
相性というものが存在するのだ。

 詳しい知識があるわけではない。
それでも、恵那には服が好きだという気持ちは確実に存在していて、もっと踏み込んだ世界に行きたいと願う心もある。
 それでも後押しをしてくれる人を望むだけで、なかなか前へ進めないのは、その世界に「認められたい」からなのかもしれない。
素敵だね、と。

 自分だけが満足する服なら、きっと作れるようになるだろう。
それだけではなく、誰かに喜んでもらえるような、そんな服を作ってみたいと思う。
 願望だけでは終わりたくは、ないけれど。
 ぼんやりと電車に揺られていると、暗い窓から派手な集団が見えた。
それは、もしかしたら池田とともに見かけた人たちかもしれない。
 けれどいまの恵那には、脳内の記憶と彼らの顔を比べる余裕さえ、なかった。



 次の日から怒涛の追い上げが始まった。
 真里の学校へ毎日のように放課後通い、移動中に教科書を開き、鳴らす音楽は当然のように参考書の付属CD。
食事の間の雑談ぐらいが、恵那の安らぎだった。
 運動さえも、気を使って思いっきりできない状況。
一応は素人とは言えモデルの仕事をする以上、あからさまな傷やあざを作るわけにはいかない。
だからと言って、見学する理由にすれば周りを敵に回るのは予想につく。
普段アイドルをやってる人たちはどうやり過ごしているのだろう? そんな疑問さえ湧いた。

「あの、先生」
「田中、どうした。お前がわざわざ声かけてくるなんてめずらしいな」
「先生……」
「……あ、すまなかったな。でも、最近はお前も暗い顔を見せる事が減ったな。……心配してたんだぞ」
 担任教師は低い声をあげて苦笑した。それは、きっとい池田の事を指しているのだろう。
「……気にするな、お前は悪くない」
「…………池田君は、今どうしているんですか」
「元気だよ、病気でも何でもない」
「じゃあ、どうして……コレないんですか……っ」
 叫びそうになる声を無理やり 抑えつけた。今にも泣きじゃくりそうな感情を、強引に押し籠めた。
「……わけがわかりません、もう……」
「大丈夫だから、そのうち戻ってくる」
「……戻ってきたところで、池田君の居場所はどうなるんですか? ……もうみんな忘れたよう笑ってるのが、逆につらいです」
「……本来認知してはいけない事を伝えるわけにはいけないからな……と、いけない」
「先生!」
「あの、田中さん……」

 すっと、後ろから手が伸びて、恵那は口を閉じた。

「ええ、と……誰ですか?」
 気弱そうな、小柄な男子がそこにいた。

「垣内です」  
「……ごめんなさいわかんないです」
「しょうがないと思います、僕と先輩は学年が違うので……一年生です」
 失礼ながら、ああ、と呟きそうになった。
現在進行形で小学生であってもおかしくない、そんな容姿だったから。
ぷっくりとした赤らんだほっぺたは、子供のそれそのもののようだ。
きっちりと着こまれた制服が逆に幼さを強調している。

「垣内君……!」
 担任はこれ以上何も口にするなと伝えるように彼の名前だけを呼んだ。
「何か知ってるの? 池田君について」
「……ごめんなさい、今は言えません」
「……先生っ!」
「……すまないが俺からも何も言えない。アイツの個人情報だ」
「隠さなきゃいけない事なんですか? あの人は後ろめたいことなんてしない……!」
「そうじゃなくてだな」
「じゃあどうして言えないんですか……!」
「田中……」

 理由さえ、わかれば。
「……これじゃあ、会いに行けもしないじゃないですかあ……っ……」

 泣き崩れそうな感情を抑えて、壁にもたれかかる。
何が原因かもわからない不登校では励ましようもないし、そもそも恵那は池田の家の場所さえ知らない。
きっと周囲は教えてくれないだろうし、この態度なら担任たちも口を割らないだろう。
「手紙ぐらいなら渡してやる」
「……メールの返事すら、ないんで……意味ないと思います」
「……確かあいつの携帯はプリペイドカード式だから、今は使えてないんじゃないか?」
「プリペ……?」
「そう。無駄遣いする余裕がないから、最小限にって先払いしてるんだよ。だからきっと無視じゃないぞ、田中」

 よかった、と思いながら恵那はため息をついた。
携帯料金を払えないその状況がいい事ではないのは当然だけれど、故意に返事を止めていたわけではないとわかっただけで少しは安心できた。
 自分が拒絶されているわけではないのだ。

「手紙、かきます。だから絶対中のぞかないでくださいね」
「安心しとけ、人のノロケ何て読みたくない、俺は妻の相手でいっぱいいっぱい何んだ。
残業増えてかまってくれない、子供がかわいそうじゃないのか! って毎毎晩毎晩……」
「じゃ、書いてきます」
 担任の愚痴が長くなりそうだったので、恵那はその場から立ち去った。
後ろから声が聞こえたけれど、そのあとに垣内が何か喋っていたから、振り返る事もせずに誰もいなさそうな教室を探した。

(……あ)
 目に付いたのは、理科室。
二人で過ごした瞬間がフラッシュバックして、胸が締め付けられそうな感情に駆られた。
よっていくことが、怖いぐらいに心臓がドクドクと音を立てていた。
 ここで、一緒にいたはずなのに。思い出せる限り、二人でいた場所を探し、その場所を見つめた。
どんなに探しても、そこにはいないのに、今もはっきりそこに立っている彼が見える気がした。
 素通りすることはどうしてもできなくて。この場所なら池田と一緒に居るような錯覚が得られるような気がして。
一番綺麗なノートを取り出した。

 レターセットなんて持ち歩いていないから、キラキラのペンで宛名を書いた。
彼の髪色と同じ鮮やかな金色。
気あッ用  後ろから、池田が見ているような気がして、なかなか文章が進んでくれない。
元気ですかと書いては消して、恵那ですと書いては消して、いっそ紙をぐちゃぐちゃにしたくなるほどシャーペンの食い込んだ後が一行目にできていた。
このままじゃ、神が駄目になってしまうのは時間の問題だろう。

「……あ……」
 ふと顔を上げた瞬間に刺した夕日の光に、慌てて時計を見た。
 どう考えても、一時間は経過している。
 悩んで悩んでひねりだした言葉で飾り立てても、きっと要点は同じだから、と決意を決めることにした。
 シャーペンではなく、ピンクの太めのペンを選んで書いて行く。

 ノート用紙のど真ん中に、愛をこめて。
 『今も好きです』
 コレは間違いなく恵那の本音で、一番伝えたい想い。

 丁寧にノートを破ると、ハート形に畳んで、恥ずかしさで口元を一瞬手で覆いながらそれをそっと握りしめた。



「きゃあああああ!!!」
 黄色い悲鳴。向かう先は一人の少女。
「凄い似合います真里さん……!」
「……私が似合っても意味ないんだけどね」
「もういっそ舞台は真里ちゃんがやれば……」
「遠まわしに逃げない、押し付けない」

 いやだって、そう言いたくなる。
仮縫い段階のドレスを着てみたらしい真里は、舞踏会に放りこんでも違和感ないほどに華やかだった。

「……私のサイズにあっても困るんだけど、ね」
「真里ちゃんの方がスタイル良いですよね、細くて背が高くて」
「そりゃ当然……ってあ」

 自覚しているのか。それは当然と言えば当然だけれど。
 別に真里と比べられたところで、へこむ理由もないのだから。
自分が憧れていた相手が上に立っていても、それは当然の状況なのだから。

「安心して、恵那ちゃんがもっとかわいく見えるようにするから」
「真里本気だもんねー……まさか自分でモデル探して黒は思わなかった……まあ、いかにもな感じの子選んできたけど」
「でっちん黙って」
「玉子肌だもんねー……」

 恵那の肌に合う様に液状ファンデーションを練る男子が行った。

「そこも黙る」
 真里はとても恥ずかしそうだけれど、恵那だって恥ずかしい。
「真里ちゃんの方が肌綺麗なのに……顔も」
「今だけだよ」
「え」
「……なんでもない」

 慌てるように手をぶんぶん降って見せる真里は、やっぱり可愛い。
 恵那には深い緑が似合うから、と緑を中心にしたヘッドドレスをまず作った。
布を巻いて、リボンにしてそれに増加をたくさんつけると白の編みレースをランダムに切りつけ重ねるように張って行った。
増加の周りには赤い木の実も付けた。

「ヘッドドレス式にする? 黒いリボン使っても可愛いと思うんだけど」
「恵那ちゃん髪黒いからあんまりわかんないし、どっちでもいいんじゃない?」
「じゃあ、なしで。髪の毛は? エクステいく?」
「部分的なので良いと思う。とりあえず全体見てからでいいんじゃない? 悩むんならフルウィッグ用意しておけばいいわけだし、
アレンジしなきゃいけないからあんまり安いのはほつれるけれど……染めれるウィッグのほうがいいかもしんれない……でもこの墨のような黒髪を使わないのはもったいないし……」
(……私なんかのために必死に考えてる……私も、参加者何だ……本当に)

 彼らの目の輝きは半端なくて、声の真剣さも、時に見せる怖いぐらいの食い付きも、全部恵那の着る衣装のため。

「…………」
「恵那ちゃん、肩出しいける?」
「えっ」
「華奢だと思うから、斜めに肩出しして、フリルバンバンつけたいんだよね……」
「別に、良いですけど」
「よかったあ、首元までは、緑のドレスの下、ほとんど黒いレースでできたシャツで覆うんだけど、やっぱ肌は見えるからね。
胸元開けるのも印象的だけれど、恵那ちゃんにそういうスタイルは似合わないし」

 それは遠まわしに貧乳と言っているのだろうか。
まあ、間違いなく恵那は貧乳だけれど。用意された艶目かしい生地達は、少しづつ彼らの手によって形を変えて行く。
それをただ、恵那はボーっと見つめているだけだった。
 できる仕事と言えば、試着。ただそれだけ。
 暇だろうと気を使ってくれた男子が、今週号の漫画をまわしてくれたので、それをぱらりとめくってはいるのだけれど、知らない漫画ばかりでまったく話が理解できない。
唯一わかったのは読み切りのギャグ漫画ぐらいで、暇を持て余した恵那は柱のコメントを探してはそれを読んで時間をつぶした。

「こんなんでどう?」
 真里が肩をつついて見せてきたのは、仮止めされたドレス達。先ほど行っていた上半身だけでなく、下の方も豪快に膨らんでいて、
なおかつバルーンスカートのようにふんわりしている。裾についたレースも同じ色で、黒いタイツは市販なのかは分からないけれど、キラキラとした細くて白いストライプラインが入っていた。
隣には茶側のブーツが置いてあり、そのヒールの太さと高さに少し身震いした。

(……あんなの履いて私、ステージ歩くの……?)
 ちらり、と真里の方へ視線をまわすと大丈夫だと言わんばかりににこにこしていた。
何を作っているのか、白い布をミシンで縫ってはため息をついていた。
時たま顔を画赤らんで、まるで女の子が好きな男の子のためにマフラーを編んでいる様子のように見えた。
 白い真珠のネックレスまでマネキンにかけられてるもんだから、どうしても勘ぐりたくなる。
このネックレスは何に使うのだろうか。
恵那の衣装用のネックレスは、もうすでにクア青いビーズに赤いバラが飾られたものが付いている。
これ以上つけても、ごちゃりした印象になるだけで、やり過ぎ感が漂う出来になるだろう。

「真里ちゃん何を……」
「なあーいしょっ」
「よし、本縫いも完了……真里、その作業後回し」
「えー……」
「えーじゃないっ!! 恵那ちゃんこれ以上結束してどうするの? 離れたくないのはわかったけど、今じゃなくてもいいでしょ? 
暇なときでも平日に合えば良いのに」
「平日は無理なこと知ってるくせに」
「あのお……」

 女子二人の良い争いが始まりそうだったので、雑誌を閉じて恵那はおろおろと彼女たちの間をさまよった。

「ああ、ごめんね、試着しいてくれればもう終るから」
「……はい」
「じゃあ、コレ着てみて。サイズきつくはないと思うんだけど、代わりに緩いかも」

 真里の言葉を聞き終えてから、カーテンを引いてゆっくりと服を脱いだ。
遠くから笑い声が聞こえる。時々わめく様な罵声も混じっているけれど、どれも楽しげなものだ。
熱気が、その場にいない恵那にまで伝わってきそうなくらいに。

 柔らかな布地が、肌をなでて行くよう身を包んでいく。
 確かに締め付けるような感覚はなくて、どちらかと言えばふんわりした感覚。
中にはチュールがたくさん入っていて、歩くたびにそれが当たるけれど、痛くはなかった。

 不安だったブーツも、意外と安定感があって平気で一回転できたりする。
「おい、マサトー!」
 胸がひっくり返るような、声。声というか、呼ばれている名前。
 どこにでもいる名前だと、平常心を保とうとしても心臓がバクバクいっている。
 真里達がうるさいと注意してはいるようだけれど、不意打ち過ぎてなかなか誌その音は鳴りやまなかった。
 誰かがぐったりとしたような溜息をついて、ぴしゃんとドアを閉める音がした。
 それと同時にポケットに入れっぱなしだった携帯を開き、時計を見た。
だれからも着信がないのは、わかっていた事。雑談メール求めっぱなしだし、返信するのはたいていは電車の中の数分間のみ。
それも大概は音楽を聴いていて受信に気が付かないし、あとの時間は買い物程度しか自由ではなくて、眠って過ごしている。
宿題に至っては早起きで一気に仕上がる始末。

「あの、これでいいでしょうか?」
 そっとカーテンを引いて、ゆっくり皆の前に立った。
 途端退屈そうだった雰囲気が盛り上がりだす。
それぞれ目をやっている場所は違えど、勢inが恵那を見つめている。怖い。

「うわああああ!! やっぱ緑に合う……さいっこおおだよ!! 恵那ちゃん可愛い……!!」
「色白だから、なんか色っぽいね。あえてチークはピンク系で行こうか。甘い感じで。リップは赤いグロスだけで良いかもしれない」
「高い位置からの巻紙も良いかも。それか普段通りの三つ編みを一本にまとめて崩すとか」
「いいねー」
「個人的にはつけまつげにはつけ涙とかビ―ズ付けてみたいな。片方だけでもいい。羽のように長いの」
「あんまり化粧しすぎたら服の魅力が死ぬ気がするけど、得奈ちゃんの魅力も」
「個性的な雰囲気も残しつつ……かあ」
 なんて、好き放題言いあっってる。

(聴いてて恥ずかしい……ほめられまくりだよ……っ)
「恵那ちゃんが耳まで真っ赤なので、いったん相談は終了ね。恵那ちゃん、また写真撮っていい?」
 真里の言葉で、褒めまくり大会は強制的に切り上げられた。
「あ、はいっ」
 あっという間に撮影を終え、恵那は後者を後にした。

(……助かったあ……)
 お腹が減るだろうともらった抹茶味のブロックチョコを口にほおりこんで、恵那は緊張したまま自宅に帰っていった。

8→


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